『かなり』

干支に入れてよ猫

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お坊さんのオハナシ

どうも、坂津です。

先日のこと。

親戚の法事がありました。

縁者が多いこともあり、会場には30人を超える参加者が。

ただ故人が老齢だったこともあり、集まった方々の大半もまた御年配でした。

そしてお経をあげてくださるお坊さんも随分な後老体だったのです。

そんなお爺ちゃんお坊さん、略して爺坊ジーボーが面白い話をしてくれたので書き残しておこうと思います。

 

今まで数え切れないほど何度も体験してきた法事。

様々な宗派、地方によって法事の内容や進行が若干異なるものの、どのケースでも変わらず存在するパートが『お経が終わったあとのお坊さんのオハナシ』です。

だいたい『故人を思い出してあげてね』『寒く(暑く)なったけど健康管理はしっかりね』みたいなちょっと良い話をしてくれます。

しかし、爺坊のオハナシは今まで私が聞いたことが無い内容だったのです。

 

爺坊「木魚って言うのはね、木の魚と書きます。魚はマブタが無いから目を閉じません。つまり寝ない。だから居眠りをしないでしっかり勉強しましょうという意味で叩きます。今日は私、木魚を叩いていましたよね?ですから今日は御供養というよりも勉強だったんですね。お葬式では木魚は叩きませんから。ああそうだ、木魚を叩いた時の1ポコで、お手元のお経の本に書かれている漢字1文字分を読むようにすると拍子を取りやすいですよ。そして鐘。これは合図です。木魚がみなさんの読経のリズムを合わせるためのもので、鐘は『ここで合掌』『ここは坊主だけ』『本には1回しか書いてないけど3回繰り返す』みたいに、それまでと流れが変わるタイミングで鳴らすんですね。なので鐘が鳴ったら何かが変わると思ってください。それからお経。これは『意味のある文章を漢字表記して音読みしたもの』と『サンスクリット語とかの元典の発音に似た音の漢字を当てたもの』と『日本語として意味の通るもの』の3種類があります。さぁ、これだけ覚えておけば誰でもお坊さんになれますよ。嘘です」

 

まさかお経の勉強が始まるとは思っていませんでした。

この話のどの部分から『月日が流れても故人を偲んで・・・』『悲しむばかりでは供養にならない・・・』みたいないつもの話に繋がるのかと思いながら聞いていましたが、最初から最後までずっとお経の勉強。

もしかしたらこういうオハナシはお坊さんの常套で、私がたまたまそれに当たってこなかっただけなのかもしれないという可能性は拭えませんが、それでもやっぱり異質な感じがします。

 

あ、ありのまま、いま起こったことを話すぜ。

法事に参加しているハズが、いつの間にかお経の勉強会に参加していた。

 

お陰で私としてはとても面白い時間を過ごすことができました。

知らない業界の知らない情報を得ることはとても新鮮で楽しい経験です。

爺坊ありがとう。

 

般若心経

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