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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

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結果と過程、どちらも評価の対象にする派はどのくらい居るの?

思ったこと

どうも、坂津です。

パズドラで初めて課金してしまいました。ずーっと無課金でやってきたのですが。

まぁ長い期間無料で楽しませてもらっていたので、ちょっとしたお礼ということで自分を納得させているのですが、一度やってしまうと次回のハードルって一気に下がるんですね。

「もう一回くらい良いか」

という身の毛もよだつような恐ろしい考えが脳裏をよぎることもありました。

「簡単に決済できる」「お金を使っている感覚が無い」という悪魔が考案したのかというような仕組みにハマってしまわないよう、強く自分を戒めています。

 

 

 

結果だけが全てで、過程は関係ないという言葉をよく耳にします。

そんな言葉を使うひとほど、実は過程にうるさかったりします。

 

車の点検をしてもらって、整備士が

「ここが壊れてますね。直すと5,000円かかりますけど、どうします?」

と聞かれたら、じゃあお願いしますと修理の依頼をするくせに、

 

「ここ、壊れてたんで直しときました。5,000円です。」

と言われたら激怒する。

 

なぜ事前に了解を得ないのか、と。

 

金額が発生するような作業をオーナーの了解も得ずに進めた挙句に請求するなんてトンデモナイ、ということでしょう。

 

ごもっともです。

 

私もそう思いますよ。

 

でも、だったら過程が大事なんでしょと。

 

「もしかしたら修理を頼まなかった可能性があるにも関わらずそれを無視した」

 

ということは結局、過程ですからね。

 

 

繰り返しますが、結果がすべてで過程には興味を示さない人ほど、自分が関係する件については手順を重んじる。

 

テラウザス。