『かなり』

干支に入れてよ猫

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【下】それぞれのプロローグ

あけましておめでとうございます、坂津です。

とりあえずこれで導入部分が終わります。

 

皆様から愛しい愛しいキャラを拝借し、それぞれがそれぞれの展開で我がキスビットへ向かって頂いております。

その皆様がコチラ。

所属国種族性別名前職業創造主
ドレスタニア(近海) 女性 紫電 海賊 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア 人間 女性 メリッサ 国王付きの使用人 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ アルビダ 無性 ハサマ 国王 ハヅキクトゥルフ初心者
奏山県(ワコク) 人間 男性 町田 会社員 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) 人間 女性 アスミ ピアニスト ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 人間 男性 クォル・ラ・ディマ 自警団団長 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 人間 女性 ラミリア・パ・ドゥ 格闘家 らん (id:yourin_chi)
ライスランド 精霊 男性 カウンチュド 射手 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ 精霊 男性 ダン 夢追い人 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス アルビダ 女性 ルビネル 学生 フール (id:TheFool199485)

 

登場人物が多くなっておりますので、とりあえず上中下の3部構成で序章を書かせて頂いております。

 

どうでしょう、私、かなり好き勝手に書いてますからね?

まだどなたからも「やいてめぇ坂津コノヤロウ」って言われてないので逆に不安なんですが・・・。

そして今回が最も好き勝手やっちゃった回でございます。

まぁとにかく、止められるまでは進み続けますので、生温い目で見守ってやってください。

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

■ルビネル

 

 

誘われた、と思った。

不意打ちに狼狽しながらも、自分のポーカーフェイスを俯瞰で確認する。

だってあまりにも突然、しかも自然に言われたから。

大丈夫。

私はいつもと変わらない。

 

「ルビネル、海外旅行に興味は無いかい?」

 

教授は私にそう言うと、船のチケットを差し出した。

存在は知っていたけれど、見たことはないもの。

大きな蒸気船の乗船券。

私が住むカルマポリスは、シンボルと呼ばれる巨大な結晶から溢れ出るエネルギーによって成り立っている。

全ての道具は、そのエネルギーを享受して稼働していて、逆に言えばシンボルの範囲外に出ると役に立たない。

私の呪詛(外国だと魔法と呼ばれることもあるみたいだけど)も、当然ながら外国じゃ使いものにならない。

それはこのカルマポリスに生きる者には常識だった。

エネルギーは緑色の霧として都市全体を淡く包んでいる。

だから逆に、シンボルに頼らない稼働物品は割と珍しい。

エネルギー源として電気やガスを使った日用品などは、テレビで見たりすることもある。

それでもやっぱり、それは画面の向こう側の話だ。

直接この目で見られるなら、それは興味を持って当たり前だと思う。

それが大きな蒸気船ともなれば尚更のこと。

 

「良いですよ、一緒に行ってあげても」

 

胸の高鳴りを悟られないよう、精一杯の澄まし顔で返事をした。

それなのに、返ってきたのはあまりにもヒドイ言葉だった。

 

「いや、私は行けないんだ」

 

教授の説明によれば、海外旅行とは名ばかりの実地調査依頼だった。

何で私に?という疑問は、私を信頼してくれているというプラス思考で乗り切ろう。

でも、か弱い女の子ひとりに遠い外国まで船旅をさせるという点は納得できない。

 

「君の研究にも、役立つと思うんだが」

 

そのあとの話に、私は不覚にも興味津津だった。

私達の呪詛のチカラは、ここカルマポリスのシンボルから離れれば使えない。

という定説を根底から覆すような情報が入ってきたらしい。

なんでもキスビットという国で、カルマポリス出身のアスラーンが呪詛を使っているのだとか。

現在確認されている世界地図の、西の端にある国、キスビット。

そこでも緑色の霧が街を覆っているのだろうか?

