『かなり』

干支に入れてよ猫

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PFCS 召喚師を追え企画

あけましておめでとうございます、坂津です。

 

管理人様(id:nagatakatsuki)が企画してくださったイベントに乗っかってみました!

世界中で謎の生命体が出没し、一般市民にも被害が!

元凶であると思われる召喚師を討伐するのだ!

pfcs.hatenadiary.jp

参加者交流イベントということで、なんちゅさん(id:poke-monn)のキャラクター「季夏空(きなつそら)」さんをお借りすることとなりました!

突然の申し出にノータイムでご快諾頂いたなんちゅさん、ありがとうございます!

キャラの口調や設定など、違和感があれば修正をお申し付けくださいm(_ _)m

poke-monn.hatenadiary.com

 

この記事のカテゴリ「PFCS」はファンタジーな世界観の駄文とお考えください。

PFCS(パラレルファクター・カルティベイト サーバー)を全くご存知ない方でも違和感なく読んで頂けるように、なるべく専門用語には自然な解説を付けつつ物語を進行しようと思います。

クローズドな世界で限られた人たちが遊んでるってことではなく、誰でも気軽にヒョイッと参入できる、敷居の低い素敵なアソビバである異世界を表現できれば本望です。

 

書きたい事を書いているうちに文字数が・・・。

17,000文字を超えてしまいました。

SSって8,000文字までのことを言うんでしたっけ。

本来は最大まで書いた後、読み返して削ったり直したりしなきゃ完成とは言えないんですよね。

つまりこれは未完というヒドイ有様。

最後らへんの息切れ感が半端ないので、あとでまた修正すると思います。

 

本当に暇で暇で仕方ない方のみ、お読みくださいね。

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~

■プロローグ 手紙 

 

 

「はぁ~・・・」

 

ルーカスはこの日、何度目かの大きなため息をついた。

人間と比べれば数倍の膂力と強靭な肉体、驚異的な生命力を誇る種族である鬼。

彼がその鬼であるとは到底信じられないような、情けないため息だった。

深々と椅子に身を預け、思案に暮れるその視線は、机上の手紙に向けられていた。

 

親愛なる領主 ルーカス・マーティン殿

 拝啓 奇妙な草が鼻腔をくすぐる折、いかがお過ごしか。

私の国でも一部くしゃみの被害が出ているようだが、貴国ほどの規模ではなく特に気にもしてはいない。

さて、貴国がくしゃみ草に心を砕いていることを理解した上で、お願いしたいことがある。

最近のことだが、全世界で同時多発的に発生している謎の生物については、耳の早い君のことだから先刻承知のことと思う。

例に漏れず、私の村もこの生物による侵攻で困っている。

単刀直入に言えば、力を貸して欲しいのだ。

本来ならば長である私自らが出迎えに参上するべきなのだろうが、ご承知の通り、私は我が国の仕組みを根本からひっくり返そうと企む、いわば反逆者。

なかなか自由に出国もままならぬ身を許して欲しい。

繰り返すが、貴国が大変な状況にあることは理解している。

可能な限りで構わない。是非、助力を。

  小さな村の無力な長 エウスオーファン

 

「何が無力な、だよ。まったくもう・・・」

 

手紙の主、エウスオーファンとは知らぬ仲ではない。

しかし、昔一度だけなりゆきで手助けをしたことがある、それだけだった。

こちらが助けられて恩義があるならまだしも、なぜ助けた側のこちらが、また助けに行かねばならないのか。

 

「僕が断れないの、知ってるクセに」

 

ルーカスは一国の領主であると同時に、国際警察機関のトップでもある。

人一倍、正義感が強いのだ。

しかし手紙にもあるように、いま彼の国は大変な状況にある。

冗談めかして書かれてはいたが、単なる雑草によるくしゃみ被害ではなく、毒物テロであるという事実が判明し、組織を挙げて解決をはかっている最中なのだ。

 

「3つも4つも向こうの大陸から、僕が困っているのを“嗅いで”るんだろう?」

 

手紙の向こうでエウスオーファンが、ニヤリと笑った、気がした。

そんな幻影を払うかのように、ルーカスは手でひらひらと中空を煽いだ。

そして、机上の呼び鈴を鳴らした。

 

「分かったよエウス。僕のとっておきを貸してあげよう」

 

 

■キスビットへ 

 

ルーカスの国を含む連合国、アンティノメルを出航した船は一路、キスビットを目指す。

キスビットはアンティノメルの中央大陸とほぼ同等の大きさを持つ島国である。

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敬愛する領主からの命により、エウスオーファンに協力せよと派遣されたのはたった一人の男だった。

彼の名は、季夏空。

近しい者からはソラと呼ばれている。

彼は微動だにせず、無表情にただ進路の海上を見詰めていた。

 

「ソラ様、お食事の用意ができました」

 

長い銀髪に潮風を受け、深紅の瞳を細めながらやってきた女性がソラを船室へと促す。

透き通るような白い肌を持つ妖怪の一種、アルビダという種族のこの女性は、エウスオーファンからの書状をルーカスに届けた使節団の一人だ。

今回派遣された使節団の三名はルーカスに書状を届け、今は援軍を無事に連れ帰るという務めを担っている。

援軍と言っても、ソラ一人なのだが。

 

「アウレイスさん、ありがとう」

 

無機質で抑揚の無い返事をし、アウレイスに付いて船室内の食堂へ向かうソラ。

任務で国外へ遠征する経験もあるソラだが、キスビット料理は初めてである。

 

「お口に合うと良いのですが」

 

微笑みながら、優しく温かな声で食事を促すアウレイスに、ソラは違和感を覚えた。

それはほんの些細な、ごく小さな違和感だった。

ソラはこの違和感の正体が分からないうちは油断できないと判断し、目の前に居る妖怪に対する警戒を怠らないよう、気を引き締めた。

焼き物の壺から杓で注いだスープを、アウレイスがソラに差し出す。

その手の微かな震えを、ソラは見逃さなかった。

 

