あけましておめでとうございます、坂津です。
こちらの企画に参加させて頂いております。
こちらの話の続きです。
リンク辿ってまで読む暇なんか無ぇよって方はコチラ↓
~前回と今回と次回のあらすじ~
男性限定の料理コンテストに女子が参加して失格になるまでの物語です。
と言いつつ、本編(皆様にキャラを借りて進行させて頂いているオハナシ)への伏線をミチミチ張っていますがあまり気にしないでください。
今回の話に何も影響はありません。
↓本編はコチラ↓
あと今回、ゲスト出演して頂いているキャラはコチラです。
フールさんちのルビネルさん。
りとさんちのパラくん。
※パラくんの名前が出てくるのは次回ですけどね。
~・~・~・~・~・~・~・~
■料理名発表、その名は・・・
「で、そもそも君はどんな料理でコンテストに出場するつもりなんだい?」
テイチョスはタオナンが切ってしまった長い髪を集めながら問う。
複数の存在が同一の目的で協動するためにはまず、情報の共有から始めなければならない。
タオナンの男装については最終的に考えることにしたテイチョス。
そもそもこの計画はコンテストで優勝しなくてはならないという高いハードルがあり、さらに食材集めと下準備の進捗によっては、参加自体が危うくなるのだ。
全ての準備が揃い、ステージに立つことが現実味を帯びてきたときに、改めて男装について考えよう。
「ふっふっふ・・・。聞いて驚きなさい。いや驚けテイチョス」
タオナンは不必要なタメを作り、無駄にもったいぶってから大袈裟に発表する。
「名付けて“オクトパスホールド・ベイクボール”よッ!!・・・だッ!!」
『オクトパスホールド・ベイクボール』
~必要な材料~
・極小麦 “マイクロウィート”
・世界最速鶏卵 “ライフル卵”
・幸運の極彩色巨大蛸 “レイオクト”
どうにも男っぽいしゃべりに慣れないまま、声を張り上げると同時に材料のメモをビシッと突きつけるタオナン。
そのメモの内容を読み取りながらデータベースと照合し、それぞれの材料の入手場所と難易度をテイチョスが検索しているのを、タオナンは知らない。
「ふむ、タコ焼きだね。分かった。準備を始めよう」
「ちーがーうー!オクトパスホールド・ベイクボール!略してOBBだよー!」
駄々をこねるタオナンを制しながら、テイチョスはサラサラと地図を書いた。
この家には、彼が持つ情報を外部出力するためのインターフェースが無い。
つまりアウトプットの方法は発声か手記しかないのだ。
「よし、タオナン。コンテスト開催日まで、移動時間を差し引くと材料の捕獲に掛けられる時間はごく僅かしかない。すぐに出発しよう」
1.キスビットを出発してカルマポリスへ向かう。カルマポリス郊外の草原でマイクロウィートを収穫する。
2.カルマポリスを出発してグランピレパへ向かう。グランピレパ内陸の山林でライフル卵を奪取する。
3.グランピレパを出発しチュリグへ向かう。チュリグ近海の洋上でレイオクトを捕獲する。
「ワタシは、君が決めた料理に口を挟むつもりはない。全力で支援する。しかしこの旅はきっと険しいものになるぞ」
テイチョスが珍しく、未来に対する不安を口にした。
基本的には「可能」か「不可能」を断ずる思考と物言いをするテイチョス。
しかし今は「可能性が薄い」ことを示唆している。
タオナンは知っている。
「テイチョスがそういうこと言うときって、アタシが・・・俺が無謀な選択をしてるときだよね・・・だよな。でも、いつもちゃんと応援してくれるんだ」
ぎこちない一人称と、たどたどしい男口調。
テイチョスの頬を両手で包むようにして、額を合わせるタオナン。
至近距離で目と目が合う。
「ありがとう。頼りにしてる」
テイチョスの鼻に、ちょんっと軽く自分の鼻先を当てたタオナンは、自室へ駆け上がり旅の支度を始めた。
まいったな、と呟いて水を飲むテイチョス。
上昇したボディ内部の温度を下げなくては。
彼は水冷式なのだ。
■カルマポリスへ
「タオナン、さっきも言ったが、この旅は非常に厳しいものだ。気楽な行楽ではないということを理解してもらいたい。どの程度の困難なのか分かりやすく説明すれば、ガラスのロープを目隠しで綱渡りするような・・・」
「もう、分かったから!さぁ、行くぜ!」
