『かなり』

干支に入れてよ猫

【スポンサーリンク】

料理コンテスト失格翌日 ~おまけ~

あけましておめでとうございます、坂津です。

PFCSの公式イベントに乗っかったお話です。

こちらの企画のSSはこれでラストとなります。

pfcs.hatenadiary.jp

 

このエントリの続きです。

料理コンテスト失格まであと3日

料理コンテスト失格まであと2日

料理コンテスト失格まであと1日

料理コンテスト失格当日

料理コンテスト失格翌日 ~OBBの真価~

 

 

▽登場人物▽

・タオナン

女性料理人。ちょっと成長した。

・テイチョス

万能アルファ(ロボット)。

・ルビネル(友情出演)

黒髪ロングのストレートで女子力高い。タオナンは獲物。

thefool199485.hatenadiary.com

・勇者パラ(友情出演)

発展途上のエルフの少年。やっぱりエロい。

ritostyle.hatenablog.com

・メラーン(料理コンテスト主催者)

栄養学を極めた女性。感情の高ぶりで思考回路が壊れる呪いを受けている。

yaki295han.hatenadiary.jp

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

黒い光に包まれたメラーンは、今までの人生を高速で追体験していた。

走馬灯のように、という言葉が当てはまるかもしれない。

嬉しかったこと、悲しかったこと、無意識下に格納されていた記憶と感情、その全てが意識上にブチ撒けられた。

不思議と混乱はしていない。

膨大な情報量であるはずだが、しかしそのひとつひとつに整理タグを付与して整頓することができている。

自分が学んできた栄養学は肉体を構築するための栄養素についての学問だったが、今までの経験やそれに対する感情が、自分の精神を構築していたのだということに気が付いた。

自分にとって何が大切なのか。

自分は何が好きなのか。

自分は何のために生きているのか。

それが分かった気がした。

そして。

 

「ルゥアアアアアアァーメェェェェーンッッッ!!!!」

 

メラーンが奇声を発すると同時に黒い光は消失した。

肩で荒い息をしながら俯いている。

あまりの光景に周囲の人々は絶句して見守ることしかできない。

と、ふいにメラーンが顔を上げた。

 

「ハイそこぉぉーッ!!!」

 

突然通行人のひとりをビシッと指名した。

人差し指を突きつけられた男性がビクッと全身を硬直させる。

 

「好きな食べ物はッ!?」

 

「や・・・焼きそbァァァーッ!!ラーメンです!ラーメンが大好きだぁー!!」

 

気付けば男性の胸に7本の割り箸が刺さっている。

メラーンが投擲したものらしい。

周囲に動揺が走る。

栄養学を極めると言うことは、人体の経絡秘孔についてもマスターするということなのだろうか。

 

「愛拉麺の秘孔を突いたわ!貴方はもう、ラっている(ラーメンしか愛せない状態になっている)」

 

メラーンを取り囲むように出来ていた野次馬の人垣がワッと崩れた。

人々が一斉に逃げ出そうとしているのだ。

しかし今のメラーンから逃げ出すことはできない。

次々と愛拉麺の秘孔に割り箸が刺さっていく。

 

「空ゥゥゥ前ッ絶後のォォォー!超絶怒涛のラーメンマニア!」

「ラーメンを愛し!ラーメンに愛された男ォォーッ!!」

「醤油、味噌、豚骨、すーべてぇの拉麺の生みの親ァァァー!!」

 

ラーメン愛に目覚めた、いや、強制的に目覚めさせられた人々の絶叫が響き渡る。

阿鼻叫喚のラーメン地獄。

何が地獄かと言えば、この場にラーメンが無いことだった。

彼らはラーメンを求め当ても無く彷徨うラーメン難民。

 

「さぁ!どんどんラって(ラーメンしか愛せなくなって)しまいなさい!」

 

「待て!そこまでだ!」

 

手当たり次第に割り箸を投げるメラーンを制したのは、なんとパラだった。

飛来する割り箸をその剣で斬って落とす。

 

「確かにラーメンは美味しい。でも、それは人に強制されるものじゃない!」

 

なんのスイッチが入ったのかよく分からないが、完全に勇者モードである。

覚醒メラーン、いや、覚醒と言う次元を超えているかも知れない。

覚醒を超えた超転生メラーンが放つプレッシャーはもはやラスボスレベルであるが、パラは動じていない。

彼なりの秘策があるようだ。

 

「ふふふ・・・勇者のぼくがこれを食べたら、どうなると思う?」

 

パラの手中にあるのは、OBBだった。

これを食べて一気にレベルアップを図ろうというのである。

 

「させるかッ!!」

 

メラーンが割り箸を放つ。

 

「無駄だ!」

 

パラが剣の鞘で打ち落とす。

ノリノリである

バサッとマントを翻し、OBBを口に放り込んだ。

 

ピレパラアアアアアァァァーーーーーッス!!!!」

 

謎の奇声と黄金の光をその口から吐きながら、パラはレベルアップした。

 

てれれれっ てってってー♪

 

光が収まると同時に、パラは剣を鞘に収めた。

実に美しい所作だった。

流れるような見事な動きで、その場に、正座した。

 

「・・・全てが、視える・・・」

 

パラが手にした能力は透視だった。

決して戦闘向きでは無いが、パラは満足していた。

満開の桜が風に吹かれて花弁を散らす、そんな花吹雪の風流を愛でる吟遊詩人のような穏やかな表情と鼻血。

ピントの微調整で服だけを透過できた。

この場には男性客も多く居るが、見たくない物は見ないという歪んだ情報処理能力も備わっているらしい。

 

「ねぇ、どうするのこれ」

 

超展開についていけない、と言うかむしろついていきたくないルビネルがタオナンに尋ねる。

 

