あけましておめでとうございます、坂津です。
私自身は特に面白いとも思っていなかったのですが、人に話すたびに笑ってもらえる体験談がいくつかあります。
あんまり笑われるので、私自身も「そうか、これは面白体験談なんだ」と思うようになってきました。
実際に体験した当時は別に面白いなんて思いませんでしたし、むしろ運が悪い不幸な出来事に遭遇したと思っていたくらいです。
時間が経過すると、なんでも笑い話になるものですね。
【エレベーターガール】
私が小学生の頃は、百貨店に行けばエレベーターガールなる職業の女史が存在しておりました。
彼女らの使命は一日中、上下運動を繰り返す狭い鉄の箱の中で立ちっぱなしのまま壁面のボタンを押すという過酷なものです。
子供からすれば自分でボタンを押したいのに、そいつがそこに立っているせいで押せないという邪魔者でしかありませんでしたが。
ある日、母親と買い物に訪れた百貨店でエレベーターに乗りました。
その日は全体的に客数が多く、エレベーター内も例外ではありませんでした。
乗客同士が触れるか触れないか程度の混雑の中、私は母親の誘導によりエレベーターガールの真横にポジショニングされました。
ドアを目の前にした母親と、操作ボタンを目の前にしたエレベーターガールの間に居る感じです。
目的の階に到着目前、エレベーターガールの鼻に掛かった余所行きの声が聞こえます。
「6階、こども服、ベビー用品売場はこちらです」
案内の声が終わるのと、到着を知らせる「チーン」という音が鳴るのがほぼ同時。
その直後。
まだドアは開いていませんでしたが、私はドンと押されました。
小さく「わっ」という声が、後方から聞こえたような気がします。
左右に開いていくエレベーターの扉。
押された私が手を突いたことなど、扉には知る由もありません。
戸袋に吸い込まれる私の手。
響き渡る絶叫。
エレベーターガールの。
当事者である私より先にバンシー、いやマンドラゴラのような叫び声を上げた彼女のせいで、私は泣き叫ぶタイミングを失いました。
駆け付ける6階フロアの従業員。
悲鳴を上げ続けるエレベーターガール。
石鹸水を用意するよう指示する責任者らしき人。
崩れ落ちるエレベーターガール。
石鹸水を戸袋に流し込む従業員。
しゃくりあげるエレベーターガール。
ゆっくりと引き抜かれる私の手。
息を飲むエレベーターガール。
滴り落ちる鮮血。
泡を吹き倒れるエレベーターガール。
消毒と絆創膏で処置終了の私。
タンカで運ばれるエレベーターガール。
救急車に乗せられるエレベーターガール。
搬送されるエレベーターガール。
さよならエレベーターガール。
【漢字テスト】
国語の時間に、予告無く開催された小テスト。
同級生たちのブーイングに油を注ぎつつ、それでも実は漢字テストが好きな私でした。
前の席の級友から裏向きで手渡されるテスト用紙は砂場色の藁半紙。
学校には輪転機と呼ばれる、旧世代のコピー機があり、先生はテスト用紙をその輪転機で大量作成するのです。
この時のテスト用紙、実は先生が内容をミスしてしまったのに気付き、慌てて正規の物に印刷し直したということが後で判明します。
と言うのも、そのミスした分がたった1枚だけ紛れ込んでおり、その1枚を見事に私が獲得したからです。
最後尾の生徒までプリントが行き渡ったことを確認した先生が発する「はじめ」の声とともに用紙を表に向けました。
当然、自分のテスト用紙がミスったものだと思わない私は困惑しました。
次の漢字のよみを書きなさい
名前【 】
名前【 】
名前【 】
名前【 】
次のひらがなを漢字にしなさい
なまえ【 】
なまえ【 】
なまえ【 】
なまえ【 】
私の手はぴたりと止まったままでした。
これは・・・どういう・・・。
先生の意図がまったく分かりません。
素直に【なまえ】【なまえ】【なまえ】【なまえ】と書けば良いのだろうか?
それとも【さかつ】【さかつ】【さかつ】【さかつ】だろうか?
チラリと横目でクラスメイトを見ると、みんなカリカリと文字を書いています。
この難問に対して躊躇なく解答できるなんて・・・。
いや、もしかすると私だけが異常にアホなのか?
私は勇気を振り絞って先生に質問します。
坂津「先生、あの、名前のところは自分の名前ですか?」
先生「当たり前だろう。他に誰の名前を書くんだ?」
坂津「全部自分の名前ですか?」
先生「坂津よ、“坂”だけ書いても誰のか分からんだろ?名前は全部書きなさい」
先生のこの言葉で私に光明が射しました。
次の漢字のよみを書きなさい
名前【 さか 】
名前【 つ 】
名前【 か 】
名前【 な 】
次のひらがなを漢字にしなさい
なまえ【 坂 】
なまえ【 津 】
なまえ【 佳 】
なまえ【 奈 】
なるほど、こういうことだったのか。
その日の放課後、先生に職員室に呼ばれました。
先生「坂津、ごめんな」
【路線バス】
中学生のとき、ちょっと奮発したお返しをしなければならないホワイトデーがありました。
バレンタインに、少し引くぐらい高価なチョコを貰ってしまいました。
にも関わらず交際の申し出をお断りしてしまった相手へのお返しでした。
坂津「ごめんな。お前とは友達でいたいんだ・・・」
女子「そっか。でもそれすごく美味しいから、食べてね」
帰宅後、家では母親が近所のママ友たちと絶賛お茶会中で、その中のとあるマダムが私の手中の紙袋を目ざとく発見して声を上げたのです。
夫人「まぁまぁ!佳奈ちゃんそれバレンタイン?」
坂津「ええ、はい。まぁ・・・」
夫人「それすっごく高いやつよ!本命でしょ!本命!」
坂津「え、そんな高いんスか?」
夫人「たぶん5,000円くらいするんじゃない?」
母親「マジか!」
その後、私は母親と相談し、同等レベルのお返しをすることにしました。
その頃の私は月々のお小遣い制ではなく「○○を買うので○○円ください」という仮払い申請のような制度が運用されていました。
母親から支給された五千円札を所持して百貨店の地下へ行き、店員さんのアドバイスのもと、妥当な買い物ができました。
そして帰りのバス。
私はやらかしてしまいました。
先刻購入したばかりのホワイトデーのお返しお菓子をバスの中に置いたまま降車してしまったのです!
