『かなり』

干支に入れてよ猫

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合縁奇縁

どうも、坂津です。

大学生のとき、友人たちと成し遂げた偉業のお話です。

 

私たちは毎日毎晩集合してはTRPGに全てを費やすどうしようもないオタク集団でした。

ちなみにTRPGとは『テーブルトークロールプレイングゲーム』のことで、文字通り『テーブルを囲みながら』『ロールプレイで』『ゲームをする』ことを指します。

ロールプレイっていうのは、ゲームの進行と物語とキャラクターと自分をシンクロさせながら、演じるってことです。

TRPGを簡単に表すならば、自身がキャラクターに成りきりルールに則りながら自由演技でストーリーを進める遊び、ということです。

 

あの夜、私の部屋に集まったのは私を含めて4人でした。

世界観は『剣と魔法のファンタジー

ソード・ワールドRPG 完全版

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4人にはそれぞれ役割分担があり、それぞれが演じるキャラクターもしっかり作り込んでありました。

 

【GM】:ゲームマスター

物語の進行役であり、物事の審判役であり、世界の調停役であり、裁定者。

【戦士】:肉弾ファイター。

力こそが正義であり、強い弱いが物事全般を判断する基準であり、脳筋者。

【神官】:自己陶酔聖職者。

芸術の神を信仰する超絶ナルシストであり、「私=芸術」であり、倒錯者。

【盗賊】:圧倒的な劣等感。

グラスランナーという種族のシーフであり、マイナス思考であり、屈折者。

 

物語の展開は割愛しますが、まぁとにかくチームバランスが悪い上にそれぞれキャラが濃過ぎてミッションをコンプリートするのは絶望的でした。

キャラクター的にはいがみ合い、罵り合い、ど突き合いながらのドタバタ道中なのですが、しかしそれを演じるプレイヤー、つまり私たちはめちゃめちゃ愉しんでいました。

ゲームマスターも空気を読める臨機応変型の天才で、ルールよりも展開の面白さを重視した進行に努めてくれました。

ちなみに私は盗賊でした。

私たちは一晩中、とても素敵な世界に没頭し、剣と魔法のファンタジーを堪能したのでした。

そして夜が明け。

 

GM「お、携帯が。ん・・・?もしもし?」

GM「・・・は?ああ!うん!え、今日?」

GM「ああ、うん。でも・・・そうだね・・・」

GM「分かった。じゃあ10時にね・・・」

 

電話を切るなりGMは私たちにガバッと振り返り、泣きごとを言い始めました。

 

GM「どうしようっ!すっかり忘れてた!今日初めて彼氏が家に来るんだった!!」

 

GMは我々オタク男衆が束になっても敵わないほど筋金入りのオタクであり腐女子でした。

それが最近どういうフラグが立ったのか、一般人(オタクから見たオタクじゃ無い人のこと)の彼氏ができてしまい、目指せ脱・オタク界を宣言していたところだったのです。

しかしあまりにも突然の禁オタ活動で酸欠状態となった彼女は砂漠で水を求める遭難者がごとく我々にTRPGのセッティングを求め、それが昨晩の痛快ゲームに至ったというワケなのです。

時間を忘れて徹夜で一晩中盛り上がったところでいきなり突き付けられる現実。

 

GM「部屋の掃除どころか片付けすらできてない・・・オワタ・・・」

 

どうやら彼女は、彼氏に対して自分のオタク臭を極力抑えているようでした。

『普通の人よりアニメ・ゲーム・漫画が好き』程度の人格を装っているんだとか。

現実は『全てのオタクから畏敬の念を込めて“姐さん”と呼ばれる程のオタク』なのに。

 

戦士「何が終わったんだ?まだあと3時間ぐらいあるじゃねぇか」

 

絶望に打ちひしがれるGMに、戦士がのんきな声を掛けました。

 

神官「そうよ?諦めたらそこで試合終了よ?」

 

戦士の言葉に神官が相乗りし、某有名バスケ部顧問のセリフを踏襲します。

 

盗賊「あっしら全員、どうせ暇人でヤンス」

 

友人たちがそれぞれゲームのキャラの人格をそのまま継続していたことから、私もそれに倣って自虐盗賊を演じます。

 

GM「て・・・手伝ってくれるの?」

 

私たち冒険者は翌日のランチという報酬でこの依頼を請け負いました。

彼女の希望は以下の3点。

・キッチン周辺の片付け、掃除

・ユニットバスの片付け、掃除

・部屋内のオタクグッズの撤去

 

私たちはこれまでお互いの部屋に集まり合ってTRPGに興じてきましたが、実はGMの家に行ったことはありませんでした。

どんだけオタクとは言え、屈強な腐女子とは言え、そこはやはり女子です。

女子の部屋に入るという行為はそれだけで簡単にオタク男子を殺すのです。

つまり、今回のミッションで私たちは初めてGMの部屋に入ったのです、が。

 

戦士「なんだぁ、こりゃあ・・・」

神官「さすがの私もコレは引くわぁ・・・」

盗賊「あっしらに似合いの仕事でヤンス・・・」

GM「か、感想は求めてないからっ!」

 

オノマトペで表現するなら『ぐちゃあ~』という感じの部屋が眼下に広がっていました。

一般的に想像する『女子の部屋』からは完全なる対極に位置する光景です。

台所のシンクには、いつから洗っていないのか分からない食器が積み上げられ、コンロの上にはいつ作ったものなのか分からない何かが入ったフライパン。

ユニットバスの排水溝は髪の毛で真っ黒なブラックホールになっており、壁も床も例のピンク汚れがびっしりと張り付いており、シャンプーなどのボトルはベッタベタです。

リビングは漫画、ラノベ、画集、TRPGのルールブック、フィギュアなどなど、どう考えても消し去ることなどできそうにないオタク臭を放つ魅力的なグッズで溢れていました。