「あはは・・・まさかこんなことになるなんて・・・」

 

タオナンにとっても予想外のことだった。

冷や汗を流す以外にできることが何も無い。

 

「恐らくあと数分で特殊効果は消失するだろう。もちろん肉体の回復効果は消失しないはずだ」

 

テイチョスが冷静に言った。

そう、OBBによる各種の奇跡は、ほんの数分だけのものである。

言ってみれば「強い副作用のある超回復剤」のような物なのだ。

それにしてもメラーンの豹変ぶりには解せないものがあるが。

 

「私を止めるんじゃなかったの!?小さな勇者さん!」

 

突然その場で正座し、鼻からの流血を開始するとともに戦闘を終了したパラに対して罵声を浴びせるメラーン。

そして勢い良く割り箸を持った手を振りかざした。

 

「潔くラって(ラーメンしか愛せなくなって)しまえ!!!」

 

しかしパラに割り箸が投擲されることは無かった。

天高く割り箸をかざしたまま、目をパチパチとさせるメラーン。

 

「あ・・・あれ?私は・・・一体・・・?」

 

OBBに付与された特殊効果が消失したようだ。

状況が把握できずに混乱していたメラーンだったが、周囲の状況を見てすぐに動いた。

ラって(ラーメンしか愛せなくなって)いる人たちから次々と割り箸を抜いていく。

 

「私の場合は、恐らく呪いとOBBの効果が競合してしまったのだと思うわ」

 

騒ぎがひと段落したあと、メラーンが話してくれた。

自分自身にはとある呪いが掛けられており、今まで様々な解呪法を試したが、結局のところ全て不首尾に終わったこと。

OBBが回復するのは肉体のみであり、呪いの効果は消えていないであろうこと。

肩こりは楽になったこと。

 

「そうだな。ワタシの見立てでも、OBBには状態異常を改善する効果は無いよ」

 

話を聞いていたテイチョスも同意する。

そして、タオナンが想定していたような、発現する特殊効果をコントロールすることも難しいだろうと付け加えた。

つまりOBBは、不完全料理と言える。

その美味さだけでは帳消しにできないほど大きな副作用をもたらすからだ。

もちろん回復という効果も得られるが、しかし肉体の回復だけが目的であれば、わざわざOBBとして摂取せずともライフル卵だけを食べれば良い。

 

「そっか・・・まだまだだね、アタシ」

 

しょんぼりと俯くタオナン。

その肩にそっと手を置いたのはルビネルだった。

 

「こんなに美味しいのに、ねぇ?」

 

ルビネルの手には空の皿が乗っていた。

いつの間に?

一体いくつ食べたのか?

どうやらすでに特殊効果発動の発光は終えているようである。

目が据わっている。

妖艶な瞳を赤く怪しく光らせて、タオナンだけを見詰めている。

そしてペロリと唇を舐めた。

 

「よいしょ、っと」

 

「え、うわっ!」

 

ごく自然な動作でタオナンに寄り添ったルビネルは、タオナンの首の後ろと膝の裏に腕を回してひょいと抱き上げた。

お姫様だっこの状態である。

 

「あ、あの・・・ルビネル、さん?」

 

なぜ自分がこんな体勢になっているのか状況が飲み込めないタオナンだったが、ルビネルの瞳に見つめられると抵抗できなかった。

体の力が抜けてしまう。

どんな能力を開眼したというのか。

ルビネルはタオナンを抱えたまま平行移動を開始した。

いつの間にか靴底にペンが仕込まれている。

アトマイザーから噴出された緑黄色の霧が呪詛の発動を可能にしていた。

小さくなっていくルビネルの背を目で追跡し、行く先が宿泊している宿屋の方向だと確認したテイチョスは、追わなくても大丈夫だろうと判断した。

 

「まぁ、これ以上OBBを作るのはやめることね」

 

メラーンにそう言われ、テイチョスも頷いて同意した。

どんなに美味であっても、制御できない大きな副作用があるのでは料理として未完成だ。

 

「視えなくなったッ!?なぜだぁーッ!!!」

 

どうやらパラの透視能力が消え失せたらしい。

石畳の上に正座していたことが祟り痺れてしまった足をプルプルと震わせながら嘆いている。

そして産まれたての小鹿のような歩みで屋台に近付いてきた。

 

「テイチョスさん、OBBは!?OBBをください!」

 

「残念だが少年、もう残ってはいない」

 

本当はまだ十数個の球体が鉄板の上に残されていたが、しかしこれもすぐに破棄するつもりだったテイチョス。

だがパラの執念はテイチョスの計算を超えた。

 

「見ィィィつけたぁぁぁぁー(☆Д☆)ーッ!!!」

 

さっきまでのプルプル脚が嘘のように超スピードで鉄板上のOBBを目指すパラ。

特に止めることもしないテイチョス。

何が起こったとしても害は無いはずだし、別に害があっても構わない。

 

「おまわりさん、ぼくを逮捕してください」

 

発光が終わった後のパラは泣きながら懺悔した。 

聞くに堪えない暴露が始まった。

攫われてしまった姫を助けるために勇者として冒険の旅に出るための支度金を王様から貰ったのに、それをエロ本購入に充ててしまい所持金が無くなったこと。

その本のタイトルが『わがままロリータ』であること。

冒険の仲間を探すときの条件で、ふざけて適当な冗談を言ったら偶然にもそっくりそのままな人が居たこと。

ヘソで茶を沸かせるけど実はそれはエルフの力でもなんでも無いこと。

ノリで勇者になったけど魔王の居場所(姫の居場所)もよく分からなかったこと。

入手した賢者の石板で姫の居場所より先にエロ画像を見てしまったこと。

どちらかと言えばロリータ趣味だったのに最近は年上もアリだと思っていること。

誰得なのか。

 