「なぜ震えているんです?」

 

「え?」

 

思いもよらなかった真っ直ぐな質問に、アウレイスは動揺を隠せない。

彼女の手からスープを注いだ皿が落ちる前に、ソラは動いていた。

スープがこぼれないように左手で皿を掴み、そして右手持ったナイフがアウレイスの首筋に突きつけられている。

常人なら目で追うこともできないほどの見事な身のこなしだった。

 

「毒でも入っていますか?」

 

スープの入った皿を軽く持ち上げつつ、決してアウレイスから視線を外さない。

無感情な声で投げかけられる質問に、アウレイスは涙声で答える。

 

「ご、ご、ごめんなさい・・・ぐすっ、ごめんなさい・・・」

 

皿をそっと机の上に置き、真正面から自分を見据えるソラに、アウレイスはただ泣きながら許しを乞う。

 

「お許しください・・・お許しください・・・」

 

おりしもそこへ、使節団の二人が食事の為に食堂へ入ってきた。

咄嗟に全員の戦闘能力を目算し、有利な位置取りを思案しているソラに向けられたのは、あまりにも間の抜けた声だった。

 

「ありゃ、アウレイスの悪い癖が出ましたかな?」

 

声の主は、頭部に立派な巻角を持つ妖怪の一種、サターニアという種族の老人だった。

かつては相当な男前だったことが窺える顔立ちも、今はシワだらけのお爺ちゃんである。

老人は警戒を解かないソラに対して、物腰の柔らかな口調で続ける。

 

「その物騒なものを収めてやってくれませんかな。その娘には何の悪気もありゃしませんで」

 

 「ダクタスさん、そんな言い方じゃ伝わりませんよ」

 

「ではお前さんがきっちり説明してくれるかの、ラニッツ」

 

老人をダクタスと呼び、そのダクタスから事の説明を任されたラニッツはソラに会釈をした。

切れ長の目は瞳が小さく、ともすれば人相が悪く見えてしまいそうだが、いわゆるアヒル口のお陰でいくらか緩和されている。

こちらも妖怪の一種、アスラーンと呼ばれる種族である。

 

「ソラ様、アウレイスが失礼を働いてしまったようで、大変申し訳ございません」

 

どこかおどけたようにも聞こえる口調でラニッツは語りだした。

一通りの釈明と説明を受け、ソラはナイフを引いた。

ラニッツの話は要約するとこうだ。

アルビダ族であるアウレイスは、幼少期に鬼の奴隷として使役されていた過去が在り、その心の傷によって、人に慣れるまでに時間が必要であること。

ソラが感じた違和感は、アウレイスの作り笑いであった。

まだ村から出るのは時期尚早ではあったが、本人のトラウマを克服したいという強い思いにエウス村長が応え、今回の使節団入りとなったのだ。

 

船の目的地である国、キスビットでは、種族間における差別が横行している。

国には大別して5つのエリアがあり、それぞれに特徴がある。

 

最大面積、最大人口、最大軍事力を誇る「王都、エイ マヨーカ」は人間至上主義の都市であり、人間以外の種族が冷遇される。

基本的には人間種以外には居住権すら与えられない。

第二の勢力を誇るのは、かつて人間に追われ、復讐を誓うアスラーンが作り上げた都市、「ラッシュ ア キキ」である。

ここはアスラーン単一種で形成された都市であり、アスラーン以外の種族は立ち入ることさえできない。

第三の都市、ジネは鬼が支配する街だ。

ソラの国、アンティノメルにも種族に階級的な思想はある。

鬼を最上級の種族と位置付ける考え方は、このジネとの共通点とも言える。

しかし根本的に違うのは、ここジネに於いて、鬼以外の種族は皆奴隷だということである。

アウレイスも、元はジネの住人であり、生まれた時から奴隷としての生が定められていた。

しかし幸運にも、アウレイスはエウスとその一行に出逢った。

助け出された彼女は、その後タミューサ村で暮らしている。

第四の都市、いや、規模としてはまだ村であるし、皆が村と呼んでいるそこには、種族差別が存在しなかった。

村長であるエウスオーファン、その彼が拓いたタミューサ村。

ここはキスビットに於いて唯一、全ての種族が共同生活をしている。

現状のキスビットから考えれば奇跡と呼んでも過言ではない。

この村が、今回の旅の目的地でもあるわけだ。

五つ目のエリアはキスビットの北部に位置する山岳地帯、マカ アイマス山地で、純血のキスビット人が棲んでいる。

彼らは精霊と呼ばれる種族で、自然を信仰し、自然の力を借りて魔法が使える。

キスビット人は代々、土壌神ビットを信仰しており、土を操る魔法を得意としている。

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キスビットの国土の半分は、これら5つのエリアに分かれているのだが、残りの半分、つまりどこにも領有されていない土地の開拓が、今後の勢力図に大きな影響を与えることになる。

従って、現状維持しか望まないマカ アイマスのキスビット人を除く4つの組織が、領地拡大のための情報収集を進めているのが現状である。

 

「その調査に赴いた者たちが、帰還予定日を過ぎても戻らないという事件に端を発するのです」

 

せっかくの説明の機会ということで、ラニッツはソラに今回協力を願い出た経緯まで話してしまおうと考えた。

どうせ航海の途中、船上にいるあいだに話しておかねばならなかったことだ。

 

「不幸な事故によって生還できなかった調査団も、もちろん過去には多数存在します。しかし今回の件は明らかに不自然だったのです。我々の調べによると、どの都市でも同様の事件が発生しており、恐らくはキスビットの全土に於いて同時多発的に調査団が行方不明となっているのです」

 

「そして、その被害は調査団だけの話ではなくなりましてのぉ・・・」

 

ラニッツに続き、ダクタスが話し始める。

黒い眼球をカッと見開き、怒りに震えながら言葉を絞り出す。

 