 

神官「なぜこれで彼氏を呼ぼうなんて思ったの?」

GM「約束した時点では毎日10分掃除すればイケると思ったのよ・・・」

盗賊「今日はめんどくさいから明日20分、という負の雪だるまでヤンスね」

GM「その通りよ悪い!?」

戦士「お前ぇ、馬鹿じゃねーのか?」

GM「充分自覚してるわよバーカ!」

 

涙目のGMに対し愛のある言葉の暴力を振るったあと、私たちは冒険を開始しました。

 

神官「じゃあ私はこの暗黒の台所を片付けるわ」

盗賊「あっしは混沌のバスルームを」

戦士「なら俺は部屋の中だな」

GM「みんな・・・(歓喜)」

神官「私たちが片付けてる間、あんた少し寝てなさいな」

盗賊「徹夜明けでヒドイ顔でヤンス」

戦士「30分前には起こしてやるからよ」

GM「みんな・・・(感涙)」

 

という流れで私は最悪にヌメるバスルームを掃除することに。

購入して以来、一度も開封されたことが無いであろう洗剤のキャップを豪快に開栓し、これまた購入以来一度も使用されたことが無いであろうスポンジに含ませます。

元々掃除のように『やったらやった分の成果がすぐに目で見て分かる』ことが好きな私は浴槽から壁から床から徹底的に磨きました。

神官も食器や調理器具を片付けたあとは換気扇まで手を伸ばしています。

戦士は手当たり次第にグッズを箱詰めして自分の車に積み込んでいます。

そしてGMは爆睡していました。

 

神官「戦士~?いま何時~?」

戦士「おう!まだ1時間半ぐらいあるぞ!」

盗賊「思ったより余裕でヤンスね」

 

バスルームとキッチンに時計は無く、水周りの掃除なので腕時計を外していた私と神官。

時間の管理は部屋の中に居る戦士に一任されていました。

しかし、それが良くなかった。

なにせ彼は脳筋者・・・。

 

神官「戦士~、もうそろそろかな~?」

戦士「おう!あと1時間半ぐらいあるぞ!」

盗賊「・・・さっきもそう言ったでヤンス」

 

どうやらこの家にある唯一の時計は8時半で電池切れになっていたらしく、戦士はその時計を見ながら作業をしていたのでした。

 

神官「普通気付くでしょ!?」

戦士「いや、俺の動きがすげぇ素早いのかと思ってた・・・」

盗賊「完全に人選を誤ったでヤンス」

神官「で、本当の時間は?」

戦士「ちょっと待てよ、ええっと、10時25分」

盗賊「は?」

 

私たちが青褪あおざめるのと、玄関のチャイムが鳴るのは同時でした。

 

戦士「おう!誰だ?開いてるから入れよ!」

神官「馬鹿!」

盗賊「馬鹿オブ馬鹿!」

 

約束の時間を過ぎても約束の場所に現れない彼女に、何度か携帯を鳴らしたけど出ないから心配になった彼氏。

ゲーセンで取ったぬいぐるみ(アニメキャラ)をいっぱいに詰め込んだスーパーの買い物袋を抱えた戦士。

肘まであるゴム手袋を装着して換気扇のガンコな油汚れを金束子かなだわしでガシガシ擦り落としてる神官。

洗剤を流すのにシャワーを使うため服を脱ぎ捨て上半身裸でGパンを膝上まで捲り上げた盗賊。

その4者が一堂に会する奇跡の瞬間も爆睡中のGM。

そんな凍結した時間を力任せにブッ壊したのは、脳筋者の戦士でした。

 

戦士「GMは疲れて寝てっからよぉ、ちっと待ってくれや」

彼氏「・・・は、はい?」

神官「ちょ、戦士!?」

戦士「徹夜で俺ら3人相手に遊んでくれてよぉ」

彼氏「えっ!?」

盗賊「\(^o^)/」

 

状況的に最悪の誤解が生じる可能性を憂慮した神官は、正直に全てを打ち明けることを選択しました。

彼女が生粋の、筋金入りの、徹底した、揺るぎないオタクであることを丁寧に説明し、私たちがその仲間であることを告白しました。

そして彼女にとってオタク成分は酸素に等しい必須栄養素であり、それを隠して生きることが彼女にどれだけ深刻なダメージを与えるかを説きました。

それに加え、TRPGの楽しさ素晴らしさ面白さを熱弁し、これから試しにちょっと体験してみようと説得しました。

私たちは彼氏を同伴してそのまま私の部屋に移動し、初心者にも分かりやすい簡単な物語をスタートしました。

約3時間の短いゲームでしたが、どうやら彼氏はTRPGの魅力を理解してくれたようです。

そのときちょうど良いタイミングで彼氏の携帯が鳴りました。

GMからです。

電話口の向こうで慌てふためき狼狽している感じのGMに、彼氏は優しく「今から行くからね」と行って電話を切りました。

彼は私たちに礼を言い、そして次のゲームの約束をして去っていきました。

 

戦士「なんだ、良い奴じゃねぇか」

神官「仲良くなれそうね」

盗賊「奴もオタク臭を隠してたっぽいでヤンスね」

 

ほどなく彼氏は『ほぼ毎晩一緒にTRPGに興じるオタク仲間』になりました。 

それから6年後、GMと彼氏は結婚しました。

新婚旅行先はサイコロを振って決めたそうです。

やがてGMゲームマスターGMグッドマザーになり、おチビ2人を加えた4人パーティで冒険を続けているとのこと。

今でも戦士と神官に会うと『GM家大掃除大作戦』の話に花を咲かせる私たちなのです。

 

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