その後、テイチョスとタオナンは、キスビットへ帰った。

もちろん途中までルビネルも一緒だ。

カルマポリスまで送らねばならない。

ちなみにパラはライスランドのレカー城塞都市警察により、グランピレパに強制送還されたと言う。

 

「じゃあね、タオナン」

 

「ルビネルさん、お元気で・・・」

 

船を降りたルビネルは、少しだけ罪悪感を持っていた。

別れ際のタオナンの表情、視線、態度。

 

「まぁ、予感はあったけど・・・あんなに懐かれるなんてね」

 

ふふっと笑う。

今はまだ一人に決めるより、色んな娘で遊びたいルビネルだった。

 

それからしばらく。

 

「ちょっとアンタ!ふざけてンならとっとと帰って!」

 

タオナンの怒声が響く店内。

サッと静かになる客たち。

皆が耳をそばだてている。

 

「そんなこと言うなよタオナン、俺は本気なんだ。な?」

 

怒鳴られてもへこたれず、なおもアプローチを続ける男。

手には花束を持っている。

 

「ココは食事をする場所よ!?注文しないんなら、帰った帰った!」

 

タオナンとテイチョスの店『ベル・エキップ』には、今日もタオナン目当ての優男が求愛にやってきていた。

最近はその頻度が増しているようである。

テイチョスがこっそり排除しても後から後から湧いてくる男たち。

このドタバタを楽しみに来店する客も居るほどだ。

 

「これだから男なんて嫌いなんだ!もう!」

 

すがりつく男にひざ蹴りを食わせ、厨房に戻ってきたタオナン。

その姿に苦笑いを浮かべつつ、メインの皿に添えるソースの味見をするテイチョス。

しかしそのソースを掬い取った指は、テイチョスが自分で舐めるよりも先にタオナンの口に含まれた。

 

「ん!おっけー!さっすがアタシの助手ね!」

 

「ワタシの指まで喰われるかと思ったよ、シェフ」

 

軽口を叩きつつ、デザートを冷すための氷水をガブ飲みした。

急速に高まる内部機構の温度を、冷まさねばならないからだ。

二人の距離は、変わらない。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

おーわーりーまーしーたー!

お借りしているキャラクターの皆さんは、私が独断で動かしている部分が大きいので、生みの親御様方におかれましては「ウチの子はこんなことする子じゃありませんことよ!」とか思われていらっしゃるかも知れません。ごめんなさい。

読者の皆様におかれましても、私の悪ふざけを鵜呑みにせず、本家様でも活躍を以ってしっかりと記憶の上書きをお願い致します。

料理コンテスト失格翌日 ~OBBの真価~

あけましておめでとうございます、坂津です。

PFCSの公式イベントに乗っかったお話です。

pfcs.hatenadiary.jp

 

このエントリの続きです。

料理コンテスト失格まであと3日 - 『かなり』

料理コンテスト失格まであと2日 - 『かなり』

料理コンテスト失格まであと1日 - 『かなり』

料理コンテスト失格当日 - 『かなり』

 

 

▽登場人物▽

・タオナン

人間の女性。男嫌い。ルビネルさん大好き。

・テイチョス

万能アルファ(ロボット)。タオナン大好き。

・ルビネル(友情出演)

黒髪ロングのストレートで女子力高い。百合なの?。

thefool199485.hatenadiary.com

・勇者パラ(友情出演)

発展途上のエルフの少年。何か素直な良い子になった。

ritostyle.hatenablog.com

・メラーン(料理コンテスト主催者)

理知的でスマートな女性。感情の高ぶりで思考回路が壊れる呪いを受けている。

yaki295han.hatenadiary.jp

 

あと名前は出てきませんが設定をお借りしています。

・リーフリィ大陸

・カイザート

yourin-chi.hatenablog.jp

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

早朝、まだ朝霧も晴れない時間。

空がようやくうっすらと明るくなっている。

宿屋の庭先に人影があった。

 

「・・・フゥゥゥ・・・」

 

低く腰を落とし、下腹に力を溜めるようなイメージで呼吸をする。

とは言っても、実際に動力が備わっているのは下腹でなく胸部であるし、酸素の吸引は口からでなくとも可能だ。

人影はテイチョスだった。

 

「おかしなものだな。こんなことで本当に落ち着くとは」

 

落ち着く、という現象自体がアルファである自分には異常事態だ。

要するに先刻まで落ち着いていない状況だったということになる。

情報を処理しきれないことはあっても、それで取り乱したり言動に支障をきたすようなことは、設計上あり得ないはずだった。

 

「武道の基本は呼吸よ。どんな状況でも即座に対応できる肉体と精神は、この呼吸によって実現されると言っても過言じゃないわ」

 

1,000年前のことだ。

コードティラル神聖王国のカイザートにある道場、そこで師範代を務める女性。

聞けば戦闘部族であるカイザートの部族長の娘だと言う。

アルファである自分にはまるで意味が無いと思っていた「呼吸法」や「精神統一」をやたらと真剣に教えてくれた。

あれからほぼ毎朝、テイチョスは彼女の教えを守り鍛練を続けていた。

要するに30万回以上、繰り返していることになる。

しかし人間のように筋力が増強されたり反射神経が研ぎ澄まされたりというような、肉体的な強化は望めなかった。

だがこの鍛練は、確実に自分の精神を鍛えている。

アルファに、精神だと?

