どうも、坂津です。
人にはそれぞれ、ルーツというものがあります。
家計図が存在するような由緒正しきお家であれば、きちんとルーツを辿ることもできるでしょう。
しかし坂津家にはそんなきちんとしたアイテムは存在せず、私がやんごとない身分であることを証明するものもありません。
ですから、私が認識し得る私のルーツと言えば、私が直接知っている両親と、その両親ということになるのです。
私の母方の祖父は、その地域でも有名な変人でした。
しかし東風間厳蔵(こちま ごんぞう)は私にとっては非常に優しい、大好きなおじいちゃんでした。
晩年、痴呆が進んだときでさえ、私が目の前に居るときだけは平静を保ってくれていました。
厳蔵じいちゃん、略して「ゴンジイ」という呼び名も、私が付けたものでした。
ゴンジイが語る戦争の話が大好きでした。
大戦の悲惨さを体験しているはずのゴンジイですが、おそらくは子供向けにグロテスクな部分を割愛して説明してくれていたからでしょう。
今ではその気遣いも理解できるのですが、当時子供だった私はもっともっととねだるばかりで、ゴンジイも大変だったことでしょう。
そんなことを、ゴンジイの遺影を見ながら思い出していました。
語ってくれた色々な昔話も、徐々に思い出されてきます。
戦時中は敵国の言葉を使ってはいけないというので、色々な道具をヘンテコな名前で呼ばなければいけなかったこと。
「佳奈よ、ラッパをなんと呼ぶか、分かるか?」
「ラッパはラッパでしょ?」
「戦争中はな、英語を使ってはいけなかったんじゃよ」
「えー、ラッパも英語なの?」
「それはワシにも分からんが、とにかくラッパと言うてはいかんかったんじゃ」
「じゃあ何て言ってたの?」
「真鍮曲金音響発生器(しんちゅうまがりがねおんきょうはっせいき)」
「変な名前ー!!」
こんな感じで、様々な道具や部品の和式名称を教えられました。
ネジ=螺(ら)
ドライバー=柄付螺回し(えつきらまわし)
アクセル=走行踏板(そうこうふみいた)
ブレーキ=制動踏板(せいどうふみいた)
マッチ=木製箱型側面当擦火花発生器(もくせいはこがたそくめんあてこすりひばなはっせいき)
なんだか嘘っぽいものばかりですが、いまだに覚えています。
懐かしさと寂しさをブレンドしながら、ゆっくりと記憶を掘り起こしていきます。
突然、ひとつの話を思い出しました。
今まですっかり忘れていたことが信じられないようなスゴイ話です。
嘘のような内容ですが、確かにゴンジイがそう話していたという記憶が鮮明に蘇りました。
それはこんな話でした。
フィリピンかそこらの、小さな島での出来事だったと聞いています。
ゴンジイは斥候(せっこう 敵軍の動静・地形などをひそかに探り監視するために、部隊から差し向ける兵)として、部下5人を率いる班長だったそうです。
島の北側から上陸した日本軍は砂浜と密林の境目付近に前線を置き、ゴンジイたちを斥候として送り出しました。
すでに敵兵が潜んでいては、この島を基地にすることが出来ません。
地図はすでに入手できていて、島の南側にも上陸可能な海岸がありそうだったので、敵兵の存在は五分五分だろうという状況だったらしいのです。
兵A「班長殿、敵兵はおりますかね」
厳蔵「居たら居たとき、居なかったら居なかったとき、だな」
兵B「それを調べるための我らだろう、ということですな」
厳蔵「そうそう」
兵C「しかし、蒸し暑い島ですな」
兵D「水浴びでもしたい気分だ」
厳蔵「あ、するか?水浴び!」
兵E「は、班長、それはさすがに・・・」
厳蔵「いやいや、そこに川があるし、皆脱げ!ほら早く!」
兵E「しかし・・・偵察の任務が・・・」
厳蔵「お前、ワシらはこのあとすぐ死ぬかもしれんのだぞ?悔いなく生きるんなら今すぐ水浴びだ!」
兵達「はい!!!」
こうしてゴンジイと部下5人はその場で装備と軍服を脱ぎ捨て、全裸で川に飛び込んだそうです。
戦時中ですし、風呂など何日も入っていない状況での水浴びは天にも昇るほど気持ちよかったそうです。
全員が「今ここで死んでも悔いは無い」と思った次の瞬間・・・
ヒュー・・・ルルルルル・・・・
ドッぐぁァァーン!!!
空爆されたそうです。
ゴンジイは裸のまま全力疾走しました。
自分がどっちに向かっているのかも分からないまま、とにかく全力で走りました。
視界の端に吹っ飛ぶ部下や装備が映っていましたが、振り返ることも立ち止まることもせずとにかく走りに走ったのです。
そして幸運なことに海岸線と、日本軍の前線が見えました。
ゴンジイは全速力を維持したまま前線まで走り、そして前線を通過しました。
上官「お、おい!東風間!貴様何を・・・」
上官の叫びにも止まることなく快走を続けたゴンジイはやがて海にたどり着きました。
そのままの勢いで飛び込むのと、更なる空爆が前線本部を破壊するのは同時だったそうです。
伝聞なので位置関係は良く分からないのですが、とにかくゴンジイが助かったのは走るのをやめなかったからだと、強く言っていました。
そして最も印象に残っている言葉は
「その空爆でその島に上陸したやつはワシ以外みんな死んだ」
でした。
この話を聞いた当時は「ゴンジイかっこ悪い」と思いました。
もしかしたら大好きなゴンジイの格好悪い姿を忘れたくて、今まで思い出すことが無かったのかもしれません。
しかしよく考えてみれば、そのときゴンジイが全力で逃げていなかったら私は今ここに居ません。
もしかしたら水浴びしていなかったら班員は助かったかもしれませんが、それはタラレバなので考えてもどうしようもありません。
本当に全滅したのかどうかも怪しいものですが(どうやってゴンジイが帰ってきたのか説明できませんし)今となっては確かめようもありません。
今は、ゴンジイが自分の命を大切にしてくれたことを嬉しいと思います。
もしかしたら当時は非難されるとか、何かあったかもしれません。
でもそうして拾った命が繋がっているということはとてもすごいことだと思います。
そしてその話を愉快な感じでワハハと笑いながら話せるゴンジイは、やっぱりすごいと思います。
そのゴンジイのDNAが私にも1/4ほど入っているということが、嬉しいのです。