テイチョスの話を遮って、タオナンは元気よく声を上げた。
しかし牽いているのはやけに大きなスーツケースだった。
一体何が入っているというのだろう。
ともあれ、目指すはカルマポリス。
そこでマイクロウィートを収穫せねばならない。
やれやれといった様子で肩をすくめ、すぐに後を追って歩き出したテイチョス。
港へ続く石畳の街道は、重い荷物を牽くのに適していない。
テイチョスは軽々と進むが、タオナンは苦労しているようである。
と、タオナンは荷物がふわっと軽くなるのを感じた。
「いいよ、自分で持つし・・・」
テイチョスはテイチョスで、車輪付きの何やら仰々しい金属製の箱を牽いているのだ。
それに加えてタオナンの荷物まで運ばせるのは気が咎めた。
「頼りにしてくれているんだろう?」
顔色一つ変えず、簡単に荷物を運ぶテイチョスに甘えることにした。
やがて港が近くなると、タオナンは怪訝そうに尋ねた。
「ん?カルマポリス行きの船って、こっちの港?」
「我々の旅は一刻を争う。公共船ではとても間に合わない」
テイチョスはそう言いながら、目の前に停泊している中型船に荷物を放り込んだ。
船室に4~5人程度なら入れそうなその船には、帆を張るマストも蒸気機関の煙突も見当たらなかった。
「ちょっとテイチョス・・・この船、もしかしてお父様に連絡したの!?」
タオナンは大げさに顔をしかめた。
眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げ、露骨に嫌そうな表情を見せる。
キスビット近辺では珍しいこの船は、クルーザーと呼ばれている。
電動モーターという機構が船底の羽を回転させて推力を得るのだそうだ。
タオナンには理解できない。
「背に腹は代えられないという言葉を知っているかい?」
テイチョスは、どこ吹く風の表情でタオナンに言う。
今回、彼女がやろうとしていることは生半可なことでは無い。
本人にその自覚があるかどうかは別として、利用できるものは何でも利用しなければ目的の達成は不可能である。
「さぁタオナン、振り落とされないように気を付けてくれ」
そう言うと、テイチョスは船室の奥にある操舵室へ入って行った。
ドルンッという音と振動が体に伝わり、クルーザーはゆっくりと後進し、岸から離れる。
やがて充分な距離を確保すると前進を始め、大きく弧を描いて舳先を大洋に向ける。
そしてそこから一気に加速した。
「うわーッ!!速い速い!!」
はしゃぐタオナン。
短い袖口が風に揺れ、サラシ綿布を巻いていることが分かる。
(あれで男装のつもりか。タオナンは自分の事を何も分かっていないな)
向かい風に飛ばされまいとキャップを両手で押さえ、時折り顔に噴きつける水飛沫に対して笑う、そんな弾けるような笑顔を見ていると、これが危険を伴う冒険であることを失念しそうになる。
(さて、カルマポリスの彼女は協力してくれるだろうか・・・)
やがて水平線上に島影が見えてきた。
船室で寝ているタオナンに声をかけ、起こす。
テイチョスは不眠不休で操舵を続けているが、特に休息は必要ない。
大陸を半周するように回り込み、南側に位置する港へと船を乗り付けた。
「さぁタオナン、ここからは別行動だ。君はこの場所へ行き、この人物に同行を依頼してくるんだ」
「え?」
自分にメモを手渡すテイチョスに、タオナンは驚きの声を上げる。
ずっと一緒に行動するものだとばかり思っていた。
まさか一人になってしまうとは。
テイチョスの説明はこうだった。
ここで収穫するマイクロウィートは、その名の通り本当にミクロサイズなのだ。
普通の小麦粉は、小麦の粒を挽いて粉状にする。
しかしマイクロウィートは、その麦の粒ひとつひとつがすでに粉レベルの小ささであり、モミから出して集めれば、そのまま小麦粉として使える。
世界6大『極小食材』のひとつに数えられている。
だがその収集にかかる手間が甚大であり、正攻法での精製では、顕微鏡を使用した緻密な作業を数年継続してようやく数百グラムといったところだ。
今回の旅ではそれをやっている時間的余裕は無い。
更に言えばマイクロウィートは、3つの必須食材のうちの1つにしか過ぎない。
次のことも考えれば分業するしか無い。
タオナンが同行を依頼する人物は、最後の食材であるレイオクトを捕獲するために不可欠なスキルを持つそうだ。