「村のはずれに住んでおった家族が、一夜のうちに全員行方知れずに・・・」

 

恐らくこの老人にとって、その家族は特別な存在だったのだろうとソラは察した。

ラニッツの顔にも影が射している。

目に映るすべての動植物を捕食してしまうという謎の生命体が各国で発生しているということが判明し、恐らくこの行方不明者たちも、その生命体の被害に遭ったものと判断されている。

 

「つまり、その事件の元凶排除、それが俺の任務ですか」

 

ええ、と短く答えたラニッツ。

アウレイスが落ち着きを取り戻していることを確認し、食事の再開を提案する。

初めて口にするキスビット料理は、幸いにもソラの口に合ったようだ。

船は補給のため途中で数カ国の港に立ち寄りながらの航海となり、多国籍の料理を楽しむことが出来た。

ソラの口調は相変わらず抑揚の無い無感情なものではあったが、使節団の三人と打ち解けるには充分な時間を過ごし、船員たちとも言葉を交わすようになった。

航海中、色々な国で起こった小さな物語は、また別の機会に語るとしよう。

ようやく目的の地、キスビットの島影が補足された。

 

「今日はあの島に上陸します。エイ マヨーカ領海内の小島ではありますが、実質タミューサ村の者が仕切っています。ソラ様には入国の際に少々ご面倒をお掛けしますので、その準備も兼ねて1日を島で過ごし、入国は翌日としましょう」

 

ラニッツの言葉にソラは無言で頷いた。

ほんの少し、本当にごく僅かにではあるが、使節団の三人との航海を楽しむ気持ちを感じていた自分に、心の中で喝を入れる。

これからは危険が伴う任務となるだろう。

自分のミスはそのまま、自分をこの任に当たらせたルーカスの落ち度となってしまう。

ソラは、ラニッツに説明された入国の手筈を反芻した。

 

今回の入国は、比較的難易度の低いものとなる。

それはソラが人間だからだ。

人間であれば最大都市であるエイ マヨーカの港から堂々と入国することができる。

まず、入国審査は間違いなく通過できるはずだ。

それと言うのもソラは、アンティノメルの国際警察機関に所属しているため、調査のための令状さえ所持していれば、大概の国にはすんなり入り込める。

もちろんキスビットに於いては、アスラーンの都市ラッシュ ア キキや、鬼の都市ジネからの入国は、令状を持っていたとしても不可能であるが。

 

国際警察の調査員としてエイ マヨーカからキスビットに入国するまでは、簡単だろう。

その後に必要とされる行動が、ソラを悩ませた。

演技が必要なのだ。

有り体に言えば、ズボラな国際警察官を演じなければならない。

プランはこうだ。

各国で問題になっている謎の生命体の調査という名目で派遣された自分は、しかし真面目に捜査などしたくはない。

そもそも調査員が自分一人だけというのも納得できない。

だが派遣された以上は形式だけでも動いておかないと上がウルサイ。

そこで、エイ マヨーカ兵の中から2~3人を借りて適当に周辺を散策し、発見に至らずという報告書を書いて帰国したいという旨を役人に伝えるのだ。

もちろん、袖の下を渡すことも忘れずに。

 

「最も重要な注意事項をお伝えします」

 

ラニッツは少しだけ声を大きく、そしてゆっくりと言った。

 

「何を見ても聞いても、絶対に人間以外の種族を助けないでください。これは絶対です。例えソラ様の目の前で妖怪や妖精がなぶり殺されるような場面に遭遇したとしても、見て見ぬふりをしてください。もしソラ様が目先の正義感に駆られ大局を見失うようなことがあれば、今回の件はすべて水泡に帰すと思って頂きたい」

 

ラニッツが意図的にきつい言葉を選んでいることは、ソラにも分かった。

それだけ重要な事項なのだろう。

種族間の差別意識が強い国であることは先刻承知である。

これから入国しようとする都市では人間至上主義が敷かれている。

人間である自分が異種族に対して温情をかけることがマイナスイメージに繋がることは充分に理解できた。

 

「では、いきますかな」

 

翌朝、出発前。

今まで乗ってきた船に向かってダクタスが両手を広げた。

シワだらけの両手から黒い魔力の奔流が溢れ出し、船を覆ってしまった。

 

「ふい~。これだけの大物、老体には堪えますな」

 

魔力の黒い影が消え去ると、なんと船の造形が全く変わってしまっていた。

今までのキスビット船ではなく、ソラが見慣れたアンティノメル式の大型船になっているのだ。

 

「ソラ様はこの船で堂々と正面からお入りください。我々は別ルートで向かいます」

 

ラニッツが大げさに敬礼しながら言った。

国際警察式の敬礼では無いが、ソラは気にしない。

彼の冗談であることが分かっているからだ。

 

「あの、ソラ様、お気をつけて」

 

もじもじと、自分の服の裾を掴みながら上目遣いでアウレイスが言う。

最初の一件以来、無理に作り笑いをするなというソラに対して、自然に振舞っている姿がこれである。

最初の頃の無理して取り繕ったような不自然さよりも、好感が持てた。

 

 

ソラが乗ったアンティノメル式の大型船を見送りながら、三人はふぅとため息をついた。

 

「さて、どうなるかのぉ」

「我々は、我々のすべきことを」

「私、がんばります・・・!」

 

 

■入国

 

ソラは予定通り、覚えたセリフを淡々と吐いていた。

いつも通りの無機質な口調で。

 

「だから、俺も面倒なことに巻き込まれたくはないんだ。分かってくれ」

 

そう言いながら役人に金貨を3枚渡す。

今までの怪訝そうな表情を一変させ、役人は嬉々として応じた。

 

「そういうことならお任せください。よしなに計らいましょう」

 

「悪いな。助かる」

 

「では、同行の兵士ですが・・・」

 