 

「・・・ふっ。さぁ、タオナンを起こして朝食の準備だ」

 

自嘲気味に鼻を鳴らし、テイチョスは宿へと入っていった。

パラと相部屋である客室の扉をそっと開け、なるべく物音を立てないように白衣に着替える。

宿泊者全員分の朝食を作ることと引き換えに、宿代を負けて貰っているのだ。

そろそろタオナンと厨房に入らねばならない。

ルビネルとタオナンの相部屋、その扉の前に立つ。

しかしタオナンが出てくる気配は無かった。

普通なら女性の部屋に男が入ることなど倫理的に問題がありそうなものだが、テイチョスはアルファである。

ルビネルは自分をロボットとしてしか見ていないし、タオナンも家族のようにしか思っていない。

問題は無い。

そう判断したテイチョスは二人の客室の扉をそっと開けた。

恐らく寝ているであろうルビネルを起こすまいという配慮だった。

 

「ッ!!?」

 

ルビネルと目が合った。

静かに寝息を立てているタオナンと、そのタオナンの微かに開いた桜色の唇に指を這わせていたルビネル。

 

「そ、そろそろ起こそうかと、ね」

 

ルビネルらしくもない慌てた物言いだった。

ノックも無しに扉を開けたことを非難されるかとも思ったが、本人はそれどころではないようだ。

 

「さぁタオナン、朝食の準備に取り掛かろう」

 

「ふえぇ・・・っくあぁぁぁ~・・・んにゃ・・・」

 

間の抜けたあくびと共に上半身を起こすタオナン。

すごい寝グセだ。

それに・・・。

単に寝相が悪いというだけでは済まされないほど着衣が乱れているのはルビネルの仕業だろうか?

 

「ワタシは先に厨房へ行っている。早く来てくれよ」

 

テイチョスは体温の上昇を感知し、早急に冷却すべく厨房へと急いだ。

食材の下処理がほとんど終わったあたりでタオナンがやって来た。

今これからタオナンが行う調理は、彼女にとって初めての経験となる。

「注文者」が目の前に居ない状態で作る料理なのだ。

すぅっと息を吸い、ゆっくりと吐き出してから、タオナンの調理が始まった。

評判は上々だった。

宿屋の専属コックからも、朝食を食べた客たちからも、タオナンには称賛の声が掛けられた。

 

「寝グセのお嬢ちゃん、良い腕してるな!ウチで働かないか?」

 

「あなたのお料理、とても美味しかったわ。それにしてもすごい寝グセね」

 

「お姉ちゃん!すっごく美味しかったよ!寝グセも面白いし!」

 

今日の昼には、料理コンテストの主催者であるメラーンにオクトパスホールドベイクボール、OBBを振舞うのだ。

その前の準備運動にでもなればと思っての朝食作りであったが、期待以上の出来栄えとなった。

ルビネルとパラも、タオナンの作った朝食に歓喜していた。

 

「貴女、やっぱりすごい料理人なのね。寝グセはヒドイけど」

 

「こんなに美味しい朝食、ぼく生まれて初めてだよ!あとそれ寝グセなの?」

 

メラーンの計らいで、タオナンたちは料理コンテスト会場周辺の屋台の一軒でOBBを供出することになっていた。

そこにメラーンが客として来るという約束だ。

 

「さぁ!コンテスト会場の広場に行こうか!」

 

「タオナン、君はまず寝グセを直すべきだ」

 

一行が会場に到着すると、コンテストのステージはすでに臨界のボルテージに包まれていた。

料理人同士の気高いプライドと今まで磨いてきたスキルが火花を散らしてぶつかり合うクッキングバトル。

それぞれが命を賭けて集めた食材を最高の状態で提供するために魂を削る男たちの共演、狂演、凶宴。

タオナンはため息をついた。

 

「あーあ、アタシもあんな料理、したかったなぁ~!」

 

しかしその声には張りがある。

決して残念がってばかりでは無いようだ。

自分の役割をきちんと理解している。

 

「さってと、じゃあアタシの絶品OBB、いっちょ作ってやりますかー!」

 

元気よく開店宣言をしながら腕まくりをするタオナン。

半球状に窪みのある特殊な鉄板に火を入れるテイチョス。

食材が入った容器を順に開けていくルビネル。

屋台の前を行き交う通行人に声を掛けるパラ。

 

「奇跡の大蛸レイオクトを使った究極のグルメだよー!」

 

その呼び込みに興味を持った数人が屋台の前に並んだ。

OBBが焼けるその芳ばしい香りが客の鼻腔を刺激する。

そして一人目の客が、焼き立て熱々の球体をその口へ、運んだ。

 

「ぶるるるるううゥゥぅぅああああぁぁァァーッ!!!!!」

 

客は口から虹色の光線を撒き散らしながら、少しだけ宙に浮いた。

そして光が収まると、ボロボロと泣きだした。

 

「こ、こんなに美味いものを食べたのは初めてだ・・・俺、改心するよ・・・」

 

そう言いながら客は通りすがりの警察官に自分を逮捕するよう頼んだ。

ここ最近この近辺で起きている空き巣は自分が犯人だと言いだした。

タオナンが焼くこのOBB、実はトンデモナイ代物であった。

生地に使われている極小麦マイクロウィートは、挽かずに粉として使用されている。

通常であれば小麦の細胞が破壊された状態で粉になるが、マイクロウィートはその粒子ひとつひとつが小麦の粒なのだ。

それが人の体内に摂取されれば激しい拒絶反応が起こる。

異種タンパクの侵入を察知した免疫細胞が全力でマイクロウィートを攻撃するが、しかしこの小麦の防御力、攻撃力は並大抵ではない。

肉体が細胞レベルで崩壊を始めてしまうのも無理は無いのだ。

だがそのマイクロウィートのつなぎとして使用されているのはライフル卵である。

あの超再生を促す回復力の塊が、崩壊した細胞を瞬時に蘇らせる。

つまり、このOBBを食べると一瞬にして全細胞が死に、そして復活するのだ。

生まれ変わると言っても過言ではない。

完全にリフレッシュされた肉体が次に味わうのは奇跡の大蛸レイオクトである。

遭遇自体が奇跡と呼ばれるこの蛸には、文字通り奇跡が付いて回る。

体表に現れている7色の斑模様は、その効果が7通りであることを示している。

・改心の青

・覚醒の紫

・開眼の黄

・快楽の赤

・活性の緑

・幸運の橙

・謎の黒

どの効果が現れるかは人それぞれであるが、どれも激烈な影響が出る。

タオナンは客の様子を窺い、材料の分量などを微調整して発現する効果を限定したかったのだが、しかし今はこれで良いと思っている。

 

