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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

え?私の給料低すぎ!と思ったとき、何と比較して安いと思ったのかよく考えよ。

思ったこと

どうも、坂津です。

その昔テーブルトークRPGにドハマリしていた頃がありました。

世界のルールを覚え、自分の(キャラクターの)できること全てをフル活用して問題解決に当たっていました。

何と言うか、社会の縮図だなと今になって思います。

小学校の授業でやるべきだな、TRPG

 

 

 

ドリームジャンボ宝くじのCM、地球を守る為のロボット兵器「ジャンボリオン」の価格が7億円という内容ですよね。

このCMに対して「なんでお金を取るの?」という人と「有償は当たり前」という人が居ると思います。

 

どっちが正しいんでしょうね。

 

まぁ、今の社会で言えばやっぱり有償なのが正しいのかなと思います。

 

労働には対価が支払われるべきというのがこの世界の原則であり、それが例え国の為、世界の為、地球の為だったとしても、揺るぎません。

 

ドラゴンクエストファイナルファンタジーなどのロールプレイングゲームでも、勇者は世界の為に戦っているのに武器や防具などの装備をお金で買っています。

町の人は「勇者様」と崇め奉り媚び諂うばかりで、誰ひとりとして「世界の為に戦ってくれている勇者様からお金なんていただけません。必要なだけ持っていってください」とは言いません。

 

で、自分の労働に対して対価を求めない人だけが、勇者になれるんでしょうね。

 

さて、ロールプレイングゲームをプレイする度に「モンスターを倒すだけでお金が手に入るなんて良いな。月イチのお小遣いや給料を待たなくても、欲しい金額だけモンスターを倒せば良いんだから」なんて思っていました。

 

今夜はちょっと豪勢なディナーと洒落込むか。よし、ひと狩りしてお金を貯めよう。

なんてことができますからね。

 

でもちょっとリアルに考えて、勇者ゴメンねと改心しました。

 

武器を手に山へ入り、熊や猪を倒すとお金が貰える・・・いや、無理ですわ。

 

安心して働ける会社で安全にデスクワークをしていて定期的にお金がもらえるんだから、今の生活の方が良いに決まっている。

 

 

ところで、今よりももっとお金を稼ぎたいとか、収入を増やしたいとか思っている人は割と多くいらっしゃると思います。

もちろん私もその一人です。

でもその為に何か行動しているのかと問われると、願望だけで行動が伴っていないという状態になっていませんか?

痩せたい痩せたい言いながらしっかり食べて特に運動もしていないのと同じ状態ですよね。

 

最大の問題点は「今の生活は変えずに、可能な範囲の中でやれることだけで稼ぎたい」という夢をみていることです。

 

書店やネットで見かける「楽して稼げる情報」は、別に嘘ってワケじゃないと思います。

もちろん「楽して痩せる情報」も嘘じゃないでしょう。

どちらもそれを実行する側の本気が、結果を左右するんだと思いますよ。

「楽して」の部分の価値観が、人それぞれということだけが問題かな。

 

われわれは飲み食いした以上に育つことも動くこともできないし、学んだこと以上の知識は付かないし、労働以上の対価も支払われない。

ここで重要なのは「労働への対価」は「労働の結果への対価」という考え方です。

 

人はどうしても自分が苦労すればするほど、その見返りが大きくなると勘違いします。

しかし対価は労働そのものに対してではなく、その結果に対してしか支払われません。

 

死ぬほどの冒険の末にやっと手に入れた薬草を売った金額は、それと同じ薬草がたまたま庭に生えていたのを摘んで売ったそれと同額です。

 

ここさえ間違わなければ、おいそれと「今の自分の収入は自分の働きに見合っていない」なんて言えないでしょう。

 

自分の収入と労働が見合っていないと思っている人は、暗に「自分の働き方が悪い」と思っていることに他なりません。

自分と同じような職務内容の人と収入を比較しても意味はありません。

比べなくてはいけないのは実際に行う作業が同じ人ではなく、その作業の結果として現れるものが同じ人とです。

 

 

 

ということを自分に言い聞かせ、私は今日も「より多くの対価を得るための結果を出す」ことに注力しています。