『かなり』

干支に入れてよ猫

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自由とは

どうも、坂津です。

あなたは自分を自由だと思いますか?

日常の中の行動が、自分の意思で決定されていると思っていますか?

自分が自分の意思で決定しているつもりでも、実は誰かの意図によって操られている可能性があるとは、思いませんか?

 

例えばおにぎり。

こういうおにぎりが有ったとします。

呼び名はおむすびでも握り飯でも何でも構いません。

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このおにぎりを食べるとき、あなたは最初の一口をどこから食べ始めますか?

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こうでしょうか?

大半の人がこのように食べるのではないかと、私も思います。

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もしかするとこのような食べ始めを敢行する猛者も存在するかも知れません。

しかし、よく考えてください。

何も三角形の頂点から食べなければならないなんて決まりは、無いんですよ?

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こうやって食べ始めたって構わないハズなんです。

しかし我々のDNAには『三角おにぎりは角からかじり付く』という原則が書き込まれてしまっています。

私たち人類は、三角おにぎりを辺から食べることを、許されていないのです。

 

ですがそれでも三択です。

どの角から食べるかを選ぶ自由は残されています。

 

が、しかし。

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海苔。

たった1枚の海苔によって、人類に与えられた3つの選択肢のうち2つが一瞬にして消滅してしまいます。

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どう足掻いてもこうやって食べ始めることしかできないじゃありませんか!

『おにぎりは海苔が貼付されている辺が下側』という宇宙の法則にも等しい絶対論理が存在しているこの世界で、誰がこれ以外の食べ始めを実行できると言うのでしょう。

これはつまり『おにぎりに海苔を添付した人物によって食べ始めの位置を操作されている』という事実を示しています。

我々に!

自由など!

存在していなかったのです!!

 

なんてことを、皿の上でおにぎりをぐしゃぐしゃに崩して『おかず乗せごはん』に戻してから食べている息子を見ながら妄想しました。

自由って、加齢と共に失われていくものなんだなぁ。