「美ぅー味ぁぁーいィィーッ!!!なんだ!?足が、足が動くぞ!」

 

車椅子に乗っていた客がすっくと立ち上がり、自分の足で歩き出した。

やはり、その人に必要な効果がおのずと現れているように思う。

今までの自分の気負いや思い込みは、もしかしたら余計なお世話だったのかもしれない。

気が付くとタオナンの屋台には大勢の客が並んでいた。

 

「すごい人気ね。さすがだわ」

 

そこに現れたのはメラーンだった。

約束通り、タオナンのOBBを食べに来てくれたのだ。

 

「最近、少し肩こりがあるのよ。それが治ったら嬉しいわ」

 

そう言いながらOBBを食べたメラーン。

舌に乗せただけで口全体に広がる風味が鼻に抜け全身を駆け巡る。

軽く歯を当てただけでとろける生地が口内に流れ込んできた。

その瞬間。

メラーンは、黒い光に、包まれた。

料理コンテスト失格当日

あけましておめでとうございます、坂津です。

こちらのオモシロ企画に乗っかったお話です。

pfcs.hatenadiary.jp

 

このエントリの続きです。

料理コンテスト失格まであと3日 - 『かなり』

料理コンテスト失格まであと2日 - 『かなり』

料理コンテスト失格まであと1日 - 『かなり』

ちなみにこの話のあと、実は「失格翌日」に続きます。

 

 

▽登場人物▽

・タオナン

人間の女性。キスビットの王都、エイ マヨーカで料理人をしている。巨乳。

・テイチョス

男性型のアルファ(ロボット)。タオナンの助手。実は万能。

・ルビネル(友情出演)

アルビダ(妖怪の一種)の女性。ペンを自在に操れる。百合百合しい。

thefool199485.hatenadiary.com

・勇者パラ(友情出演)

精霊(エルフ)の少年。王様から貰った支度金でエロ本を買う勇者。純粋。

ritostyle.hatenablog.com

・メラーン(料理コンテスト主催者)

栄養学を極めたアスラーンの女性。健康塾で講師をしている。好物はラーメン。

yaki295han.hatenadiary.jp

 

あとキャラクターは出演していませんが設定をお借りしています。

・リーフリィ大陸

・カイザート

yourin-chi.hatenablog.jp

 

※文中で、とあるシーンが飛んでいますがストーリーは繋がります。読まなくても大丈夫。そっちは書いて良いところに書きますので、ここでは非公開です。悪しからずご了承ください。ちなみにタイトルは『料理コンテスト失格よりも先に人として失格まであと数秒』です。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

■決戦!レイオクト!

 

「あー、無理無理。ぼくコレ無理です」

 

極彩色の逞しい触腕に右足を掴まれ、逆さに宙づりとなったパラが絶望感を全面に押し出しながら言う。

 

「いま出会っちゃダメな奴です。完全に設計ミスですよこんなの。初期段階で行けるエリアにボスクラスのモンスターが配置されてるとか意味分かりません」

 

顔色を蒼白にしてボソボソと呟くパラ。

最後にセーブしたのいつだっけな~という謎のウワゴトが、ひんやりとした洞穴の壁に反響している。

しかしタオナンは違った。

まさか本当に出逢えるなんて。

レイオクトとの遭遇率がどれだけ低いかは、事前にテイチョスから嫌と言うほど聞かされていた。

正直、制限時間いっぱいまで粘っても遭遇できなければ他の蛸で手を打つしかないとも思っていた。

だがタオナンが目指す究極のOBBを完成させるには、レイオクトは絶対に必要な食材だった。

その額に流れる汗は、強敵と対峙したときに感じるプレッシャーからだろう。

しかしその恐れを遥かに凌駕する歓喜が、タオナンを支配していた。

 

「ルビネルさん!テイチョスを呼んで来てくださいッ!!」

 

そう叫ぶと同時に、タオナンはレイオクトめがけて飛び出した。

パラを捕えている触腕に鋭い蹴りを放つ。

実はタオナン、幼い頃からテイチョスに武道を習っていた。

もちろん本格的な指導では無いが、それでも素人の喧嘩レベルよりも数段上の格闘が可能である。

リーフリィ大陸にあるカイザートという戦闘部族の街。

その部族長が開く道場の師範代から直接指導を受けたことがあるテイチョスが、護身用にと教えたものだった。

街のゴロつき程度であれば一撃で沈められる会心の蹴撃はしかし、小気味の良いインパクト音とは裏腹に、レイオクトの逞しい触腕にはまるでダメージが無いようだ。

しかし蹴りを受けたことによる影響なのか、レイオクトの触腕は更にきつく締まることとなり、パラはその痛みで失神してしまった。

 

 

 

「一人では無理よ!私も・・・」

 

スカートの裾をたくし上げ、呪詛を使おうとしたルビネルだったが、それはタオナンの力強い言葉によって遮られた。

 

「大丈夫!・・・ルビネルさん、テイチョスを呼んできてください」

 

「分かったわ・・・」

 

「料理人が、食材に負けるわけ無いじゃないですか」

 