ここがひとつの山場だった。

実は、エイ マヨーカからタミューサ村へ亡命を希望している者を同行させるという計画があったからだ。

その希望者にはすでに計画が伝えられ、もし可能であれば立候補するように言い含めてある。

 

「なるべく、出来の悪い奴を頼む」

 

「は?」

 

ソラの言葉に、役人は思わず声を上げてしまった。

意図が分からないのだ。

 

「形式上とは言え、防壁外に出向くのだ。万が一ということもある。そのとき貴国の優秀な兵士を減らすのは申し訳ないからな」

 

これは最初から決まっているセリフではない。

ソラが判断し、この場で思い付いたアドリブだった。

亡命を希望しているような兵士であれば、恐らく隊の中でも浮いているだろうし、厄介者扱いをされているだろうと踏んだのだ。

そしてその読みは見事に的中した。

 

「さすがは国際警察機関のお方、有り難いご配慮でございます。ではお言葉に甘えて・・・」

 

役人は信じられないような提案をしてきた。

同行として2名の兵士を付けるが、その両名とも実は持て余している邪魔者であることと、何なら事故に見せかけてでも消してくれれば助かると。

呆れた腐敗ぶりだが、これで目的の人物が配置されることは間違いないだろう。

 

「それでは私は準備をして参りますので、ソラ様はしばしお待ちを」

 

下卑た笑みを浮かべながら、役人は退室した。

港にほど近いこの小さな建物からは、通りの喧騒がよく見える。

エイ マヨーカは人間至上主義の都市だと聞いていたが、チラホラと異種族の顔も見えた。

恐らく異種族の彼らは、ここから都市の中心部まで続く街道の、城壁に設けられた関所から先へは入れないのだろう。

と、ぼんやりと眺めるソラの視界にサターニアの少年が映った。

少年は自分の体と大差無いほど大きな荷物を抱え、おぼつかない足取りで歩いている。

恐らくは海運組織の荷運びなのだろうが、とても身の丈に合った仕事とは思えない。

案の定、少年は石畳の僅かな段差につまづき、転んでしまう。

抱えていた荷物は穀物のようで、辺りに散乱してしまった。

いち早くそれに気がついた、同じくサターニアと思われる少年が手伝いに駆け寄る。

二人は懸命に穀物をその手で寄せ集め、荷袋の中へと戻していく。

その二人の前に、人間の男が歩み寄った。

 

「このクソガキが!なんてことしてくれたんだ!」

「ご、ごめんなさい!すぐに集めますから!」

「そんな汚れちまったモンが売れるかバカヤロー!」

「洗います!砂も埃も洗いますから!」

 

男は少年の髪の毛を鷲掴みにして持ち上げ、言い放つ。

 

「ナニ勘違いしてんだ?お前らが素手で触ったから汚れたんだろうが」

 

そして男はそのまま少年を石畳に叩きつけ、力任せに蹴りつけた。

もう一人の少年が叫ぶ。

 

「兄ちゃん!兄ちゃん!」

 

しかし蹴られた少年は動く気配が無い。

黒色に近い血液が頭部から流れ、石畳を染めている。

 

「ちっ、汚ねぇな。オイ、それしっかり洗っとけよ!」

 

吐き捨てるように言い、男は振り返る。

しかし立ち去ることはできなかった。

目の前に国際警察機関の特務服を纏った男が立っていたからだ。

ソラである。

 

「な、なんですかい旦那。そんな怖い目をして」

 

ソラ自身、自分がどんな表情をしているのかは分からなかったが、この男が言うのだから相当に怖い目をしているのだろう。

ソラは怒っていた。

少年がサターニアであることから、自国の友を重ねてしまったのかもしれない。

ここで問題を起こすのはマズいということは、理性では分かっている。

理解はできていても感情が付いてこない。

感情?

俺に、感情?

 

その刹那、今まで快晴だった港町は一瞬にして、黒く厚い雲に覆われた。

その場に居た誰しもが、視覚を失ったのかと錯覚するほどに瞬間的な変化だった。

次の瞬間、鼓膜を破るような大きな雷鳴と、視界がホワイトアウトするような稲光が起こった。

 

「ソラ様、こちらです」

 

ふいに耳元に聞こえた声に驚いたものの、それは聞き覚えのある声だった。

姿はまるで見えないが、手を引かれた。

確かにそこに、透明なアウレイスが居るらしかった。

導かれるままに、元居た建物に駆け込んだ。

 

「ここに居てください。私は子供たちを」

 

ほんの一瞬の出来事だった。

海運組織の男にしてみれば突発的な雷の隙に、目の前に居たはずの国際警察官が消え、そして地べたに転がっていたはずの子供二人も消えた、という状況だ。

理解が追い付かない。

周囲の人々も同様だ。

しかし、自分の身に、持ち物に、さしたる変化が無いことを確認すると、人々は意識を日常に戻していった。

 

「いやぁ、いきなり光るもんだから、焦りましたよ」

 

戻ってきた役人は二人の兵士を従えていた。

一人は屈強な大男、もう一人は小柄な女だった。

役人に促されて二人はソラの前に歩み出た。

男の方が先に口を開く。

 

「この度はお役に立てて光栄であります。オジュサと申します」

 

続いて女が、気だるそうに名乗る。

 

「どうも。エコニィです」

 

役人は二人に、呼び出すまで廊下で待機するよう言い付けた。

そしていやらしい笑みを浮かべてソラに耳打ちをする。

 

「男の方は見かけ倒しのとんだ臆病ものでして、出来れば死んでもらいたいんです。女の方はあの通り、見た目はイイんですが性格が最悪でして。とにかく反抗的なのです。どうでしょう、不幸な事故、起きませんかね?もちろん事故の前には、好きなようにお楽しみ頂いても構いませんので、へへへ・・・」

 

ここでは嫌な顔をせず、表面上の同意だけしておけば良い。

分かってはいても、ソラは顔を曇らせてしまった。

幸い、役人はその微妙な表情の変化に気付いてはいないようだったが。

 

