『かなり』

干支に入れてよ猫

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軽薄な評価を受けたらこう考えよう

どうも、坂津です。

自分で考えたストーリー、世界観、キャラクター、トリック、描写技法などなど、創作活動をやっていると色々なオリジナルが生まれますよね。

これは絵や文、立体造形物や手芸作品、音楽、3Dモデリングなど、ジャンルを超え全ての創作に言えることです。

で、それらの作品は自分一人で楽しむだけでなく、大抵の場合は第三者の目に触れるように公開されます。

現在はSNSをはじめ、作品を公開できるツールやコミュニティが多くあり、手軽に気軽に自作品を公開し、閲覧者から評価を受けることができます。

逆に言えば、例えその作品が所属する界隈に明るくなくても、誰もが手軽に気軽に、そして安易に『他者の作品を評価できる』世の中なのです。

 

さて、世の中には、せっかく素晴らしい作品を創出しているにも関わらず、それを公開することによって起きた他者からの反応、つまり他者からの評価が原因で精神的なダメージを負うケースがあまりにも多いように思います。

先にも言いましたが、現在ではどこの馬の骨とも知れない奴が作者や作品に対する敬意も無いままに安易で軽率な発言をすることが可能な状態です。

こういう薄っぺらい評価のせいで創作者の心が摩耗するのは非常に残念で、勿体無いと思います。

ただ「気にする必要はない」と言われても、気になっちゃうものはどうしようもないことでしょう。

そこで、なぜ他者の(くだらない)評価が気になっちゃうのかの、メカニズムだけ理解しておいてほしいと思います。

 

私たち人間には視点の上下関係という感覚があります。

例えば、自分が自分自身より上に見ている存在からの指摘はすんなり受け入れられるのに、下に見ている存在から全く同じ内容のコメントを貰っても、素直に許容できないというやつ。

性格によっては逆に、自分より上だと思っている人からのアドバイスを受け入れ難い人も居るでしょう。

自分と同等の存在からの助言しか耳に入らないということも。

 

で、さっきの話。

本来なら気にする必要の無いような評価まで気にしてしまうことの根本は『自己評価の低さ』にあるのです。

もっと簡単に言えば『自信の無さ』でしょうか。

外野から飛んでくる的外れな暴言についていちいちくよくよしてしまうのは、つまり自分の作品や技術や経験などに自信が持てていないから。

大事なのは薄っぺらい評価の内容ではなく、それを気にしている自分には、まだ自信が足りないんだという自覚なのです。

なので自信が持てるようになるまで創作を続ければ良いのです。