圧倒的に強がりだった。

その実、タオナンの足は震えていた。

先ほどの蹴りは、これまでの人生でも経験が無いほどの出来だった。

巡りあうこと自体が奇跡と呼ばれる食材を前に、自分のポテンシャルを最大に発揮した攻撃だったのだ。

力、タイミング、スピード、どれを取っても最高の一撃だったそれが、まるで意味の無いものだと思い知らされる絶望。

歓喜から一転、底の無い絶望に叩き落とされてしまった。

どう足掻いても勝てない。

しかしこのままルビネルも一緒にやられる訳にはいかない。

パラは・・・申し訳ないがこの際、仕方ない。

 

「すぐ戻るから!」

 

ルビネルはタオナンの絶望と恐怖に気付いていた。

口では強がりを言いながら、その表情は明らかに死を覚悟したものだった。

それに体の震えも、あれは武者震いなんて言葉では片付けられない。

そんな状態のタオナンが放った言葉だからこそ、言う通りにせねばならないと思った。

それにこの狭い洞穴内ではルビネルの呪詛でレイオクトと戦うのは分が悪い。

現状の最善策は、タオナンが回避に徹しつつ洞穴の出口付近までレイオクトを誘導し、それに合わせてルビネルがテイチョスを連れてくることだろう。

 

「さて・・・あなた、すごい色だけどお刺身でも食べれらるの?」

 

駆け出したルビネルを見送ったタオナンは、脇腹のホルスターから包丁を抜きつつ、レイオクトに向かって言った。

もちろん奴が人語を理解するとは思っていない。

これは自分が冷静さを取り戻し、理想的に動けるコンディションを作る為の発声だった。

見せかけの軽口を叩いたところで全身から吹き出す汗は止まらなかったし、震える両膝は今にも崩れ落ちそうだった。

しかし、先ほどの言葉は自分の矜持でもある。

料理人が食材に負ける訳にはいかないのだ。

レイオクトとの戦闘レシピはこんな具合だろうか。

プライド(料理人としての)・・・少々

培ってきた技術・・・大さじ2

スピードでは上回っていそう・・・小さじ1

テイチョス早く来て・・・ありったけ

 

「って・・・いつまでも他力本gッッッ!!!!?」

 

タオナンが警戒していたのは目の前のレイオクトだけである。

よもやこの極彩色の大蛸が“つがい”で居ることなど、予測しようが無かった。

 

ルビネルは歯噛みしていた。

自分の呪詛はペンを操る能力だが、それは閃き次第で無限とも言える汎用性を備えている。

今回も、8箇所同時に小さなターゲットへ打撃を与えるという役目に対し、容易くは無いがそこまで困難でも無いと思った。

しかしこんな薄暗く狭い洞穴内というロケーションは完全に想定外だった。

脳裏に焼きついている先ほどの光景で、レイオクトの触腕の先端が確認できたのは、パラを捉えている1本だけだった。

残りは洞穴内を足場と並行する海水の中、そして巨大な胴体の後に隠されており、視認することはできなかった。

 

「油断したわ・・・」

 

悔やんでも現状は変わらない。

今はとにかく最善策を最速で遂行しなくてはならない。

ルビネルの視界に洞穴の出口、その光が入った時だった。

遥か後方、洞穴の奥部から絹を裂いたような悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

「キャアアアアァァァァァーッッッ!!!!」

 

間違いなくタオナンの声だった。

ルビネルの足は反射的に壁を蹴った。(0.01秒)

直進していた体が斜めに軸移動し、目の前の岩を更に蹴る。(0.14秒)

その先のひときわ高い岩に足を掛けた。(0.66秒)

最後に天井を蹴って伸身宙返りの要領で反転する。(1.08秒)

緑黄色の試験管と万年筆を2本ずつ、太腿のベルトから抜き取る。(1.22秒)

着地と同時に試験官が岩場で割れ、万年筆がふわりと浮く。(1.43秒)

胸ポケットからメモ帳を取り出して放り投げる。(1.99秒)

ルビネルは一瞬も止まること無く、洞穴の奥の暗闇へと走った。

 

「あんな可愛い娘、放っとけないじゃない・・・」

 

今来た道を先ほどよりも更に疾く駆け戻るルビネル。

折り返した場所では2本の万年筆が超高速で自動的に動き、メモ帳に文字を書き連ねていた。

『EncountRayoct』『EncountRayoct』『EncountRayoct』メモ帳の全ページの全行に、小さな小さな文字で書かれる『レイオクトと遭遇』の文字。

2本の万年筆はそのままメモ帳を挟んで飛行し、洞穴を出て急上昇した。

そして空中で散開し、そのペン先でメモ帳を縦横無地に切り裂く。

まるで紙吹雪のように小さな紙片の全てに、レイオクトとの遭遇が記されていた。

 

「ッ!!!!?」

 

ほんの一時の時間すら惜しいはずのルビネルがその足を止めたのは、あまりにも異様なものに遭遇したからであった。

こんな場所で、絶対に出逢うはずのないものだった。

 

「・・・あなた、何者?なぜこんなところに居るの?」

 

ルビネルはそっと、右手を腰の後ろに回しながらジリジリと間合いを測った。

ガーターベルト式のペンホルスターから、ボールペンと試験管を1本ずつ抜き取る。

しかしルビネルの問い掛けに、答えは返ってこない。

 

「答えなさい!なぜ貴女のような妊婦がこんなところに居るの!?」

 

強い口調で詰問された女は、そのはちきれんばかりの腹部を重そうに両手で抱えながら一歩、ルビネルに近付いた。

そして両目から大粒の涙をこぼし、うわ言のように呟き始めた。

その瞳はルビネルを見ているのかどうか定かではない。

 

「た、たすけ・・・も・・・いや・・・いや・・・」

 

助けを求めている様子ではあるが、しかし異様過ぎる。

安易に相手の間合いに入るわけにはいかない。

時間にすればほんの一瞬だっただろう。

ルビネルが逡巡するそのとき、女が叫び声を上げた。

 

「いやあぁぁぁー!!もういやあァァァーッ!!!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

ココカラはココでは書けないヨッ!