「では、軽く散歩してくる」

 

もちろん、もうこのまま帰る気など無いのだが。

ソラは二人を引き連れて形式上の調査へ向かった。

エコニィが御者を務める馬車に、オジュサと共に乗り込んだ。

 

 

■タミューサ村へ

 

「二人とも、亡命希望なんですか?」

 

ソラの単刀直入な質問に、オジュサは目を丸くした。

エイ マヨーカから出発して間も無く、まだ都市の城壁が視界にある距離だ。

走行中の馬車内とは言え、亡命などという言葉は普通、言い憚られるものである。

 

「もし違ってたらどうするおつもりだったんですか?」

 

もしオジュサがエイ マヨーカに従順な兵士だった場合、この状況で今の質問は命取りになる可能性もあるはずだ。

 

「もし違っていたら、なんとか逃げ出して自力でタミューサ村に向かいます」

 

 「ソラさんって、面白い人ですね!」

 

オジュサはケラケラと笑いながら、手綱を握るエコニィに話しかける。

筋骨隆々な外見にそぐわない、少年のような声と屈託の無い笑い声で。

 

「エコニィ、聞いてた?ソラさんって面白いね!」

 

「しゃべってると舌噛むわよ。ここから道が荒れるから」

 

エコニィはオジュサの問い掛けを軽く往なし、御者に専念する。

三人で移動するにしては大きすぎる馬車の荷台には、色々と荷物が積み込まれていた。

役人の、国際警察官に対する配慮だろうか。

エコニィに肩すかしを食らい、ひょいと肩をすくめたオジュサは、今度はソラの隣に置いてある木箱に向かって話しかけた。

 

「ねぇ、ソラさんって、面白いよね?」

 

違和感しか無いオジュサの謎の行動に、ソラは眉をひそめた。

確かに今、彼は何も無い空間に向かってしゃべりかけたのだ。

オカシイ人なのだろうか。

 

「ねぇ、居るんだよね?返事してよ、アウレイス」

 

ソラは内心、驚いた。

そう言えば先刻の港で、アウレイスの声を聞いた。

姿は見えなかったが間違いなく彼女の声だった。

 

「アウレイスさんが、ここに居るのですか?」

 

「ええ、居るはずですよ?」

 

と、ソラの目の前で不思議なことが起こった。

木箱の上、隅の方に置かれていた布袋がひとりでに開き、中から木の実が一粒スッと空中に飛び出した。

そしてそのまま一直線にオジュサめがけて飛んで行ったのだ。

 

「痛てッ!」

 

「もう!なんで言っちゃうんですか!オジュサさんの馬鹿!」

 

まぎれも無くアウレイスの声だった。

しかし姿は見えない。

 

「アウレイスさん、居るなら姿を見せてください」

 

恐らくこの方向に居るであろう、と見当を付けたあたりに視線を送りながら、ソラは言った。

しかし返ってきたのは弱々しい否定の言葉だった。

 

「だ、だ、だめです・・・。できません・・・」

 

するとオジュサが笑い出した。

手を叩き、そしてわざとらしく、少し大きな声で言った。

 

「そっか!透明化してるってことは、まっ裸ですもんね!」

 

バチンッ!

 

勢い良く右を向いたオジュサの左頬に、手形がついた。

恐らくアウレイス右手がフルスイングで平手打ちを食わせたのだろう。

くっきりと、手の形に頬が凹んでいる。

妙だ。

と、その手形を中心に、オジュサの顔面にひびが入っていく。

そしてポロポロと崩れ出した。

ソラは外観こそ平静を保っていたが、何から驚けば良いのか分からないくらい驚いていた。

 

「ひどいじゃないか、アウレイス」

 

剥がれて崩れ去ったオジュサの殻の中から、小柄な妖精の少年が姿を現した。

元の体で言えば、胸板のあたりに顔がある。

今までの声と口調、言動が、ようやく容姿と一致した。

 

「驚きました?僕はキスビット人、ソラさんには妖精と言った方が良いかな?」

 

彼の説明によれば、オジュサはキスビットの先住民族であり、土を操る魔法が得手なのだそうだ。

土の殻で変装してエイ マヨーカに潜入し、亡命希望者を見付けては脱都させ、タミューサ村へ逃がすのが彼の任務だと。

足元に積もった土、今まで自分を包んでいた殻の欠片を手に取ると、オジュサは悪戯っぽく言う。

 

「ねぇアウレイス、材料もあることだし、これで服を作ってあげようか?もうそろそろ、限界なんじゃないの?」

 

「お、お願い・・・します・・・」

 

不服そうな口調ではあったが、アウレイスにとっては助け舟だった。

透明化の効果は恐らくタミューサ村までギリギリ持続できるはずだが、余計な魔力を使わずに済むならそれに越したことは無い。

万が一トラブルが発生した際に魔力がエンプティというのも避けたいし、何より集中が切れると同時に透明化が解除されてしまうというアクシデントは、ソラの前では避けたいところだ。

 

「はい、どうぞ」

 

ソラの目の前で、元が土だとは思えないほど柔らかな質感の服が形成された。

ワンピースのドレスで、スカート部分には細かなレースのフリルがこれでもかと装飾されておりボリューム感がある。

代わりに上半身はシンプルで、背中が大胆に開いている。

 

「こ、こんなの着れませんよ!」

 

「嫌なら着なくても良いけど?」

 

オジュサの意地悪な言葉に、アウレイスは無言で渋々ながらに従ったようだ。

土のドレスがふわりと動き、つまみ上げられ、回転し、どうやら中身が入った様子が見て取れた。

当たり前のことだが、透明人間が服を着るという場面に初めて立ち会ったソラは、瞬きも忘れて見入ってしまった。

そして、今まで透明だった場所がゆっくりと白い色になっていく。

アウレイスの色い肌と長い銀髪が現れた。

 