俄かには信じ難いことだけど、もし本当ならその原理を確かめたい。

シンボル無しでどうやって呪詛が成り立つのか、そのアスラーンの個体だけが特別なのか、想像も仮説も尽きなかった。

 

「分かりました。行きます」

 

そんなにスゴイ調査なら、なおさら教授と行きたかったけれど。

 

 

ルビネルは家に帰り、旅支度を始めた。

もしこのシーンを初めて見る者がいたなら驚いたことだろう。

洋服を畳んでカバンに詰めているルビネルの横で、2本のボールペンが空中を飛び移動しながら、まるで箸のように器用にアメニティ用品をつまみ上げ、ポーチに入れていく。

これが彼女の呪詛である。

約1ミリリットル以上のインクを有したことのあるペンを自在に操る能力だ。

 

「まぁ、一応、ね」

 

準備した荷物に不足が無いかを確認したあと、ルビネルは最後の品を詰め込んだ。

ボールペンの束だ。

十数本はあろうか。

カルマポリスを出てしまえば、紙に字を書くことにしか使えない。

もしキスビットに入国した後で、噂がデマだった場合も同様である。

このペンたちが無用の長物になるか否か、それを確かめるための遠征でもある。

 

「せっかくだから・・・」

「コレは・・・いや、でも・・・」

「あくまでも用心と考えれば・・・」 

 

目の前のアイテムを見ながら躊躇うルビネル。

それはペンを収納できるホルスター付きガーターベルトだった。

スカートの下、太腿の位置にペンを数本ストックできる。

以前テレビで女スパイが拳銃を隠し持つのに使っていたのを見て自作してみたのだ。

その番組で女スパイは、更に胸の谷間から銃を、というシーンもあったが、それは試してみるまでもなく異世界過ぎて却下した。

ガーターベルトは作ってみたものの、知り合いにバレたら恥ずかしいという現実が何よりも勝り、一度も使ったことはない。

 

「どうせ旅先、私の事を知ってるヒトも居ないだろうし・・・用心に越したことはない、ハズ」

 

ルビネルは自分に言い聞かせ、ガーターを装着した。

いつもと違うものを身につけると心なしか気持ちが高揚する。

あくまでも研究のため、調査のため、噂の真相究明のための旅である。

しかしもう、彼女は未だ見ぬキスビットという国へ思いを馳せていた。

どんなものが名産なんだろう。

美味しい食べ物があるかしら。

観光名所も要チェックね。

道場のみんなにもお土産を買わなくちゃ。

もちろん、教授にも・・・。

 

「いってきまーす」

 

誰も居ない部屋に向かって外出の挨拶をし、ドアに鍵をかけた。

靴底に仕込んだペンのお陰で、滑るように移動することができるルビネル。

見慣れた街を背に、人や街路樹を器用に避けながら、まるでアイススケートをしているかのように滑走する。

それなりのスピードが出ているため、当然ながら相対的に向かい風が発生する。

向かい風はルビネルの美しい髪と、そしてスカートも揺らす。

このあたりが彼女の無頓着というのか、抜けているというのか、大らかな部分だ。

時々舞い上がるスカートの中からしっかりと、あのガーターが見えてしまっている。

知り合いに遭遇しなかったのが救いだろう。

やがてシンボルのエネルギーが行き届いていることを示す緑色の発光物が少なくなり、そして緑色の霧も薄くなってきた。

そろそろ港が近い。

 

「っと・・・」

 

ルビネルはペンによる滑走を解き、自らの足で歩き始めた。

靴と同様に旅行用のカバンにもペンを仕込んでいたため、今までは自分で持っていなかったのだが、ここから先は腕力が必要だ。

 

「あちゃ~、もうちょっと荷物、減らせばよかったかな」

 

 

 

紫電

 

 

「くそっ・・・なんでだ・・・」

 

海賊船の船長、鬼族の紫電は頭を抱えていた。

ギリギリと歯を食いしばり、眉間にシワを寄せている。

顔が紅潮しているのは怒りを抑えきれないからだろうか。

 

「あ゛ーッ!!ちくしょーッ!!!!」

 

目の前にあった酒樽に拳を振りおろす。

いざという時に浮きとして使用することも考慮された頑丈な造りの酒樽が、まるで飴細工のように簡単に粉砕されてしまった。

 

「もうダメだ!野郎どもォ!帆を上げろ!出るぞ!」

 

悩んでいたと思ったら急に叫び声を上げ樽を破壊した紫電に、海賊たちは正直ちょっとホッとした。

いつもの姐御だ。

各自が全速力で持ち場に着き、船は洋上を滑り出した。

 

(くそぅ・・・どうしても忘れられねぇ・・・)

 

何度も何度も振り払おうとした記憶が、しかしどうしても消え去らない。

紫電の頭の中に浮かぶ憎らしい顔。

こんなに忘れようとして、それでも忘れられないのはなぜだ?