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

■ライスランドへ

f:id:sakatsu_kana:20170403205848j:plain

 

クルーザーの船室で目を覚ましたパラは、まず自分が生きていることを確認した。

頬をつねってみたが、ちゃんと痛かった。

ここが洋上であるということは、教会でお金を払って蘇生してもらったわけではなさそうだ。

船室の扉から見える甲板では、ほぼフラット状態まで倒されたリクライニングチェアにその身を預け、恐らく眠っているであろうルビネルが確認できた。

その向こう側では、タオナンが包丁を使って何かの食材を捌いている。

操舵室に窓からはクルーザーを操縦するテイチョスの背中が見えた。

最後に自分の右足に目をやる。

くっきりと、締め付けられた痕が残っていた。

夢では無かった。

 

「あ、パラくん!目が覚めたんだね!」

 

船室から甲板へ上がって来たパラの姿を見付けたタオナンが声をかける。

顔はパラに向いているものの、その手は止まること無く処理を続けている。

なんとも素早く、そして丁寧な包丁捌きだ。

そのタオナンが捌いているモノを見て、パラはあれが現実だったのだと改めて思い知ることになった。

まな板の上にあるそれは、極彩色の蛸、レイオクトだった。

しかもその幼生。

大きさにして握りこぶしの半分ほど、そんなレイオクトの幼生が数十匹も積まれているのだ。

 

「まさかあそこが、レイオクトの巣だったなんてね」

 

「しかも産卵専用のプライベートスポットだったようね」

 

背後からの声に驚きパラが振り返ると、眠っていたはずのルビネルがリクライニングチェアに腰掛けていた。

戦闘によるものだろう、一度裂けてしまったスカートを腰の部分で結んだように身に着けている。

大胆なスリットと言えば聞こえは良いが、そう表現するのが憚られるほど傷んでいる。

とこどろころ破れ、汚れている。

タオナンの白衣にしても同様だった。

 

「あの、ぼく・・・何と言ったら良いか・・・」

 

「ごめんね!グランピレパに寄ってる時間が無いの!料理コンテストが終わったら送ってあげるから、ね?」

 

言葉を選びながら、しかし何と声を掛ければ良いのか分からないパラに対し、タオナンは明るく言い放った。

 

「それに貴方もタオナンのOBB、食べたいでしょ?」

 

ルビネルもだ。

冗談めかした物言いで、含み笑いすら込められている。

パラは不思議だった。

あの洞穴での出来事。

レイオクトとの激闘で、彼女たちがどんな目に遭ったのか。

あんなことがあってなお、人はこんなに明るく振舞えるものなのだろうか。

 

「おねいさん、その・・・大丈夫、なの?」

 

質問の意図がよく分からない二人。

しかし戦闘中に気絶していたのだから事の顛末を知らなくとも仕方が無いと言える。

怪我などを心配してくれているのだろう。

 

「最後はパラくんにも助けられたし、結果オーライだね」

 

自分が助けたとは、一体どういうことなのだろうか。

まるで状況が分からないが、しかしここで詳細を尋ねることが地雷を踏むことになりそうで、パラは怖かった。

愛想笑いで何となく返し、船室へと戻った。

 

 

話は逆戻る。

ルビネルがテイチョスを呼びに行ったあと、タオナンは健闘した。

健闘、善戦、という言葉には逆説の接続詞が続くことが多い。

善戦したが・・・健闘空しく・・・。

タオナンもまさにそれを体現したような展開だった。

包丁で表面を切り裂いたところで、レイオクトには大したダメージにはならなかった。

それどころか逆に怒りを増長させることになり、足を掴んでいるパラを振りまわしてタオナンに攻撃を仕掛けてきたのだった。

一方その頃、洞穴から出たルビネルはテイチョスのクルーザーに向けてペンを射出し、首尾よく彼を呼び戻すことに成功していた。

テイチョスとルビネルが戦闘エリアに戻ってきたのは、タオナンが艶めかしい触腕に絡みつかれた直後のことだった。

 

「アハハ・・・捕まっちゃった・・・」

 

その言葉を最後に、タオナンは気を失ってしまった。

恐らくは触腕による締め付けが呼吸器官を圧迫しているのだろう。

この状況が長く続けば命に関わる事態になりそうだ。

ルビネルがその洞察力を全開にして呪詛発動のタイミングを計っていると、隣からものすごい殺気を感じた。

テイチョスからである。

 

「え?・・・ち、ちょっと・・・?」

 

ルビネルが驚くのも無理はなかった。

テイチョスが、割れているのである。

二本の足が前後に割れ、四本足になった。

上半身を前屈し、頭部が胴体に引っ込み、代わりに砲筒が生えている。

『万能調理助手テイチョス マイクロウェーブモード』である。

砲弾のようなものが発射されることは無かった。

ヴーンという低い音が、テイチョスから発せられている。

と、ふいにレイオクトが苦しむように暴れ始めた。

次の瞬間、タオナンを捕獲していた触腕の付け根部分がブクブクと盛り上がり、そして破裂した。

何が起こっているのかは不明だが、ルビネルは考えるよりも早くタオナンへ駆け寄り抱き起こした。

それを確認したテイチョスは素早く人型へ戻るとタオナンを抱き上げた。

 

「早く出ましょう」

 

レイオクトはのたうちまわり、洞穴の壁に激突している。

もしかすると崩れてしまうかもしれない。

 

「彼は?」

 

ルビネルの問いに、テイチョスはさらりと答える。

 

「残念だが手遅れだな」

 