「サイズはどうだい?」

 

「不思議なほどぴったりで、不気味です・・・」

 

そうだろうそうだろうと得意気なオジュサに、アウレイスは冷ややかな視線を向け、彼の手に握られていたリボンの端をひったくった。

 

「いつまで服の端を持ってるんですか。もう!」

 

「あ、ちょっとアウレイス・・・それは・・・」

 

あまりにも見事な装飾と造形、その柔らかでしなやかな質感ではあったが、やはり元は土なのだ。

オジュサの手を離れてしまうと可動しなくなるらしい。

ちょうど硬質化した土の鎧を着込んだ状態になってしまったアウレイスは身動きできなくなってしまった。

と、丁度その時、馬車が大きく揺れた。

もともと整備された道ではないのだ。

石の突起や地面のくぼみなど、あって当然のこと。

土の服によって固められてしまったアウレイスは為す術なく倒れ込んだ。

ソラの方向へ。

 

「きゃー!きゃー!きゃー!」

 

「大丈夫、受け止めます」

 

ソラにしっかりと抱き止められ、派手な転倒は避けられた。

問題と言えば、衝撃によって土の服が粉々に砕けたことくらい。

腹を抱えて笑うオジュサ。

アウレイスの悲鳴。

ソラの動揺。

馬車はタミューサ村を目指して進んだ。

 

 

■村長

 

ソラたち一行がタミューサ村に到着したのは2日後のことだった。

道中、オジュサとエコニィは御者役を交代で務めた。

陽気でおしゃべりなオジュサに比べ、エコニィは無口だった。

とは言え特に陰気であるということもなく、単に感情を表現するのが苦手なだけなのだろう。

もちろん、亡命という一大決心をし、それを敢行している最中に浮かれた気分になれないのも当然である。

特にアクシデントも無く、と言うとアウレイスに怒られそうだが、怪物の襲撃などを受けること無くタミューサ村に到着したのは僥倖だった。

エイ マヨーカからタミューサ村までの途中、未開拓のエリアも広い。

野生のモンスターに遭遇する確率はそう低くは無い。

 

「やっと着きましたねー!」

 

オジュサが呑気な声を上げて、伸びをした。

 

「早く、着替えたいです・・・」

 

結局、穀物を入れていた麻袋を裂いて結んだだけの簡易衣装を纏ったアウレイスは、眉間にシワを寄せつつ呟く。

 

「ここがタミューサ村、ですか」

 

ソラは、エイ マヨーカで感じた大都市特有の無機質な腐敗感と、差別が蔓延していることによる空気の悪さを思い出し、このタミューサ村の必要性を感じた。

ザッと見回しただけで、この世界に存在する全ての種族を確認することができる。

そして皆一様に、笑顔だ。

 

「ソラ様、ようこそタミューサ村へ」

 

出迎えてくれたのはアスラーンのラニッツと、サターニアのダクタスだった。

二人はどうやってここまで来たのだろうか。

 

「アウレイスや、なんじゃその格好は。おおい、誰か」

 

ダクタスは呆れたように言い、近くに居たアスラーンの女性をつかまえて、服を貸してやってくれと頼んだ。

頼まれた女性は二つ返事で了解し、家の中にアウレイスを招き入れた。

元々顔見知りなのか、それとも村全体が家族のような付き合いなのか。

ソラは居心地の良さを感じた。

 

「それではソラ様、お疲れのところ申し訳ありませんが、村長にご挨拶を」

 

「それには及ばんよ。彼は客人だ。出迎えるのが筋だろう」

 

ソラの前に現れたのは、壮年という言葉がしっくりくる人間の男だった。

精悍な顔立ちに筋肉質な体躯、頭髪こそ灰色であるが、決して中年や高年とは呼べない雰囲気を纏っていた。

この男が村長のエウスオーファンであるならば、確か年齢は56歳と聞いている。

想像していたよりも遥かに、逞しい。

 

「はじめまして、だな。君がソラくんか。想像していたよりも小さいな」

 

ぶしつけな言葉だったが、不思議と不快感は無かった。

それよりも、なぜ自分の事を想像していたかの方が気になる。

 

「俺の事を、想像していたというのは・・・?」

 

「君がアンティノメルに居る頃から、“嗅いで”いたよ」

 

これか。

ソラは、国際警察の上司であり、領主であるルーカスから聞かされていた。

タミューサ村の村長、エウスオーファンの特異能力である「嗅覚」のことを。

 

「ずいぶんと抑揚の無いしゃべり方をするもんだな。嗅いだ感じじゃ、もっと感情的な奴だと思っていたんだが」

 

「俺に、感情は、無い」

 

「君がそう思うのなら、それでも良いがね」

 

この話はここまでとなった。

ひとまず全員が旅の垢を落とし、夜にはエウス村長の家で簡単な晩餐会が催された。

ラニッツ、ダクタス、アウレイスに加え、亡命手引き役のオジュサと、亡命者のエコニィ、それと驚くことにあの少年二人も居た。

エイ マヨーカの港で暴行を受けた子供も、何事も無かったかのように元気になっており、温かい料理に舌鼓を打っている。

 

「兄ちゃん、元気になって良かったね!」

 

「お前のお陰だな!ありがとう!」

 

仲の良い兄弟はこの村に連れてこられて、良かったのかもしれない。

恐らくあのままエイ マヨーカに居てもこの笑顔は見られなかっただろう。

 

「さて、ここに来るまでの間、何か生物に遭遇したかね?」

 

エウス村長が唐突に尋ねた。

誰に向けられたわけでもない質問に、誰が答えれば良いのか探り合う間が一瞬あり、すぐにソラが答えた。

 

「いえ、何も。それは異常なことですか?」

 

エウス村長は答えず、代わりにラニッツが説明する。

 

「確率的に言えば、モンスターに遭遇しないことも考えられなくも無いのですが、馬車で移動していたことを加味すれば、異常事態と言っても良いでしょう」

 