もう頭の記憶だけじゃなく、心まで浸透してしまっているから?

そんな考えが頭をよぎった瞬間、すぐに思考回路を否定に切り替える。

 

 

事は1週間ほど前に遡る。

 

 

紫電はやけにソワソワしていた。

 

「姐御、どうしたんですかい?」

 

「いや、何でもない・・・」

 

海賊たちはザワついた。

紫電ならいつも「おかしらって呼べって言ってるだろ!」と怒鳴り返してくるところなのに、なぜか心ここにあらずという様子だ。

 

「おい、オレはあの島へ行ってくる。ここで待ってな」

 

これもおかしい。

島に用があるならこの船で乗り着ければ良いハズである。

しかし紫電はわざわざ手漕ぎの小船を用意させた。

そして謎の荷物。

いくつかの袋を小船に積み、自ら櫂を漕いで島を目指す。

 

「なぁ、姐御はどうしちまったんだ?」

 

「あー、もしかしたらオイラ分かったかも・・・」

 

確か昨日の戦利品の中に、金銀宝石に交じって綺麗な服も数点あったような・・・。

なるほど、確かにそう考えれば合点がいく。

 

「よし!お前たち!何人たりともあの島に近付けるなぁー!」

 

海賊たちは四方八方を警戒し、全力で紫電のプライベートを死守しようと誓った。

 

種族としては剛腕を誇る鬼であり、また海賊団の頭領である紫電

稲妻の女頭領と呼ばれることもしばしば。

顔にある大きなキズは決して美貌を損なうことないが、しかし眼帯との相乗効果によって相当な威圧感と迫力をもたらしている。

そんな“泣く子も更に泣く怖い海賊”である紫電の秘密は、部下の海賊たちによって守られていた。

心は限りなく乙女。

それが紫電だった。

 

「フンフンフフ~ン♪」

 

小船で小さな無人島に乗り着け、少し歩いたところにある岩場に荷物を降ろした紫電

海側の三方を岩に囲まれ、背後は森になっている場所だ。

鼻歌交じりの上機嫌で袋の紐を解くと、中からきらびやかな装飾が施されたドレスを取り出した。

誰が見ているわけでもない。

勢い良く海賊装束を脱ぎ捨て、下着姿になる紫電

いざドレスを着ようとした、そのときだった。

 

ガサガサッ・・・

 

森の方から木々を掻き分ける物音がした。

驚いて振り返ると、そこには無精ヒゲを生やしたオジサンが立っていた。

 

「ッ!!!」

 

辛うじて悲鳴を飲み込んだ紫電

武器どころか、衣服すら見に纏っていないこの状況。

目の前の男に攻撃の意志が在るのか無いのか、それすらも分からない。

しかし紫電はそれどころではなかった。

 

(見られた見られた見られた見られた・・・)

 

下着姿を、なのか、ドレスを着ようとしていたところを、なのか、もしくはその両方か。

しかし紫電に向けられた男の言葉と姿は、その懸念を否定した。

 

「すまない。もしかして着替え中だったかな?まさかこんなところに鬼のお嬢ちゃんが居るとは思わなかったよ。まぁだが安心してくれ。この通り、何も見ちゃいないさ」

 

ほらほら、と男が自分の顔を指差す。

目の部分には目隠しをするように包帯が巻かれていた。

どうやら本当に何も見えていないらしい。

 

「お、お前はいつからここに居たんだ!?」

 

「今日で10日目だな。そろそろ帰ろうと思っている」

 

なぜここに?どうやって来た?どうやって帰る?色々と尋ねたかったが、この男の妙な間合いにどうにも調子が狂ってしまう。

ひとつずつ片付けよう。

 

「アンタ、なぜここに?」

 

「鍛練のため・・・かな。ホラ」

 

