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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

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美味しく食べることを「おいしむ」と言います。もっとおいしめよ!今日はおいしもうぜ!

思ったこと 遭遇したこと

どうも、坂津です。

年齢とともに味覚が変わるという話はよく耳にすると思います。

みなさんも経験ありますか?

私も昔は苦手だったのに、今はとても美味しいものがたくさんあります。

鮎の塩焼き、牡蠣、ウニなどなど。

カラシやワサビなんかも子供のころはダメでした。

最近この変化が「ある日突然」ではなく「徐々に」進行していることに気付きました。

色々な人に聞きましたが「嫌い」だった食べ物が「好き」になっている過程を実感したことがあるという人は、私の周りには居ませんでした。

いま私が実感しているのは奈良漬です。

ずっとずっと嫌いでした。

去年の年末あたりに、どうしても避けられない奈良漬に直面しました。

仕方なく、咀嚼もそこそこに水で流しこもうと決心して口に入れた瞬間、思い描いていた奈良漬感の中に、微かに光る何かを味わいました。

その光こそが「美味しさ」であると、今なら言えます。

その時の感覚を数値化するならば「不味さ98%、美味さ2%」というところ。

これに興味を持った私は、月に1回必ず奈良漬を食べることにしました。

半年の継続により今の奈良漬値は「不味さ64%、美味さ36%」まで変化しています。

皆さんも、何年か前に食べたきりの嫌いな食べ物、ちょっと食べてみてください。

もしかしたら味覚の変化の兆候が感じられるかも知れませんよ。

 

 

 

 

枕が長くなりました。

 

まだ学生の頃ですが、イギリスとフランスに旅行に行ったことがあります。

人生初の海外旅行でした。

特に英語やフランス語がしゃべれるわけでもなかったのですが、若さとノリだけでどうにかなると思い込んでいました。

 

もう20年近く昔の話ですので、記憶もあいまいですし、情報も正しく無い可能性が大きいのですが、強烈に思いだされることがあります。

 

それは「イギリスの飯マズたるや、もう!」という印象です。

 

日程的にまずイギリス、そしてフランスという旅程だったのが幸いでした。

 

旅の後半で食べたフランス飯は何もかもが美味しく、炭酸水ですらスタオベで喝采したいほど美味かったです。

ただ飯は美味いものの、町で行き交う人々のクールさ(非情という意味で)をビシビシ感じました。

タクシーの運ちゃんや警官ですら「フランス語しゃべれないのに何でお前ここに居るの?」みたいな感じでした。

それでも、それを埋めて余りあるほど、飯が美味かった。

 

それにひきかえ、旅の前半で食べたものは全部(マクドナルドのハンバーガー以外)不味かったし、ビールもぬるかったし、タバコも不燃物を燃やしたような味でした。

 

だからEUから離脱しようとしまいと、別にどっちでも良いよイギリス。

もう行くこともイギリス産の輸入食品を食べることもないから。

 

 

 

と、思っていたのが去年までの私。

 

 

 

奈良漬様のお導きによってセブンセンシズ、もとい新たな味覚の可能性を開発されたことから、私の中でのイギリス飯マズメモリーがイギリスのせいではなく、私の味覚が未熟だった可能性を考慮しなくてはならなくなりました。

 

しかし容易に渡英できるほど時間的にも金銭的にも余裕はなく、脳内で行われる坂津会議の結果「まずは情報を集めよう」ということになりました。

 

そして(非常に偏った)情報を集め、それをもとに脳内サミットが行われました。

↓私が視聴したイギリス情報はコチラ↓

 

 

おい、良いじゃないかイギリス。

 

途端に英国に興味を抱いた私は、とにかく焦りました。

 

「EUから離脱したら、どうなっちゃうの?」

 

それくらい勉強しとけよとかググれカスとか言われそうですが、だって興味無かったから仕方ないじゃん。

 

で、難しいことはよく分かりませんが、とりあえず行って買い物する人には得な状況?っぽい印象を受けました。

あと輸入品が安くなるとか。

 

あー、行くとか無理だからとりあえずイギリス物を売ってるお店を探そうかな。

 

 

 

あれ、ちょっと待てよ。

 

これでもしイギリスの飯マズが無かったことになったら、私の中に存在する「フランス>イギリス」の相関図も変更されることになるな。

 

フランスに及ばないまでも、もしイギリスの飯が普通だったなら。

言葉は通じないが、パブでワイワイ騒いだ英国紳士(いや、まるで紳士感は無かったが)たちは非常に良い人柄だった。

ぬるいビールで何度も乾杯し、あちらは英語、私は日本語で意志の疎通などお構いなしのどんちゃん騒ぎだった。

あれは、良かった。

 

対照的にフランスはどこで誰に話しかけても「ノン、ノン」と言うばかり。

 

当時アルバイトをしていた工場の工場長から「旅行を、他の人の倍楽しめる方法を教えてやろう」という口車に乗せられた私は、言われた通り「夜寝ないで町を徘徊する」という暴挙に出た。

 

確かに他の人が寝ている間も動き回るのだから2倍楽しんだことになりそうだ、と判断した当時の私の脳に岩山両斬波を喰らわせてやりたい。

 

看板に書かれた文字も読めない者が見知らぬ土地で深夜に徘徊など、無謀というより他無い。

見事に迷ってしまったのだ。

 