気配を殺しながら徒歩での移動、ということであれば、意図的に外敵とのエンカウントを避けつつ旅を進めることも可能だ。

しかし、馬車で派手な音を立てつつ砂煙を上げて移動しているにも関わらず一度も、一匹の獣にすら出逢わないのは明らかな異常であった。

 

「例の、謎の生物が原因、ということですか」

 

「聡いね。その通り。奴らは目に映った生物を次々に捕食しているらしい」

 

そう言うとエウス村長は、捕食という言葉を揶揄するかのようにパンに齧りついた。

その謎の生命体について、調査及び殲滅が、今回のソラに課せられた任務である。

本来であればこれはキスビットという国の問題であり、各都市が戦士や兵士を出し合って協力して解決すべき課題である。

しかし、この国の都市同士に於いて協力など有り得ない。

ともすれば、謎の生命体によって兵力を削がれた都市に追い打ちを掛け兼ねないような関係だ。

だからこそどの都市も専守防衛策を採っているのが現状だ。

 

「しかしそろそろそれも、限界なのだ」

 

エウス村長によれば、謎の生命体の活動が活発化してきているとのことだ。

今までは未開拓エリアでの被害が中心だったが、徐々に生活圏内でも被害が出始めているということだった。

航海中にダクタスが言っていた、村はずれの家族消失の一件も、それに含まれるのだろう。

それにしても、ソラが一人応援に来たからと言ってどれほど状況が変わるのだろうか。

この村の兵力はどの程度なのか。

 

「と、考えるのが普通だろうな。実は今、この村でまともに戦闘ができるのは、ここに居る連中だけなんだ。もちろん、今日初めてここに来た子供達とエコニィは除いて、な」

 

エウス村長の言葉に、ソラは少なからず驚いた。

嗅覚だけで、相手の思考がここまで読み取れるものなのか。

少し居心地の悪さすら覚える。

そしてやや遅れて発言の意味を理解し、さらに驚いた。

 

「これだけの村で、戦士が5人・・・?」

 

「この村は、いつでも開かれていなければならんのだよ」

 

食後、ソラは自分に用意された部屋のベッドに寝転がり、村長の言葉を思い返していた。

この村では、ある程度の特殊能力や戦闘力を持つと、キスビット国内のそれぞれの都市に亡命手引き役として潜入することを希望する者が多いのだそうだ。

オジュサもその一人。

少しでも多くの命をタミューサ村へ。

特異な能力を持たず、戦闘に不向きな村民も大切だ。

作物を育て、家畜を飼い、どれだけ人口が増えても耐えられるだけの強固な自給力を維持していかねばならない。

村人全員が、自分ができることを精一杯やって成り立っている、それがタミューサ村である。

こういうわけで、タミューサ村の戦闘要員はほとんど、領地拡大のための未開拓エリアを調査するために編隊された者たちと、各都市に潜り込んでいる亡命手引き役の者たちということになっている。

そこへもって今回の謎の生命体である。

猫の手も借りたい状況とはこのことだ。

 

「俺は命令に従うだけだ。エウス村長に協力し、敵を倒す。それだけだ」

 

自分に言い聞かせるように呟き、ソラは眠りについた。

 

 

■死闘

 

「ソラ様!起きてください!」

 

アウレイスがソラの部屋に駆け込むと、そこにはすでに戦闘準備を済ませ、今まさに飛び出そうとするソラの姿があった。

 

「こんな、村の中心部までッ!!」

 

ソラとアウレイスが宿から飛び出すと、そこには奇妙な形状の生命体が蠢いていた。

巨大な花のようなそれは、下部に無数の触手が生えており、それがまるでムカデの足の様に動いて移動をしている。

花弁のように見える八枚の肉ひだには、一ツ目の仮面のように見える突起がある。

そしてその中央には大きな口が付いていた。

人間の口に良く似た形状だが、異常に歯が多い。

一人の男が農具を振りかざし、花型怪物に襲いかかった。

 

「くそっ!よくも弟を!」

 

「ダメだ!近付いてはいけない!」

 

男を庇おうと、駆け出したのはエコニィだった。

しかし、間に合わなかった。

男が振り下ろした農具は確実に花型怪物に直撃したが、まるで綿入り布団を叩いたかのように変形しただけで、ダメージがあったようには見えない。

そればかりか、八枚の肉ひだを器用に波打たせ、男の上半身を包み込むような態勢となった。

ドサッと音を立てて落ちたのは男の下半身。

次に肉ひだが開いた時には、中央の口からおびただしい鮮血が溢れていた。

口の中から、まるで舌のようなぶ厚い板状の肉塊がニュルンと出て、その血をきれいに舐め取った。

 

「早く、村人をこっちへ!」

 

そう叫ぶのはオジュサだった。

声の方向には、昨日まで無かった要塞がそびえ立っていた。

土属性の魔法でオジュサが作り出したものだろう。

アウレイスとエコニィが村人を要塞へ誘導する。

と、それとは反対方向に、いきなり大勢の人間が現れた。

花型怪物は喜び勇んで人波の中に踊り入る。

 

「馬鹿め!かかったわ!」

 

大勢の人に見えたのは、ダクタスの魔法によって人の姿に変えられた農作物だった。

花型怪物はたっぷりの野菜を喰わされたというわけだ。

 

「よし、周囲にはもう村人は居ない!」

 

オジュサが声を張り上げると同時に、辺りがザッと暗くなった。

そして雷鳴一発。

花型怪物めがけての落雷が起こった。

 

「これでどうだ?」

 

手応えはあったが、と漏らすのはラニッツだ。

港でのあれも、彼の魔法だったようだ。

激しい雷によってその肉を焼かれた花型怪物は、その場で沈黙した。

誰ともなく、安堵のため息が漏れる。

ソラが黒コゲになった怪物に近づき、蹴り倒した。

反応は無い。

完全に死んだようだ。

 