そう言い、男は森の方へ向き直った。

少しだけ腰を低く落とす。

その直後、紫電は森の奥にただならぬ気配を感じた。

次の瞬間、物凄い唸り声を上げて虎のような獣が森から飛び出してきた。

後ろ脚で強く地面を蹴り、両の前足の鋭い爪を振り下ろす。

紫電一人なら一旦後方へ飛んで距離を取るところだ。

しかし隣の男は目が見えない。

奥歯でチッと舌打ちをすると、紫電は獣に向かって一歩間合いを詰めた。

普通の人間であれば、これは自殺行為である。

この手の獣は足の爪以上に強力な牙を有していることが多い。

その強力な顎で噛まれれば、肉は裂け骨は砕け、致命傷は免れない。

しかも紫電は今、服を着ていない。

獣からすれば捕食するのに邪魔なものを纏っていない恰好のエサだ。

大きく口を開き、鋭い牙をむき出しにした。

しかし紫電は冷静だった。

フッと息を吐くと同時に強く地面を踏む。

その足場の岩が砕けるのと、獣の胸部に紫電の右拳がめり込むのも同時だった。

 

ギャオオオオオォォォ・・・

 

獣の断末魔が森に響き、数羽の鳥が飛び立った。

 

「お嬢ちゃん、強いなぁ!参った。余計なことをしてしまったな・・・」

 

男は少しバツが悪そうに頭を掻いた。

余計なこと?

紫電は何のことか分からなかったが、とにかく言っておきたいことがあった。

 

「おいオッサン、オレはお嬢ちゃんじゃねぇ!海賊、稲妻の頭領、紫電だ!」

 

「そうか、君があの。噂は聞いている。しかしあの女海賊紫電が、こんなに可愛らしいお嬢さんだとは、思ってもみなかった」

 

「は、はぁ~?な、な、何言って、おま、かわ・・・」

 

声が裏返ってもう何も言えない。

顔が赤くなるのが分かる。

対面している男が、目が見えないのが救いだ。

 

「何言ってやがんだ!見えてねーくせに!」

 

「見えないからこそ分かることもあるのさ。さて、私はそろそろ引き上げるよ」

 

「ちょ、あ、おい!待てよ!」

 

しかし紫電は追えなかった。

なにせ下着姿なのである。

目が見えない相手とは言え、男の前で肌を晒すのは気が引ける。

男は森の中に消えてしまい、紫電は仕方なく海賊装束に袖を通した。

 

「あ!」

 

服を着終わり、何気なく目をやった獣の額に木片を見付けた。

よく見るとそれは木片ではなく、刃の部分が深々と刺さったダガーの柄だった。

さっきの男が言っていた「余計なこと」とはこれのことだったのか。

しかしいつの間に・・・。

少し気になり、紫電は森の方へ入って行った。

 

「なんだ、これ・・・」

 

木々の密度が減り、少し開けた場所に、先ほどと同じ獣が十数頭、転がっていた。

そのどれもが額にダガーを打ち込まれている。

呆気に取られているところに、海側から部下たちの声が聞こえてきた。

 

「姐御ぉぉー!!大丈夫ですかぁーい!!」

 

恐らく獣の断末魔が聞こえたのだろう。

心配して船を寄越してくれたに違いない。

 

それから紫電は、あの男について調べた。

風貌とダガーの業前、それから目の包帯。

それを頼りに情報収集をした結果、とある人物が浮かび上がった。

 

 

船は一路、キスビットへ向かっていた。

紫電は、もう一度あの男に、エウスオーファンに逢わねばならないと強く思った。

 

(あんなムサ苦しいオヤジに、オレがときめくハズが無い!オレの理想は年下のイケメンなんだ!!もう一度逢って、これが恋じゃないって確かめてやる!!)

 

 

 

■カウンチュド

 

店主は目を見張った。

この店を創業して以来、こんなことが起きたのは初めてだった。

店員は息を飲んだ。

まだこの店に雇われて日は浅いが、目の前の光景が異常事態であることは理解できた。

客たちは惜しみない拍手を、喝采を、眼下の勇者におくった。

人々は口々に彼を褒め、たたえ、歓喜した。

多くの人からの称賛を集める勇者は、飲食店の床で仰向けになっていた。

 

「げふぅ~・・・」

 

力強い勝どきではなく、瀕死の吐息が混じったゲップが、その口から漏れた。

しかし彼は間違いなく、勝ったのだ。

彼が倒れている飲食店の入り口には大きな垂れ幕が掛かっている。

 