気付いた時にはすでにバスは発車していました。
私はとにかく走って追いかけました。
バスは信号でも止まるしバス停にも停まる。
全力で走ればどうにかなるかもしれない。
幸運にも次のバス停前で左側の方向指示器を点滅させるバス。
やった!停まるぞ!
しかし全力疾走はそんなに長くは続きません。
バスは無情にも、私の到着を待たずに発車してしまいました。
が。
私は目を疑います。
そのバス停のベンチに、ぽつんと置いてあるのです。
紙袋が。
グロス仕様の厚い紙袋に綿の紐が付いた水色の紙袋。
袋の口の中央部分が金色のシールで封印されています。
間違いなく私が買った、私が忘れた、私が追った紙袋です。
必死で走る私の姿にバスの中から誰かが気付き、置いてくれたのでしょう。
神は人の中に居る、と確信した出来事でした。
名乗るでも無くそっと善行ができるというのは、本当にすごいことです。
私は誰か知らないその恩人に全身全霊の感謝を送信しました。
念で。
そしてホワイトデー。
坂津「これ、お返しな」
女子「わー、ありがとう!開けていい?」
坂津「うん」
女子「あー・・・あぁ、私これ大好き!ありがとう!」
坂津「ッΣ(゚д゚;)!?」
私は誰か知らないあの恩人じゃなかった人から感謝の念を回収したかった・・・。
しかし器用にシールを剥がして上手に入れ替えたものです。
【ハンバーグカレー】
男子高校生なんて、味よりもとにかく量が大切な生物です。
適当に濃い味を付けた量の多い料理があればそれで満足するのです。
学校の近所に、新しく洋食屋さんがオープンしました。
先駆けて食べに行った友人たちは皆口々に「安くて多い」と言います。
これは行かざるを得ないと、演劇部の面々で赴いたときのことです。
こじんまりした外観からの想像を裏切らない、狭い店内。
4人がけの席が2つ、2人がけの席が2つ、カウンター席は3人分。
卓上に置かれたメニューには、ランチは全品850円と書かれています。
選択肢はハンバーグカレー、ナポリタン、チキンプラフです。
しかも大盛り無料。
私達は全会一致でハンバーグカレーの大盛りを発注。
期待に胸を膨らませます。
そして邂逅の時。
目の前に置かれたのは直径30cmほどの円形のお皿。
カレー、紙ナプキン、スプーンの順にテーブルに置かれます。
これが4回繰り返される間、全員がもう垂涎を禁じ得ない状態です。
私の目の前に、最後のスプーンが置かれました。
「ご注文はお揃いでしょうか」の問いに「はい」と答えるのと、皆がスプーンを掴むのがほぼ同時でした。
さて、ここで皆様にお伺いしたいのですが、カレーを食べる時の左手(スプーンを持っていない方の手)はどうします?
このとき、私以外はみんなお皿をテーブルに置いたままでした。
顔を近付けることによってスプーンの移動距離を短くする方式を採用していたのです。
しかし私は違った。
お皿のご飯側の端を持ち、お皿を持ち上げてルー側からスプーンを入れて食べる算段でした。
しかし。
私が持ち上げることができたのはお皿の左半分だけでした。
目の前の光景を信じることができません。
円形のお皿は真っ二つに割れ、私のハンバーグカレーはテーブルの上に流れ出していきました。
時計で言えばちょうど12時と6時を繋ぐ線のように綺麗な真っ二つでした。
落としたとか叩いたとか、そんな事は断じてしておりません。
静かにそっと持ち上げたのが、たまたまお皿の左側半分だったのです。
繰り返しますが、これらすべて体験当時は「私は最高に運が悪い」と思って嘆いたものです。
飲食店に行けば、水の中の氷に羽虫が閉じ込められていたり、オムライスの中にケチャップの最初に剥がす銀色のやつが入っていたり。
ホテルに泊まれば、ちょっと怖い体験をしたり、シャワーが水しか出なかったり、知らない人が入ってきたり。
自販機で飲料を購入すれば、賞味期限が過ぎていたり、選択肢に無かった謎の缶が出てきたり、釣銭がじゃらじゃら出てきたり。
しかし時が経つにつれ、私が「運が悪い」と思っていた出来事の大半を、周囲のみんなが笑ってくれることに気付いたのです。
それに気付いてから「実は私は面白い経験をしている」と思うようになりました。
そう思えるようになってからは笑ってくれる人が増えました。
さてあなたは、運が良い人ですか?悪い人ですか?