「でも、テイチョス1人で粉、集められるの?」
不安そうに自分を見詰めるタオナンに、さも当然といった様子で返すテイチョス。
「ワタシを誰だと思っているんだ、君のアシスタントだぞ?」
何の根拠も無いのに、なぜかこの言葉を聞くと心から安心できる。
タオナンは子供の頃からそうだった。
「うん、じゃあ任せるね。・・・任せるぜ!」
元気よく走り出すタオナンを見送ると、テイチョスはマイクロウィートが自生する草原を目指した。
ほどなくして、眼下一面が緑色に生い茂る原野に辿り着く。
「さて、と」
テイチョスがタオナンと別行動を取った最大の理由は、実はこれからの彼の行動にあった。
今から行うマイクロウィートの収穫を、彼女に見られたくなかったのだ。
周囲に人が居ないことを確認すると、テイチョスは口を大きく開いた。
本当に大きく、開いた。
口角から頬、耳にかけて亀裂が走る。
上唇からは両目に向かって、下唇からは左右の鎖骨に向かって、開いた。
『万能調理助手テイチョス 集塵モード』である。
顔の下半分と首あたりが全開となり、ヒュゴォという音と共に周囲の物を吸い込んでいく。
吸引される先の喉には大きさの異なる3層のフィルターが存在し、最終層を通過できるのはマイクロウィートの粒だけである。
ここに群生しているマイクロウィートなら、1時間もすれば10kg程度は収穫できそうだ。
さて、タオナンは無事に彼女を口説けるだろうか?
そのタオナンはメモを頼りにカルマポリスの街を歩いていた。
緑黄色の霧に覆われた街。
特に息苦しいとか、香りがあるとか、そういう感じではない。
ただただ視界が緑色なのだ。
ここの住人は大半が妖怪、またはアルファである。
きょろきょろと周囲を見ながら歩く人間のタオナンは、さぞかし目立つかと思いきやそうでも無かった。
他国からの観光客がちらほらと確認できる。
「この建物・・・かな?」
タオナンは超高層の建造物が建ち並び、狭くなった空を見上げた。
故郷のキスビットでは見られない風景だ。
エントランス部分で中に入るのを少し躊躇していると、中から女性が出てきた。
真珠のようにつややかで気品のある白い肌。
しっとりと黒いロングヘアは上品で落ち着いた印象を与える。
切れ長の目がこちらを見止め、視線が合った。
タオナンに気付くと女性は薄く笑顔を作った。
微かに幼さの残る顔立ちに不釣り合いなほど、妖艶さのある笑顔だった。
■彼女の名はルビネル
(キ、キレイなヒトだなぁ・・・)
タオナンは挨拶するのも忘れてまじまじと見つめてしまった。
それはそれは失礼なほどに、凝視している。
「何かご用ですか?」
声を掛けられたのが自分であると、時間差で気がついたタオナン。
慌てて自己紹介をしようとして、手に持っていたメモを落としてしまう。
「あ、あの!ごめんなさい!アタ・・・お、俺ッ、人を探してて!」
その女性は足元に落ちたメモを拾い、タオナンに手渡しながら言った。
「それ、きっと私のことだわ。じゃあ貴女がタオナンね?」
「は・・・?はい・・・」
「私はルビネル。貴女のことは聞いているわ」
あまりの展開に言葉を無くすタオナン。
その様子から、詳細を聞いていないことを察したルビネルは要点だけを説明することにした。
「こう見えて私も忙しいのよ。お手伝いをするかどうか、貴女の熱意を直接聞いて決めようと思ってね。どう?私を説得してくれる?」
恐らくはテイチョスが事前に根回しをしたのだろうが、しかし状況が飲み込めない。
だがタオナンは難しく考えることをやめた。
これからやろうとしていることに、このルビネルという女性の助けが必須であるとテイチョスは言った。
ならば協力してもらえるように説得することが何よりも先決である。
細かな事情を聞くのは後でも構わない。
「俺・・・いや。アタシはキスビットの王都エイ マヨーカで料理人をやっているタオナンと言います。料理コンテストに出場して優勝するために、どうしてもルビネルさんの助けが必要なんです!」
タオナンは真っ直ぐに伝えた。
今まで女性というだけで真っ当な評価を受けられなかったこと、今回のコンテストも出場枠が男性限定であること、だからその会場に男として出場しようとしていること、料理界の男性主義を覆したいという思いを吐き出した。