『大食い大会 完食できたら無料&賞金』

 

今まで何人の猛者たちがこれに挑戦し、敗れ、法外な代金を請求されてきただろう。

それもそのはず。

店主が客集めのために定期的に開催しているこのイベントは、絶対に食べきれないはずの量を提供される、勝ち目の無いものだった。

にも関わらず、彼は食い切った。

前人未到の巨大な中華丼を。

丼内に米粒のひとつも残さない、芸術的とも呼べる美しい完食だった。

 

「エルフの旦那・・・あっしの負けでさぁ・・・」

 

店主がやっと絞り出した言葉は、敗北宣言だった。

そして賞金の金貨が入った袋を差し出す。

しかし。

 

「そんなものは要らない」

 

店主も、店員も、客たちも驚いた。

これは偉業を成し遂げた勇者に贈られる正当な報酬である。

それをなぜ受け取らないのだろうか?

 

「俺がこのイベントに挑戦したのは、米を無駄にさせない為だ」

 

この大食い大会では、今まで完食できた者は居ない。

つまり毎回、提供された食事が残されるということである。

それがどうなるのか。

残飯という未来しか見えないではないか。

彼は言う。

 

「米を無駄にする者は、いつか米になるぞ!!」

 

誰にも意味は分からなかった。

彼が本当は「米に泣くぞ」と言いたかったことなど、誰にも分からない。

彼自身も、言葉を噛んだことを勢いで押し切った。

その熱意によって謎の感動が生まれ、飲食店は歓喜の渦に包まれた。

 

「旦那、賞金を受け取らねぇのは分かった。だがせめて、せめて名前を教えてくれ。俺の目を覚まさせてくれた、恩人の名をな」

 

店主は泣きながら、床に横たわる男に手を差し出した。

差し出された手を握り返し、男はようやく起き上がった。

腹が大きく膨れている。

 

「名乗るほどの者ではない・・・俺の名は、カウンチュド!」

 

てっきり名乗らないと思ったのに名前を教えてくれたことで、店主の感動は最高潮に達する。

 

「カウンチュドの旦那、アンタ太っ腹だな!その心意気も、物理的にも!」

 

そう言ってパンパンに膨れ上がったカウンチュドの腹をポンポンと叩く店主。

周囲の客たちも、この偉業のご利益にあやかろうと、我先にとカウンチュドの腹めがけて殺到した。

この日、レカー城塞都市の一角で世にも不思議な現象が見られたという。

天高く噴き昇る噴水、いや、噴中華丼。

それは人々を魅了した。

 

「俺としたことが・・・あんなに米を無駄にしてしまうとは・・・」

 

カウンチュドは力なく肩を落とし、トボトボと歩いていた。

彼の信条、それは「米が世界を救う」だった。

稲作農家を尊敬し、ごはん料理のコックを敬愛し、米自体を溺愛していた。

先刻の噴中華丼事変に対する自責の念が、彼を捉えて離さなかった。

と、そこへ。

 

「オイ!武器を捨てて金を出しな!」

 

盗賊と思しき5人組が道の両脇から飛び出してきた。

手にはそれぞれ曲刀を装備している。

いずれも屈強な体躯を有していた。

 

「貴様、あの大食い大会で完食しただろう!賞金をそっくりこっちへ寄越しな!」

 

どうやら先刻の顛末を最後まで見ていなかったらしい。

カウンチュドはやれやれといった様子で対応する。

 

「俺は今とても落ち込んでいる。お前らの相手をする気分じゃないんだ。見逃してやるから、さっさと行け」

 

しかしこれは火に油を注ぐようなものだった。

盗賊たちは逆上した。

 

「素直に差し出せば死なずに済んだモノを!馬鹿め!」

 

五人が一斉に飛びかかってきた。

同時に五方向から振り下ろされた刃は、しかし虚しく空を裂き、したたかに地面を叩くだけに終わった。

その時カウンチュドは空中に居た。

華麗に跳躍し後方に一回転しつつ、その手は既に攻撃の準備を完了していた。

左手にしっかと握られた弓と、右手で限界まで引き絞られた弦。

そして驚くべきは、その構えられた矢の本数だった。

その数5本。

ちょうど目の前の盗賊と同じだけの矢を一度に弓につがえ、しかも後方宙返りの最中に放とうというのである。

常人の技とは思えない。

 

シッ!

