『かなり』

干支に入れてよ猫

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教育の責任を学校に押し付ける親も存在する

どうも、坂津です。

学校教育について、履き違えている人が一定数いるようです。

義務教育だろうが何だろうが、学校という場所で行われる教育は『人間に必要な教育のごく一部』です。

間違ってはいけないのは、学校に対して『度を越した教養を求めてはいけない』ということ。

学校で教えるのはあくまでも『知識』であって、それを身に付け自身の基礎を築く『教養』とは違うのです。

教養とは、知識を習得することによって養われる心の豊かさのことなのです。

もちろん基本的な道徳とか倫理とか社会のルールなどはカリキュラムの中に入っています。

しかし『道徳観』『倫理観』など『観』の部分を子供に根付かせるのに、現在の1対多数の形式では無理があります。

例えば『いじめはダメ』という教育は『1+1は2』を教えるのと同じように行われます。

すると子供は『世の中にはいじめがダメというルールがある』という覚え方をするのです。

これは単純な知識であって、教養、まして観ではありません。

観とはすなわち『本質の理解』であり、言い換えるならば『それをどのようなものとして捉えているか』なのです。

分かりやすく言えば『価値観』が近いかも知れません。

知識が食材や調理法だとすれば、価値観は味覚と言えるでしょう。

どんな食材も調理法も、完成した料理を美味しいと感じられるかどうかは味覚によって決まります。

そして子供の味覚を育むことができるのは学校ではなく、それぞれの家庭なのです。

 

かと言って家庭での教育が重要で、学校の教育は瑣末なんてことはありません。

教員免許を取得した教育のスペシャリスト、つまり先生の授業は非常に貴重で有難いものです。

要は、学校と家庭の両輪が揃って初めて本物の『教育』になるんだということ。

これを忘れずみんなが肝に銘じておけば、学級崩壊なんてことも起こらないと思います。

学校が学校として機能できない状態を学校側だけの責任問題に仕立て上げることは、めぐりめぐって子供に悪影響となって返ってきます。

学級崩壊の一番の被害者は学校でも先生でも保護者でもなく、子供です。

 

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  • 発売日: 2020/07/09
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