順序立てて分かりやすく説明をするような話し方は苦手なタオナンだったが、それゆえに飾らない言葉で正直に話した。
「だから、是非!お願いします!」
誠心誠意、深々と頭を下げた。
これで断られたら、もう次の言葉は出て来ない。
不安でいっぱいになりながら、ルビネルの返答を待つ。
「まさか髪まで切って、とは。恐れ入ったわ」
タオナンは顔を上げた。
ルビネルがにっこりと笑っている。
「私で良ければ、喜んで力を貸しましょう」
港に停泊させているクルーザーにマイクロウィートが入った袋を積み込んでいるテイチョスは、近付いてくる人影2つを認識した。
望遠モードで確認すると、それはタオナンとルビネルだった。
どうやら交渉は上手くいったようだ。
「お久しぶり、というのも何だか違和感ね。アルファさん」
「初めまして、ルビネルさん。ワタシはテイチョスと申します」
「・・・そう。初めまして、ね」
奇妙な会話を交わす二人だが、タオナンは特に気にしてはいなかった。
と言うよりも、自分が任務を果たせたことに安堵して、気が抜けているのだ。
しかしここはあくまでも第一の通過点に過ぎない。
今もまだ、一刻を争う状況は続いているのだ。
次に目指すグランピレパは、ここからほど近い大陸で移動に要する時間は少ない。
しかし次の食材、ライフル卵は入手が非常に困難である。
時間は多いに越したことは無い。
■グランピレパへ
三人を乗せた船は間も無く出港し、グランピレパを目指した。
「テイチョス、それが貴方の名前なのね」
操舵室と船室を隔てる壁に設置された窓を開け、ルビネルがテイチョスに言う。
テイチョスは振り返ることなく真っ直ぐに前を見ながら答える。
「今は、そうです。千年前はキスビットの為にありがとうございました」
「本当に千年経っているの?あれから?」
「ええ、間違いなく。私の記憶媒体には千年分の歴史が記録されていますよ」
ルビネルはまじまじとテイチョスを見詰めた。
俄かには信じがたいことだが、しかし嘘を言っているようにも見えない。
あれからキスビットにも行っていないし、なんとも実感の無い話だ。
そう言えば、とルビネルが言ったところで、船室にタオナンが入ってきた。
「ルビネルさん、何か食べませんか?」
何食わぬ顔で船を操縦しているこのアルファが、自身の過去やそれにまつわる諸々を、タオナンに話していないと察したルビネル。
テイチョスとの会話を切り上げ、タオナンに答える。
「久しぶりにキスビット料理が食べたいわ」
ルビネルはタオナンの料理の腕を褒めちぎった。
お世辞ではなく、本当に美味しいのだ。
料理のコンテストというものがどれほどのものなのかは知らないが、とにかくルビネルにとっては究極に美味しいと感じられ、これなら優勝も夢では無いと心から思った。
ルビネルの絶賛に気恥ずかしさを覚えながらも、タオナンは喜んだ。
食べた人から「美味しい」と言ってもらうこと。
それが何より嬉しいことだと、改めて実感することができた。
「二人とも、腹ごしらえは済んだかい?そろそろグランピレパが近いぞ」
テイチョスにそう言われ、二人は窓の外に目をやる。
いつの間にか、陸地が近付いていた。
ここは精霊王国グランピレパ。
王都フェアリアには程遠い海岸へ船を着けた。
正式な港ではないので防波堤も整備されておらず、時折り寄せる高い波に白い飛沫が舞う。
ひときわ大きな波が岸壁を打ちつけたとき、不運にもタオナンとルビネルは船から陸に渡ろうとしていた。
全身ずぶ濡れである。
さて、ここグランピレパでは魔王を名乗るサターニアが出現し、エルフ王国と交戦状態にあるのだそうだ。
今回の目的はライフル卵の入手であり、余計な危険を避けるためにも街に近付くことはしない。
「ねぇ、ライフル卵ってなあに?」
スカートを絞りながら尋ねるルビネルに、テイチョスが答えた。
まず、ここグランピレパには『ライフル』という名の高速鶏が生息している。
足の速い生物の世界ランキングを作れば間違いなく上位18位に入るであろう、超高速で走る鶏だ。
このライフルは走るのも速ければ産卵も成長も速い。
産卵直前の親鶏は限界まで力み、一気に卵を押し出すように産む。
螺旋状に溝が入った産卵管から秒速800Mで射出される。