ルビネルと、タオナンを抱えたテイチョスが洞穴から脱出した直後、奥の方から崩落が始まったらしい。

落石に押し出される海水が洞穴の出口から吹き出すように溢れている。

 

「まぁ、なんて子・・・」

 

ルビネルはそう言うが早いか、緑黄色の試験管を岩場に叩きつけて割り、ボールペンを二本波に向かって飛ばした。

ペンが連れ帰って来たのは恐らくパラらしき物体だった。

と言うのも、パラらしきその物体には、極彩色の小さな蛸が無数に貼り付いていたのだった。

 

 

■ステージにて

 

「だから、アタ・・・オレの料理を食べるのは誰かって聞いてんだよ!」

 

運営スタッフと揉めているのは、他ならぬタオナンだった。

結局のところ、サラシをキツめに巻き、男性用の白衣とコック帽という姿で臨んだコンテストだ。

受付時刻ギリギリで会場入りを果たしたタオナンは、しかしその場で調理行程を進めることは無かった。

最低限の下処理だけを施した食材と調理器具をセッティングしたところまではすこぶる手際が良かったのだ。

他の料理人たちが自慢の食材を次々と調理していく中、タオナンだけは腕組みをしたまま頑として動かなかった。

 

「審査員が誰だろうと関係ないだろう!早く調理を開始しないと失格だぞ!?」

 

語気を荒げる運営サイド。

剣術大会が盛んなこのライスランドでは、このような催しの運営も手慣れたものだった。

主催側はスムーズな進行を促す為に、参加者をコントロールする必要がある。

しかしそれは、タオナンをますますヒートアップさせることとなった。

 

「アンタ、アタシを馬鹿にしてんの!?料理は人に食べてもらってナンボでしょ!?誰が食べるかも分かんないで作れるわけ無いじゃない!」

 

これは、タオナンの理念だった。

食べる人の顔を見て料理を作る。

その人を想いながら調理をする。

同じ料理を同じレシピで同じ味に仕上げるのなら料理人など不要、というのがタオナンの考え方だった。

医者、とまで言ってしまうのはおこがましいとは思うけれど、それくらいの覚悟と意思を持ってタオナンは調理場に立っていた。

その人の今この時、それに合う調理をしてこそ料理人である。

 

「食べてくれる人が分かんないで作るなんて、有り得ないわ!断食明けの人にステーキなんて食べさせないでしょ!?お医者様の診断、スタイリストさんのコーディネート、どれも相手に合わせるから活きるじゃない!料理だって同じなのよ!なんでそれが分からないの!?」

 

もう自分が男として出場していることなど忘れ去ってしまっている。

応援席にいるテイチョスが手を額に当てて首を振る。

ルビネルは、初めて見るタオナンの激情に触れ、背筋を走るなにかを感じた。

パラは会場周辺に乱立している出店の様々なグルメを次々と胃に収めていた。

 

「あなたの言うことは正しいわ、半分ね」

 

会場に凛とした声が響き渡った。

決して怒鳴るような声では無いが、しかし有無を言わさない強さと迫力があった。

運営スタッフもタオナンも、ピタリと動きを止めた。

 

「料理に対するあなたの理念は理解します。とても素晴らしい。けれど・・・」

 

声の主は女性だった。

美しい金髪と切れ長の目、健康的でつややかな肌。

誰しもが間違いなく美人と称するこの女性こそ、今回の料理コンテストの主催者である、メラーンだった。

彼女は25歳の若さで栄養学を極め、レカー城塞都市にある健康塾で講師を務めている。

 

「それは料理の全てでは無いわ。一側面でしかないの」

 

メラーンはゆっくりと歩き、調理が行われているステージに上がった。

そしてまるで、駄々をこねる子供を諭すように言った。

 

「あなたの目の前に、飢餓に苦しむ人々が何百人も居たとします。あなたは料理人としてどうすべきかしら?」

 

「く・・・」

 

「当然、大鍋でたくさんの料理を一度に作って提供するわね?一人ひとりに合わせて調理していたのでは、順番が回ってくる前に餓死してしまうわ」

 

メラーンは説いた。

タオナンの信条は、物心共に豊かな環境だからこそ可能であること。

世の中には限られた環境、限られた食材、限られた器具でしか調理できないシーンも数多存在すること。

ここはコンテスト会場であり、調理にはルールが存在すること。

 

「アタシが・・・間違ってました・・・」

 

タオナンは俯き、泣いた。

自分が考える調理論を至高と思い込み、とても視野が狭くなっていたことを思い知らされた。

言われてみれば当たり前のことなのに、まるで気付かなかった。

頑なに反発していた自分が子供じみていて恥ずかしい。

 

「それに」

 

メラーンは続ける。

今はもう何を言われても仕方ない。

 

「貴女、女の子ね?このコンテストは男性料理人限定よ。残念だけど、貴女は失格だわ」

 

「・・・はい」

 

タオナンは静かにステージから降りた。

観客たちは水を打ったように静まり返っていた。

それでもステージ上の料理人たちは調理を続けていた。

何が起ころうとも自分の料理を完成させる、それも料理人の矜持なのだ。

包丁がまな板を打つ音、肉が焼ける音、湯が沸く音だけがステージ上に響く。

 

「さぁ!みなさん!大会が終わったわけじゃありませんよ!むしろこれからッ!」

 

メラーンの声が響き渡ると、途端に観客たちのボルテージが上がる。

どうやらカリスマ性というやつが、この女性には備わっているらしい。

審査員席へと戻りつつ、メラーンは舞台を降りたタオナンとすれ違う。

 

「コンテストは失格だけど、貴女の料理には興味があるわ。あとでご馳走してくれない?」

 

「・・・ハイ!」

 

涙を拭くタオナンの顔は、晴れ晴れとしていた。