「こんな生き物、初めて見ました」

 

アウレイスが怯えながら言う。

ソラにしても、見たこともない怪物だった。

自分のナイフが、果たしてこいつに通用したか。

ラニッツの魔法が無かったら、倒せていたか。

そんなことを思いながら、ソラがオジュサの作った要塞の方へ向き直ったとき。

 

「危ない!!!」

 

トンッ、と肩を押された。

パシャッ、と背中に温かいものを感じる。

咄嗟に振り返ると、そこにはアウレイスが目を見開いて立っていた。

左の肩口から左胸、わき腹にかけて、そこにあるはずの白い肌が見当たらない。

足元には、透き通るように白い色をした左手の肘から先が、赤い水たまりの中に落ちている。

 

「ソラさ・・・ま・・・」

 

コフッ、と鮮血を吐き、アウレイスは崩れ落ちた。

代わりに視界に入ったのは花型怪物だったモノ。

周囲にあった八枚の肉ひだは炭化しているが、中央の口部分だけが伸びて動いている。

先端に人間の口が付いた蛇のような形状だ。

歯の隙間から、アウレイスの服の切れ端が覗いている。

怪物の移動手段である本体下部から生えた無数の触手は、それぞれの先端にも小さな口が付いているようで、足元に倒れているアウレイスから溢れる赤い血を啜っている。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁーッ!!!」

 

ソラは叫び、そして怪物に突進した。

見た目は鈍重な怪物だが、その動きは俊敏だった。

正確に、的確にソラを狙って噛み付きにくる。

しかしその歯はガチンと音を立てるだけで、すでにそこにソラは居ない。

しかし避けざまにナイフを突き立てても手応えは無い。

それでもソラは攻撃を止めなかった。

もう一度ラニッツの魔法がヒットすれば、倒せるかもしれない。

しかしそれではアウレイスを巻き込んでしまう。

ソラが距離を取ろうとすると、怪物は追うことなくアウレイスを餌食にしようとする。

どうすれば良いのか、何が最善なのか、分からないままソラは闇雲に攻撃と回避を続けた。

 

「ソラ様!武器をこちらに向けてくだされ!」

 

ダクタスが叫び、それに応じてソラが素早くバックステップする。

次の瞬間、ラニッツの雷魔法がソラのナイフを包み込んだ。

これなら周囲に被害を拡大せず怪物にダメージを与えられると踏んだのだ。

近接戦闘に長けており、コンパクトな武器を扱うソラには最良の策だ。

電撃ナイフで切られた部位は焼け焦げ、どうやらダメージを与えられているようである。

果たしてこの怪物に痛みや恐怖というものがあるのか不明ではあるが、徐々に動きが鈍くなってきていた。

これで勝てると、周囲にいた誰もが思った。

そのとき、怪物が淡く発光した。

次の瞬間、信じられないことが起こった。

今まで地道に与えてきた傷が消失したのだ。

黒焦げになっていた八枚の肉ひだまで修復されているではないか。

ソラにも、見守る全員にも、絶望が舞い降りた。

 

 

■元凶

 

タミューサ村のはずれ、人家は無く、木製の簡易的な柵が立てられているだけの、境界とも呼べない境界。

エウスオーファンはそこに居た。

 

「やれやれ、ようやく姿を現してくれたな」

 

そう言葉を投げかけた先には、フード付きのローブを纏った人物が立っていた。

 

「あの妙なバケモノ、お前さんが操ってるんだろ?」

 

元より返答などは期待していないが、相手との間合いを測りながらエウスオーファンはじりじりと距離を詰める。

勝負は一瞬だった。

エウスが投擲したダガーはフードの上から見事に額に突き刺さった。

 

「これで終わってくれれば、楽なんだったんだがね」

 

地面にローブだけを残して消え去った相手に、うそぶいた。

 

 

■帰国

怪物の傷が消失し、恐らくは体力も回復したであろう怪物に、ソラは攻撃を継続していた。

しかしじり貧である。

人間であるソラがトップスピードを維持したまま動き続けるのは無謀である。

それを感じさせない連続攻撃であるが、しかし必ず息切れはする。

一方怪物に疲れという概念があるのかは不明だが、動きが鈍る気配は見られない。

 

ソラは呼吸を整えるために一旦距離を取った。

ラニッツに次の魔法を要求し、ナイフをかざす。

しかし戦闘が継続されることは無かった。

いきなり怪物が目の前から消えたのだ。

ソラには知る由もなかったが、エウスオーファンがローブの人物を追い払ったのと怪物が消えたのは同時だった。

肩透かしを食らった状況ではあるが、そんなことはどうでも良かった。

ソラは地面に横たわるアウレイスに駆け寄った。

 

「アウレイスさん!」

 

絶望的だった。

 

 

ソラは洋上で、先日の出来事を思い出していた。

 

アウレイスを失った村は消沈し、悲しみに包まれた。

しかしエウス村長の言葉に、村人は少なからず安堵した。

 

「アウレイスのことは残念だったが、しかし元凶は排除した。もうこれからは正体不明のバケモノに怯えることはない」

 

本当は何一つ解決などしていない。

しかしこれはエウスオーファンの機転だった。

この場を収めるには、仕方ないのかもしれない。

もちろんソラも、この言葉を信じた。

となればソラの任務も終わりということになる。

 

「俺は、果たして役に立てたのだろうか」

 

甲板で海を見つめながら、ソラは呟いた。

結果的にアウレイスを死なせてしまったのは、自分の油断が招いたことだ。

もちろん誰もそんなことを言わないし思わない。

ソラ自身がそう考えてしまうだけだ。

悲しみ、後悔、無力感。

胸が、重い。

もしこれが感情というものであるならば、無い方がマシだ。

そう考える自分と、そうではない自分が、心の中に居る。

この気持ちを整理するのに、果たしてアンティノメルに帰るまでの時間で足りるだろうか。

 

~未完~