読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

【スポンサーリンク】

性格を変えることはできないが、仕事のやり方を叩き込むことはできる。

思ったこと 遭遇したこと

どうも、坂津です。

米国大統領の広島訪問や伊勢志摩サミットの影響でコインロッカーやごみ箱が使えなかったり、予想外の交通渋滞などもあるでしょう。

地域によっては運送便の遅配なんかも予想されます。

なんというか、自分には無関係だと思っていたテレビの向こう側のことが、いざ自分に影響が、しかもマイナスの影響があると分かるといきなり腹立たしくなりますね。

もちろん規模の大きなイベントほど、プラス面もマイナス面も比例して大きくなりますが、結局誰か偉い人が「総合的に見てプラス」と判断すれば、付帯するマイナス面は無視されちゃうんんですよね。

大きなプラスの影に小さなマイナスが隠れていても、それは仕方のないこと。

たまたま貧乏くじを引いた人がなんだかんだと騒いだところで、大きな恩恵を受ける側の勢力によってすり潰されてもみ消されるのがオチです。

 

 

 

 

英語と日本語で、訳としては正しいけど印象が違う言葉ってありますよね。

音楽家とミュージシャン、音楽家だと教科書とかに載ってそうな感じですが、ミュージシャンだとテレビに出たりフェスに出たりしそうです。

芸術家とアーティスト、芸術家だと気難しそうなお堅いイメージですが、アーティストだとチャラチャラした変人ってイメージです。

医者とドクターとか、先生とティーチャーだとそんなにイメージが変わらないんですが。

 

もちろんこれは私の主観ですので、まるで賛同できない方もたくさんいらっしゃることでしょう。

良いんです。

イメージが違うというだけで、意味としては同じです。

英語でも日本語でも「指し示すものが同じである」と会話をしている両者がお互いに理解できていれば、多少イメージが違っても会話は成立するのです。

 

ただし、意味が通じるときだけだ。許すのは。

 

 

「これコピーしといて」という依頼に対して「何部ですか?」と返答し、「50くらい」と言われたので余裕を持って55部のコピーをし、提出した。

後日、そのコピーした書類に記載されている日付が違うということで怒り狂う依頼者。

 

「資料のこの部分は会議当日の日付が入るに決まってるだろ?なんでそれが分からないの?コピーと言われたからコピーしましたってだけじゃ仕事とは言えない!使える資料を作るのが仕事だろ!?」

 

ほほう。

貴様の「コピー」という言葉は「使える資料を作る」という意味だったのか。

初耳だが、良かろう。

そのように理解し、記憶しておいてやろうではないか。

ただし、その会議の参加者が54名で、「50くらい」という曖昧な貴様の指示に対し55部の資料を準備した私への称賛を忘れるなよ。

 

 

後日、また同じ人物から同じような依頼が。

 

「これコピーしといて」

「何部ですか?」

「30くらい」

「ではこの資料の元データをください」

「は?」

「この使えない資料を使える資料に変えるので、元のデータをください」

「使えないとはどういう意味だ!」

「ずいぶんとお忙しくされていらっしゃるようなのでつい先日のことも覚えてらっしゃらないのも無理はないと思いますがまず日付が違います。前回の資料の焼き直しなのでしょうが、この資料が必要な会議の日付に直します。また“期限”が“起源”、“資材”が“資財”、“コミュニティ”が“コミニュティ”になっています。一見してこれだけの誤字がありますので、もっと慎重にチェックすればまだ改善点がある可能性が高いと思われます。元データをいただければ30分で完璧な資料に仕上げて35部ご用意させていただきますが?」

 

 

 

意味の通らない言葉を使って自分本位の解釈を押し通そうとする輩を、私は許さない。

絶対にだ。

私は職場ではお気楽極楽でいたいのだ。

その邪魔になる者は全力で磨いてやる。

私の足を引っ張らないように、ともすれば私が楽できるように教育してやる。

 

全てを人任せにして楽したいので、任せられる人をつくるのだ。