『かなり』

干支に入れてよ猫

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成長記録

どうも、坂津です。

息子の8ヶ月の乳児検診に行ってきました。

身長、体重共に成長曲線幅のドまんなか。

胎児の頃から変わらない生真面目さで平均を貫く息子です。

本当に、この妊娠週数、月齢だとこのサイズこの重さ、という数値をずっと遵守し続けているのです。

となると、このままいけば息子の身長は日本人男子の平均身長である170cmになるということです。

恐らく体重も平均ピッタリを捉えるでしょう。

なのでたぶん、ほとんどの子供が嫌いなピーマンは嫌いで、ほとんどの子供が好きなハンバーグは大好きになることは間違いありません。

服のサイズもSMLのMサイズ。

ならばきっと学校の成績も中の中、と言うか平均点キッカリを取得。

五段階評価もオール3。

松竹梅のランチなら無難に竹を選び、決して冒険しない主義。

そして平均的な大学に進学し、平均的な企業に就職し、平均的な年収を稼ぐ平均的なサラリーマンになるのです。

 

さて、これって実はすんごいことなのじゃなかろうか。

一見すると特徴の無いつまらない人生だとか思われてしまいそうですが、実はぴったり平均という感覚を体得するのって難しいことなんですよね。

これって逆に考えると、息子の選択は常に世の中の平均ってことになります。

数種類の絵本から息子が選んだお気に入りは、ベストセラーとは言えないまでも平均的に売れる商品であり、決してハズレにはなりません。

同一商品で複数のカラーバリエーションがある場合でも、息子が選んだ色を在庫しておけば無難に売れるはずです。

 

つまり、大企業が商品開発やリリースするにあたりマーケティングの分析を元に仕様や価格帯を決定しますが、ザ・平均男である息子のチョイスを採用すれば『無難に売れる』のです。

 

というわけで、ベビー用品、キッズ用品を発売されている各社様、うちの息子に発売前の試用サンプルをご送付くだされば、無難に得れる『ハズレない選択』を提供できますよ。

 

平均思考は捨てなさい

平均思考は捨てなさい

 

 

息子のご機嫌を取る

どうも、坂津です。

随分な大声を出せるようになった息子が、まるでサイレンのように「あ゛あ゛~~~~!」と叫ぶようになりました。

甲子園の試合でも始まりそうな勢いです。

これは一緒に遊んでいるときではなく、ちょっと息子を置いて距離を取ったときに発せられます。

つまり「ねぇどこ行くの!?僕を放ってどこいくの!?ねぇったらねぇ!!」という意思表示なのだと思われます。

自我の発達に伴う意思の表現、要するに成長の証。

とてもとても喜ばしい・・・のですが、休日の私ならまだしも、平日ずーっと一緒に居る妻にとっては四六時中べったりというわけにもいきません。

ですから、ある程度の一人遊びには慣れてもらわなければなりません。

と思っておもちゃを手渡したり人形を噛ませてみたりするのですが、長くて1分くらいしかもちません。

すぐにこちらを振り返り「見て!ねぇ見て!ほら僕こんなことできる!」と言いたげな表情で目を輝かせます。

それに対して「すごいねぇ」と言うとニコォと笑って満足げに元の位置へ戻って遊びます。

また数十秒ほどしてグルッと振り返り「見てる?ちゃんと見てる?見てるよね!?」という目でこちらを見つめます。

そのとき離れた位置に居たり、姿が見えなかったりするとまたサイレンが鳴り響きます。

それでもしばらく放置しているとだんだん不機嫌になります。

しかし、そんな不機嫌を一瞬にして取り払い息子を笑顔にする必殺技を、私は身につけました。

 

まず特殊なポーズが必要です。

ポーズと言っても右手だけ。

親指、中指、薬指の三本を使って物をつまむように指の腹をくっつけ、人差し指と小指はピンと伸ばして上を向かせるような格好にします。

そして中指と薬指は揃えて一心同体とし、親指との距離を離したりくっつけたりしながら「わんっ!わんわん!」と発声します。

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つまりこういうことです。

これを息子の顔の前でやると、めっちゃご機嫌になります。

たまに親指と中指で息子の鼻を挟んで「かぷっ」というのも混ぜます。

超絶ゴキゲンになります。

 

