『かなり』

干支に入れてよ猫

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愛知百鬼夜行展

どうも、坂津です。

『愛知百鬼夜行展』に参加させて頂くことになりました。

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100ki.hakofo.com 

名の知れた妖怪から創作の妖怪まで、作家一人が一体づつ描き、百の作家で百の妖怪を描きたい……そして現代の世に百鬼夜行を築き上げる一大企画展!

愛知百鬼夜行展は2015年から通算5回目となる名古屋市で開催している大型妖怪企画展です!

こんな文面から始まる企画概要に惹かれ、つい勢いで応募してしまいました。

 

元来私は妖怪だの幽霊だのオバケだの、そういう『日常と隣り合わせの怪異』が好きです。

普通に生活をしていて、ふとした拍子に混ざり込んでしまうほど密接した異世界の住人達。

確固たる世界観を有した完全別世界のファンタジーも好きですが、若干の距離を感じます。

 

さて、しかしこの企画に参加するということはつまり、何らかの作品を完成させなければいけないということです。

好きだと言いつつ妖怪をちゃんと描いたことがありません。

とりあえず日本の妖怪一覧を上から順におさらいしていきました。

名前、逸話、習性などを読みながら風貌を想像して読み進めます。

そして、ある妖怪の概要を読んでいるところでフッと画の構図が浮かびました。

いわゆる『降りて来た』ってやつです。

その妖怪の名前は倩兮女けらけらおんな

大雑把に言えば『ケラケラ笑う大きい女性』の妖怪です。

特徴には諸説あるのですが、百鬼夜行展では『日本で昔から愛されてきた妖怪というキャラクターたちに、現代の作家の手で新たな姿を与えたい』というテーマがあります。

なので私が考える私なりの倩兮女を描こうと思います。

 

そもそも日本の妖怪には訓示や教戒を含んだものが多いような気がします。

無駄に川に近付くと水難の危険があるので『河童が居るから近寄るな』と言ってみたり、水周りをきれいに掃除しておかないと垢が溜まるので『清潔にしていないと垢嘗が出るぞ』とか。

なので私の倩兮女にも、そんな性質を持たせたいと考えています。

 

『小さなことでうじうじ悩んでいたら倩兮女が来るぞ』

 

いや、もっとフレンドリーな感じが良いかな。

なんというか、恐怖の対象ではなくて、出逢えたらラッキーな妖怪にしたい。

 

『倩兮女に笑ってもらったらイライラが吹き飛んだよ』

 

うん、なんかこういう感じ。

あと理不尽に怒ってる人とか、イジメっ子とかに対しても大笑いするんだ。

そしたら怒りが収まったり、イジメが恥ずかしくなったりするんだ。

でも、人の失敗をあざ笑うとか、周囲を不快にする下品な嘲笑なんかは許さない。

笑いはそんな使い方をするもんじゃないって怒るんだな。

 

よーし、だんだんイメージが固まってきたぞ。

最初に浮かんだ構図と変わってきたけど、それは人格が出来てきたってことだ。

制作時間はまだたっぷりあるけど、少しずつでも始めておかないとギリギリになって泣くことになっちゃう。

企画の特徴として和風な作品が好ましいということなので、そーゆー雰囲気の出し方も研究しなくては。

試しに和風の垣壁を描いてみました。

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ん~、やっぱ描いたこと無いものを描くのは難しいですね。

 

ところでこちらの百鬼夜行展、実はまだまだ参列妖怪を募集中なのです。

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私は展示中に現地に行けないので作品を送るだけなのですが、そーゆー方でも大歓迎らしいです。

もしちょっとでも興味が湧いたなら、思い切って応募しちゃいましょう!

ローソンのくじ引きで確変

どうも、坂津です。

もう店舗によっては終了してしまっていると思うんですが、ローソンでくじびきをやっています。

購入金額700円ごとに1回引けるのですが、当たりが出たら商品と交換してもらえます。

www.lawson.co.jp

んで1週間くらい前のこと、3回くじを引けるチャンスがありました。

実はこのくじ、当たる商品の中にお酒が含まれるか否かで2種類に分かれています。

最近は飲酒を解禁したこともあり、ローソンを利用するたびに私は進んでお酒側のくじをひいていました。

この頃ドハマりしているアサヒのハイボールも、このくじで当たったことがきっかけで飲み始めたのです。

 