フランス人からしてみたら半べその東洋人が「グラン・ブールヴァール、グラン・ブールヴァール」と言いながら近寄ってくるのだから、相手にしない方が正しいのかも知れない。

それを私は「非情なフランス人め」と逆恨みしながら人が居そうな明るい場所を求めてさらに徘徊した。

 

あとになって分かったことだが、私が唱えていたホテルの最寄駅であるグラン・ブールヴァール駅は、ちょっと前までリュ・モンマルトル駅という名で、あまり新しい駅名が浸透していなかったらしい。

 

そんな不幸が重なって半べそ⇒全べそになった私はようやくタクシーの溜まり場を発見した。

 

タコレとばかりにダバダバと駆け寄る私に対し、ジャン・レノを2倍に太くしたような運ちゃんが何かフランス語を投げかける。

 

「長ズボーン、半ズボーン、オズボーン」

 

何を言っているのか全く分からない。

 

とにかく私は「グラン・ブールヴァール、グラン・ブールヴァール」と繰り返すことしかできなかった。

 

そんな私を見て太いジャン・レノが、アラン・ドロンに味噌を塗ったような運ちゃんと短く言葉を交わし、また私に何か言った。

そして太ジャンと味噌アランはそれぞれタクシーに乗り込み、行ってしまった。

 

全べそ⇒激べそになった私の前を、女性警官らしき人が自動小銃を小脇に抱えて通りかかった。

 

これで助かる!

激べそ⇒半べそにまで回復した私に、彼女はゆっくりとした単語を投げかけた。

 

「パァス、ポォォォートゥオ、シルブプレ」

 

なんだ、道を聞くのにもパスポートの提示が必要なのか。

 

私は素直にパスポートを差し出し、彼女は中身を確認した。

そして彼女はパスポートを私に返すと、路駐していたパトカーに乗って行ってしまった。

「おーるーぼぁー」と聞こえた。

私は去りゆくパトカーのテールランプに「グラン・ブールヴァール!」と叫んだ。

 

もう駄目だ。私はこの非情の地フランスで行き倒れてしまう。

人通りも無くなった。

開いてる店も見当たら無い。

そう思いながら足を引きずる激べそワンワン丸の私の目の前に、タクシーが止まった。

 

そこから若い女性客が降り、目の前のマンションらしき建物へ入っていった。

私はタクシーに駆け寄り運ちゃんに向かって叫んだ。

 

グラン・ブールヴァール!」

 

返ってきたのは意外な、あまりにも意外な返事だった。

 

「ソレ、リュ・モンマルトル ノ コトデスカ?」

 

あれ?このフランス語、分かる。

 

 

それから色々と会話をした。

運ちゃんはシリルという名前だそうだ。

シリルは親戚に日本人が居るので、ちょっとだけ日本語が分かるとのことだった。

私は海外旅行が初めてで、旅行を2倍楽しむために夜の街へ出かけて、フランス人がみんな冷酷だということを言った。

彼は「ソデスネ フランスジン ジブンシカ スキジャナイ」と言った。

 

にも関わらず、彼は私を乗せて深夜のパリを流してくれた。

 

こんな時間でも空いている店があるから連れて行ってやるというので行ってみると、やたら明るいピンク色のネオンで「SEX SHOP」と書かれている。

日本で言うところの「大人のオモチャ屋」だった。

え、コレ冗談だよね?というサイズの樹脂塊が陳列されており、中でもひときわ私の目を引いたのは、チェーンソーのようなエンジン付きの張型であった。

もう電動というよりもガソリンで動くんじゃないかというような機構のソレは、破壊を目的に作られたとしか思えなかった。

 

この店を危険と判断した私はすぐさま退店を決意し、シリルに帰ろうと告げる。

しかし一つしか無い出入り口で腕組みをした彼はとびきりの笑顔のまま私にこう言った。

 

「セッカク キタ ナニカ カエ」

 

そりゃそうだ、私の要求で夜の街を案内してくれた彼の親切に報いるには、紹介してくれた店で何かを購入すること以外には無かろう。

 

私は無難に、ヌードトランプを買った。

これなら土産にもなる。

工場長にやろう。

 

無事に店を出た私は若干の不安を抱き、シリルに「ホテルに帰る」と言った。

彼は了承し、ホテル前まで普通に連れて行ってくれた。

ホッと胸を撫で降ろそうとした私の手がピタッと止まったのは、彼の言葉にわが耳を疑ったからだ。

 

「サカツ オカネ アルノ?」

 

そういえばタクシー代のことをまるで気にしていなかった。

しかし財布にはそこそこ入っていたはず。

金額は忘れたが、所持しているフランを彼に見せた。

 

彼は私の全フランを受け取り「コレデ イイヨ」と言った。

 

そのとき私は、相当な不安を無理やり押し殺し、「絶対チガウ」と叫ぶ本心に全力で蓋をしながらシリルと別れた。

 

白く明るくなっていく街並をホテルの窓から見渡し、泣いた。

 

7万円ほどのフランをシリルに渡していた。

ヌードトランプも5,000円くらいだった。

そのヌードトランプも、帰りの空港で差し押さえられた。

 

 

 

こんな苦い経験を経ても、私はフランスが好きである。

 

なぜなら飯が美味かったから!

 

だからこそ、飯が不味かったというだけで坂津評価が低くなっていたイギリスのことも再考せねばなるまい。

 

 

「喰わず嫌い」はもとより「喰ったけど嫌い」も、時間が良い方へ変化させてくれることもあるのだから。