『かなり』

干支に入れてよ猫

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『伝える勇気』

「あんたさぁ、私と飲むの、嫌なの?・・・そんな微妙な顔こっちに向けないでよ。お酒がまずくなるわ」

 

別に嫌じゃない・・・と言うよりも、むしろ喜ばしい・・・ハズだ。


俺はどっちかと言えば・・・いや、どっちかと言わなくても、野暮ったい風体のいわゆる“イケてない男"ってやつだ。

それがこんな美女と酒を飲んでいる。


「ねぇ、あんたさ、失礼じゃない?私みたいなイイ女がさ、こーやって無防備に!隣に居るのよ?少しくらいイヤらしい目で見なさいよ!」


かなり酔っているのか、彼女はドレスの大胆に開いたスリットから惜し気も無く白い足を覗かせる。


「こんなチャンス、もう2度と無いかもよッ!?聞いてんの!?あんたッ!」


そもそもこの店、豪華客船の中のバーなのだが、俺には不釣合いと言うか・・・正直言って居づらい。

正装も身動きしにくいし、息がつまる。


「ってゆーかさ、なんであんたしか男が居ないの!?私だって他にイイ男がいりゃ、あんたなんかと・・・ぐすっ・・・」


俺がこの状況になった経緯を手短かに説明すると、こうだ。

 

セレブ限定の合コン参加チケットを急に行けなくなったトモダチから貰った。

以上。

うん、手短かだ。


「あぁ?・・・気持ち悪い・・・お水ちょうだい・・・」

 

彼女は明らかに飲み過ぎ。

まぁとりあえず水をあげよう。
こんな状況なのに、意外に冷静だなぁ、俺。


「ごくごく・・・ありがと。なんか、あんたよく見るとアレに似てるわね。あの、ほら、あのひと。私嫌いじゃないわよ。ねぇ・・・」


と言いながら彼女はドレスの胸元をさり気なく開く。

全力のアプローチだなぁ。
まぁ、彼女がなんで俺なんかにこんな熱心にアプローチするかってゆーとね、この合コンのシステムがね。
カップルとして成立した女の子は無料なんだよね。

女の子だけ参加料が後払いでさ。
だから彼女、好きなだけ飲み食いして、適当にイイ男と船降りて、適当に別れようとか思ってたんだろーな。
ところがどっこい、序盤で飲み過ぎて個室で寝てる間に、バーには俺だけ、みたいな。

 

とりあえずカップルになんないと高い参加料取られちゃうからってんで、俺に粉かけてんだろう。
まぁ俺もさ、慣れない場に居るストレスと緊張で酷い下痢になっちゃって、トイレに篭りっ放しだったから、出て来たらバーには俺だけ!?って驚いたよ。
それから、この合コンは言わずもがなのセレブ限定。

彼女、俺がお金持ちだって思ってんだろーなぁ。
でも実際はさ、たまたまトモダチがそーゆー人間で、たまたまチケット貰っただけ。

普通の会社員だもんなぁ。

 

彼女に伝えようかな。

 

何から伝えようかな。

 

まずは俺がセレブじゃないことだろ?

 

それから口紅が前歯に付いてるのも教えてあげた方がいいかな?

 

あとは、ここに居ないのが他の男だけじゃないことも言った方がいいな。

 

ここには俺と彼女の二人きりだってことを。

 

彼女が寝てる間に、俺がトイレに入ってる間に、みんな非難ボートに乗り込んでったことを。


この船がもーすぐ沈んじゃうことを。