激しく回転しながら撃ち出された卵は1秒後に孵化し、障害物に激突する前に羽ばたいてブレーキをかける。
そして着地する頃には親鶏になっているのだ。
ただし、実際にはほとんどの卵は孵化前に木や岩などに激突してしまう。
約1kmもの何も無い空間で射出された卵しか、親鶏に成れないのだ。
「つまり、ライフル卵を入手するには、秒速800Mで射出される卵を、割らずに受け止めるか、産卵前の親鶏の腹を裂くか、二つに一つということだ」
ちなみにライフルは常に高速で走っており、捕獲して足が止まると同時に死ぬ。
足が速いのは物理的にだけではなく、鮮度的にも抜群に速い。
足が止まり死んでしまった親鶏からは、ライフル卵は採取できないのだ。
ライフル卵が『世界で4番目に入手が困難な卵』とされているのはこのためだった。
「それ、どうやって手に入れるつもりなの?」
ルビネルからごく自然で素直な質問が投げかけられる。
「き、気合いで・・・」
タオナンから絶望的な回答が返された。
とにもかくにも、まずはライフルの発見が先決であるが、どこをどう探したものか見当もつかない。
が、ルビネルは川を探したかった。
「海水に濡れたままは気持ち悪いわね」
街へも行かないのであれば、せめて水浴びがしたいと言うのだ。
確かに、タオナンもそう思った。
どうせライフルを探して当ても無く歩くのなら、川を目指しても良い道理である。
それに、ルビネルの黒く美しい髪が海水で傷んでしまうのが、タオナンにはとても嫌だった。
「判った。川はこっちだ」
テイチョスには自身の位置を正確に測定する機能がある。
とは言っても、判別できるのは『起点からの距離』だけなのだが。
現在の彼の起点はキスビットにあるタオナンの自宅である。
そこから、現在地がどれだけ離れているかが判るのだ。
しかしそれだけ判れば、世界の地理が頭に入っているテイチョスにとって、これくらいのナビゲーションはお手の物だった。
森に入り、しばらく歩くとせせらぎの音が聞こえてきた。
やがて川に辿り着いた。
「ワタシはこの周辺を見回ってくる。君たちは存分に水浴びを」
テイチョスはそう言うと、さっさと行ってしまった。
タオナンが水浴びをすると聞いたときから、実は思考がまとまらず、内部での情報処理動作が重たい状態に陥っていたのだ。
少し距離を置いて思考回路の再起動を図らねば。
「女の子同士、別に恥ずかしがることもないわね」
そう言うと、ルビネルはなんの躊躇も無く海水で濡れた服を脱いだ。
そのまま腰まで川に入り、淡水で服を濯いでいる。
アルビダの特徴である白い肌が木漏れ日の中でキラキラと輝き、深い森の新鮮な空気がルビネルのスレンダーな肢体を包んでいる。
その光景の美しさに見とれ、タオナンは無意識に呟いた。
「き・・・きれい・・・」
タオナンの素直な言葉に少し照れながら、ルビネルは言う。
「ほら、貴女も早く」
ルビネルに促されて、タオナンはおずおずと服を脱ぎ始めた。
男になる宣言はしたものの、しかしあれは見た目だけの話だ。
あまりに美しすぎる同性に、若干の劣等感を覚えてしまう。
ルビネルに背を向けるように脱いでいき、そしてサラシを解いた時だった。
「なッ!?」
声の主はルビネル。
振り向くタオナン。
元気よく揺れる胸。
(なんちゅーサイズなのッ!!!)
という叫びを何とか飲み込んだルビネルだったが、しかしその豊かな膨らみから視線を外すことはできない。
今度はルビネルが劣等感を覚える番だった。
二人は自然と背中合わせのような立ち位置で服を濯ぎ、水浴びをした。
しかし二人はそれぞれ、こんな自身の劣等感をバカバカしく思う気持ちが湧いてきた。
人は人。
自分は自分。
「ルビネルさん、すごくキレイで羨ましいです」
「少し分けて欲しいわ、貴女の胸」
「甲乙つけがたいと思います」
タオナン、ルビネル、そのどちらでもない声。
一拍置いて、二人はザブンと肩まで川に浸かった。
「誰ッ!?」
二人が川原に目を向けると、そこには少年が居た。
長く尖った耳から、精霊(エルフ)であることが窺える。
なぜか素晴らしく良い姿勢で正座をしており、だくだくと鼻血を垂れ流している。
彼の目はまるでこの世の真理を見据えているかのように澄み、一点の曇りも無くまっすぐに二人の裸体を捉えていた。