 

極限まで張り詰められた弦が解放され、矢は放たれた。

5本の矢は猛烈な勢いで射出され、それぞれ見当違いの方向へ飛んで行った。

 

「・・・え?」

「何?」

「あ、いや、油断するなよ」

「そうだ、飛んだ矢が返ってくるかもしれん!」

「なるほど!それだ!」

 

五人の盗賊は周囲に警戒した。

それぞれが背中合わせの陣形をとり、飛来するはずの矢に集中する。

 

シ~ン・・・。

 

「お、おい、来るのか?」

「え?俺に聞かれても・・・」

「俺にも分からんぞ」

「・・・ハッタリか?」

「それだ!ハッタリだ!」

 

盗賊たちは陣形を解きカウンチュドに対峙した。

フッ、と笑いながら立ち上がるカウンチュド。

着地に失敗し、転んでいたらしい。

今度は背中の剣に手を掛け、スラリと抜き放つ。

 

「ちくしょう、このハッタリ野郎め!今度は騙されねぇぞ!」

 

再度一斉に飛びかかる盗賊たち。

しかし先ほどと同じ展開だった。

五本の刃は空を裂き、そこにカウンチュドの姿は無い。

すぐに上空を見上げる盗賊たち。

しかしそこにも、獲物の姿は無かった。

そして背後から声がする。

 

「俺は弓矢の方が好きなんだ。剣よりもな」

 

「い、いつの間にッ!?」

 

そして盗賊たちがカウンチュドに向き直るや否や、彼らの装備はバラバラと地面に落ちた。

衣服も含めて全ての装備がキレイに切り裂かれている。

産まれたままの姿を晒す盗賊たち。

 

「なん・・・だと・・・?」

「うわああぁぁぁぁぁ!」

「ひぃぃぃぃー!!」

「ぎゃあああぁぁぁー!!」

まいっちんぐ!」

 

カウンチュドは盗賊たちに剣を突き付け、声を上げた。

 

「弓矢の方が好きなのに、剣の方が戦いやすいこの気持ちが、お前らに分かるのか!」

 

分かるはずもない。

これだけの腕の差を見せられれば、彼らに残された道は逃亡か命乞いだけだった。

 

「す、すまねぇ・・・命、命だけは・・・」

 

盗賊の一人が先んじて投降した。

全裸で土下座は謝罪の最上級である。

もちろん全裸の部分は意図的では無いが。

 

「も、もちろんタダとは言わねぇ。金も差し出す。だから命だけは」

 

カウンチュドは何も言わない。

ただ代わりに、彼の胃袋が声を上げた。

 

ぐ~ぎゅるるるる~!

 

胃の内容物を全て噴き上げたカウンチュドは空腹だった。

盗賊たちはお昼用に準備していた握り飯を差し出した。

6人は仲良く握り飯を食べた。

米好きに悪い奴は居ない、これもカウンチュドの座右の銘だった。

 

「しかしエルフの旦那、とんでもなくお強いんですねぇ」

 

「お米のチカラだ」

 

謎の説得力によって盗賊たちは感心する。

自分たちももっとご飯を食べようと思った。

 

「しかしそう考えると、この国には稲作があって良かったですよね。外国じゃ、米を作ってない国もあるらしいですよ」

 

「何ィ!?」

 

カウンチュドは激怒した!

盗賊の胸ぐらをつか・・・めず。

全裸だからね。

肩を掴み、激しく揺さぶりながら声を荒げる。

 

「米を、米を食べない国があるだと!?」

 

カウンチュドには信じられなかった。

世界を救うはずの米が、偉大な米が、愛する米が、存在しない国・・・。

そんな国があることを、想像だにしていなかった。

 

「どこだ!?それはどこにある何と言う国だ!?」

 

「西方・・・キ、キスビット・・・ガフッ」

 

あまりの激しい揺さぶりに失神した盗賊。

しかしカウンチュドには最早そんなことは関係なかった。

そのキスビットという愚かな国に、一刻も早く米の素晴らしさを伝えなければ。

使命感に燃えるカウンチュド。

その足は西を目指した。