しかしこの日、既にお酒側のくじが終了となっており、少なからずがっかりした気持ちで3枚のくじを適当に引きました。

それが良かったのかも知れません。

無欲の勝利とでも言いますか、この世には物欲センサーなるものが存在すると言いますし。

なんと3枚とも当たりだったのです。

 

獲得したのはグリコのオレンジジュース。

クラフトボスのホット。

あとガリガリ君ソーダ

 

こんな些細なことで運を使いたくはないのですが、しかし使っちゃったものは仕方ありません。

せっかく貰えたものなので存分に味わいます。

オレンジジュースはよぉ~く冷してお風呂上がりに。

ホットコーヒーもよぉ~く冷してお風呂上がりに。

ガリガリ君もよぉ~く冷してお風呂上がりに。

 

すると。

 

あっ!!!

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なんとまさかの大当たり。

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タダで貰ったものから再度タダで貰えるという幸運の連鎖。

こうなると「次も・・・」と期待してしまうのが人間のサガです。

これから本格的に暑くなる季節ですから、ガリガリ君が当たり続けるのは願ったり叶ったりです。

さて、いつ交換しに行こうかな。

平成を振り返るとき

どうも、坂津です。

今週のお題「平成を振り返る」

アイキャッチ画像は振り返る構図の過去絵を並べただけなので記事には関係無い。

 

平成という時代で最も特筆すべきは、やはりインターネットの普及による情報環境の激変だろうと思う。

個人間でのやりとりも、家の固定電話からポケベルへ、そしてPHS、携帯電話と変遷し、今では通話でもメールでもない方法(LINEやSNS各種など)で繋がっている。

それまで実体験以外の情報源は、書籍、テレビ、ラジオ、新聞がすべてだったのに対し、現在は各種WEBサイトの情報やメルマガ、ニュースアプリなどが優勢となっている。

また情報の種類も莫大に増え、発信速度、伝達速度も格段に上がっている。

3年前に、こんな記事を書いた。

大雑把に説明すれば『身体は日々の食事で摂取したモノで構成され、心(精神、考え方、価値観)は日々得られる情報で構成される』という内容。

これといって特別なことを言っているわけではない。

素行の悪い人を見れば『どういう教育を受けて来たのか』とか『親の顔が見たい』などという表現が飛び出してくるが、これはその人物を作り上げたのがそれまで得てきた情報であるという考えに裏打ちされていることは疑いようもない。

誰しもが普通にこのことを信じているし、事実である。

 

さて、それでは本題に戻ろう。

平成という時代が情報環境の激変時代であるということは、つまりその時を生きる人々の心(精神、考え方、価値観)が形作られる環境も激変しているということだ。

情報そのものにしても、形態にしても、インターフェースにしても、加速度的に変化していったのが平成である。

単純に情報の量も激増しているが、質についても実に多様となった。

浅い情報、深い情報、借り物情報、真実の情報、偽物の情報など、その情報について受け手側に高度なフィルタリングが求められるようになっている。

つまり、旧時代のような『周囲の人間と自分が得ている情報の同一性が高い』という環境から一変、平成の世は『個人ごとに摂取している情報の内容、性質、ルート、量の格差が大きい』という環境になったということだ。

 

要するに『心の個体差が激しくなった時代』ということである。

 

現代、個性を重要視し多様性を認知することが求められる風潮となっているが、これは別に『これまで抑圧されてきた各人の個性が見直されてきている』のでは無い。

いままで以上に『個性が育まれる環境』になっていて『膨れ上がった個性を抑え込めなくなっている』だけなのだ。

平成という時代が生み出した心の個体差に、これまでの価値観が通用しなくなっているに過ぎない。

これまで築き上げてきた旧式の社会の仕組みにとって、止め処なく強度を増す個性は毒となる。

まさに身から出た錆とでも言おうか、平成が育んだ強烈な個性たちが平成の社会を殺すのだ。

 

要するに、個性、多様性を内包したまま機能的に社会が回るようになるには、平成の30年だけでは足りなかったということだ。

個人の変化に対応できる社会の構築は、来週から始まる令和へ投げられた。

仮に30年後の令和30年、私が幸運にもまだ存命だったとして、平成をどのように振り返るだろうか。

 

願わくば『平成とは、昭和から令和への過渡期であった』と思えるような社会を望む。