どうも、坂津です。
朝、出勤するために車に乗ると、フロントガラスがびっしり結露しています。
もうそんな時期かと思いつつワイパーを動かしたら、ほんの少し凍っていたようで、ワイパーゴムがシャーベットを集めたようになりました。
なんてこった。冬じゃん。
私は冬生まれなせいか、寒さはそんなに苦ではありません。
そりゃもちろん寒いのが好きってワケでは無いですけど、暑いのと比べればなんてことありません。
涼を取る方法よりも暖を取る手段の方が多様で手軽ですし。
さて、吐く息が白くなるほど寒くなってくると、どうしても温かい飲食物が恋しくなります。
コンビニ各社ではおでんや肉まんのホカホカっぷりが猛威を振るい、石焼き芋屋さんの誘惑が全国に蔓延します。
そんな中でもトップクラスに需要が伸びる食べ物、それが鍋ですね。
日本の冬とは切っても切れない伝統の料理、鍋。
地域や各家庭によって中身も味付けも千差万別であるにも関わらず『鍋』という言葉で一括りにできてりまう便利なジャンル。
ただ『鍋』があまりにも多種多様な在り方を許容してしまう懐の広さゆえ、思わぬ摩擦を生んでしまうことも。
あれは大学生の頃。
所属していたゼミの合宿ということで、学校所有の研修施設に泊まり込みで遊び呆ける勉強するというイベントがありました。
合宿のスタートが夕食の献立決めと食材の買い出しから始まるということからも、勉強メインのイベントではないことが明らかでした。
で、その献立決めの議論がなかなかに白熱し、膠着状態に陥ってしまったのでした。
メニューを鍋にすること自体はすんなりと決まったのですが、引っ掛かったのはその味付け。
ある者は味噌味が良いと主張し、またある者はキムチ味が最高と言い張り、更にある者はチーズ鍋に勝るもの無しと豪語します。
三者三様十人十色。
それぞれの意見は決して折れることなく、鍋の味に対するこだわり同士のぶつかり稽古は終局を見ないまま2時間近くが経過しました。
私は辟易としていました。
正直、鍋の味なんてどうでも良いというのが私の見解でした。
こんなにモメるくらいなら全部水炊きにして、付けタレだけレパートリー豊かに取り揃えれば良いじゃん、と誰に言うでもなく呟きました。
が、どうやらその案が最適解だったようで、今まで対立していた奴らが嘘のように和解し、食材の買い出しについての話し合いがスタートしました。
具材は牛、豚、鶏のお肉三銃士に加えて鮭と鱈。
野菜は白菜としめじとえのきと大根と人参とジャガイモで、その他に糸蒟蒻とマロニーと即席乾麺もノミネートされました。
で、結局そのときにラインナップされたタレは以下の通り。
・ポン酢
・ゴマダレ
・カレールー
・キムチの素
・とろけるチーズと生クリーム
・マヨネーズ
・ケチャップ
・お好みソース
・わさび
・からし
・タバスコ
・タルタルソース
・梅肉
・めんつゆ
・コンソメスープ
・カルボナーラソース
・トマトソース
不要と思われるものも多々混入されていましたが、ともあれこれで平和的鍋サミットが開催されるだろうと胸をなでおろしたのでした。
そして当日。
酔っ払った大学生が集まって鍋をやり、豊富な具材とタレが目の前にあれば、当然のように開催されるのが『闇鍋』であります。
が、正直なところ私も完全な酩酊状態であり、もちろんゼミの先生や他の参加者もヘベレケに酔いまくっておりました。
そんな状態で暗闇にするのは危険が危ないと冷静に判断するだけの知性が残っていたので、明るいままとりあえず手元にある色々な物を鍋の中に好き放題投入しました。
そしてきちんとグツグツ煮立つまで加熱してオープン・ザ・蓋。
どうしてそうなったのか分かりませんがちょっと紫がかった地獄鍋が完成しておりました。
で、食材で遊ぶという生命への冒涜行為を鼻で笑いつついざ実食とまいります。
まず一人が恐る恐るひと舐め。
途端に「ん゛ッ!!!」と呻くや否や、目を丸くしてもうひと舐め。
「え、嘘・・・美味い。めっちゃ美味いんだけど・・・?」
こいつこんな名演技ができたのかと感心しつつ、彼に続いて私もひと舐め。
・・・は?
ウソだろ何コレちょい待てををを?
「マジで美味い・・・」
その後は「またまた~・・・はッ!? 美味ッッ!!」の連鎖です。
神の奇跡か悪魔の仕業か、私たちが無計画に混ぜ混ぜした鍋は絶妙な美味の極致に達していたのでした。
このあまりの美味さに、その場に居た全員が我先にと夢中で食した鍋は一瞬で空になりました。
もっと食べたかったのですが、如何せん何をどれだけ入れたのか誰も把握していない状態です。
私たちは目の前にズラリと並んだ上記のタレ群を見ながら「これ入れた? 誰? どんくらい?」「分かんない」を繰り返しましたが、ついに正解に辿り着くことはできませんでした。
何をどう試しても不味いばかりでさっきの味になりません。
「もしかして誰かお酒入れた?」
「あーごめん俺何か入れたかも」
「おつまみ系とかも入れたかも」
「あ、確かにスルメ入ってたわ」
「もーマジで正体不明鍋じゃん」
「再現したいよ~食べたいよ~」
「あれ?食後のアイスが無い!」
「悪ぃ、俺それ入れた気がする」
「謎が一層深まったじゃねーか」
「みんな入れたモン申告しろよ」
しかし奇跡は2度起きることなく、私たちは睡魔に負けてしまったのでした。
寒くなって鍋を食べる時、今でもあのときの幻の味を思い出すことがあります。
こってり濃厚で薄紫に濁ったスープを口に運んだ時の感動。
リッチで芳醇なクリーミィさにも関わらず決してギトギトしていないクリアな味わいを併せた地獄の奇跡鍋。
もしタイムマシンで1度だけ過去に戻れるのなら、私はこっそりあの場面を覗き見し、レシピを完成させたいと思います。