私「あー、笑ってくれて良かった」

妻「あやしてくれてありがとうね」

私「この子は本当に犬が好きだね」

妻「ん、でもそれキツネだけどな」

私「ホンマや!(ホンマやぁ!)」

いまさらおそ松さん

どうも、坂津です。

最近久しぶりにおそ松さんを視ています。

NETFLIXで視られるようになっていたので1期の2話から垂れ流しています。

※1期1話は幻。

思い起こせばこのブログを開始した当初は1期の終盤あたりで、6つ子それぞれのキャラも固まってきており、私の最推しは十四松でした。

2期が終わって1年半経過した今でもそれが変わらないことを確認しつつ、ボーッと視聴していたところ、当時リアルタイムで視ていたときと異なる感想、感情を抱いている自分に気が付きました。

 

『もし仮に我が子がこんな風に育ったら・・・』

 

いやいや、間違ってもそんなことは無いとは思うのです。

我が子に限ってそんな・・・進学も就職もせずダラダラとニート生活だなんて・・・。

 

でも仮に、万が一、億が一の話。

もしも息子が6つ子の誰かのように育ったら・・・?

 

長男おそ松のように育ったら。

いわばクズ。

純粋な邪悪、無垢で狡猾、天真爛漫てんしんらんまん奸佞邪知かんねいじゃち・・・。

とにかく兄弟の中で最もクズな存在。

時折見せる長男としてのリーダーシップ的発言や垣間見せる優しい言葉も帳消しにしてしまうほどの圧倒的なクズ。

でも、もし息子がおそ松のように育ってしまったら・・・それでも可愛いんだろうなと思ってしまうのです。

 

次男カラ松のように育ったら。

痛い。

とにかくイタい。

ナルシスト、思い込み、自意識過剰、そのくせチキンハート。

兄弟の中で最も強い博愛精神と慈愛の心を持っていることが唯一の救いだが、それで補えるほどヤワなイタさではない。

でも、もし息子がカラ松のように育ってしまったら・・・それでも可愛いんだろうなと思ってしまうのです。

 

三男チョロ松のように育ったら。

チョロシコスキー。

常識と世間体と自意識だけで構成された中身が空っぽの人格。

聞きかじったソレっぽい単語を並べるだけの無意味な話術と意識高い系を意識した言動で空回りし続ける。

真面目な性格と言えば聞こえは良いが、決してまともではない。

でも、もし息子がチョロ松のように育ってしまったら・・・それでも可愛いんだろうなと思ってしまうのです。

 

四男一松のように育ったら。

狂気、自虐、排他的。

『病み』と『闇』を併せ持つジト目で猫背の根暗マン。

吐かなくていい毒を吐き、自己肯定感を極限までリストラし、予測不能な奇行に走ったりするにも関わらず、本心では友達が欲しい構って欲しいなどと思っている心理と行動の不一致人物。

猫が大好きという点においては10,000,000,000ポイントを進呈するが、それを差し引いたとしても面倒な厄介者。

でも、もし息子が一松のように育ってしまったら・・・それでも可愛いんだろうなと思ってしまうのです。

 

五男十四松

正体不明。

天然と表現するにはあまりにも宇宙。

『人物』というよりもむしろ、十四松という『現象』。

明るく元気で常軌を逸した超常現象。

バカさゆえの一途な性格や、超人的な身体能力などを良い方向に発揮できれば逸材になるかも知れないが、そうはならないという確信を抱かせるに足るホラー感がある。

でも、もし息子が十四松のように育ってしまったら・・・それでも可愛いんだろうなと思ってしまうのです。

 

六男トド松。

チャラい、ドライ、計算高い、そしてあざとい。

一見、コミュニケーション能力が高く常識があるように見えるが、それは自分の中にある理想には決して届くことが無いと認識している現実を足場に、そこから努力無しで届く範囲に置きに行った行動。

おそ松ほどではないクズさと、カラ松ほどではない自己愛と、チョロ松ほどではない自意識と、一松ほどではない毒吐きと、十四松ほどではない天然を併せ持つ中途半端な末っ子。

もしかしたら兄弟の中で最もリアリティのあるダメ人間かもしれない。

でも、もし息子がトド松のように育ってしまったら・・・それでも可愛いんだろうなと思ってしまうのです。

 

そう、子供を持つ前には全く抱かなかった感想。

 

『もしこんな子供でも、結局親にとっては可愛いんだろうな』

 

という気持ち。

今となっては作中で語られる松造(6つ子の父)や松代(6つ子の母)の気持ちが分かるのです。

どんなクズでもニートでも息子として可愛いという倒錯。

なるほど、これが親になるということか・・・。

 

こんな心的変化を、まさかおそ松さんで思い知ることになろうとは、3年半前の私は微塵も想像していなかったのでありました。