どうも、坂津です。
これはとある少年に訪れた試練のお話です。
時は1995年1月、少年は17歳で絶賛思春期中。
成人の日の振り替え休日を加えた三連休という遊びたい放題のタイミング。
しかし少年はインフルエンザに
15日の夜から喉に異変を感じ、振り替え休日だった16日の月曜日には身体の節々が痛くなっていました。
容赦無く襲い来る高熱に意識は朦朧とし、食欲もありません。
当時は特効薬的なものも無く、ただただ耐えるしかないのがインフルエンザでした。
そして丸1日、寝ているのか起きているのか分からない状態でベッドに横たわったまま朝を迎えました。
朝と言ってもまだ暗い早朝。
久しぶりにきちんと意識が覚醒している気がします。
ただし覚醒しているのは意識のみで、熱が下がったわけでもなければ身体機能が回復しているわけでもありません。
今日は17日の火曜日。
平日ですが、これでは学校に行けるハズもありません。
休みが確定したことの嬉しさなど皆無の絶不調でした。
少年は喉の渇きを覚えて起き上がろうとしましたが、全身が重ダルくて動けません。
仕方なく家族が起きて様子を見に来てくれるまで我慢しようと思ったときのこと。
ドドドドド・・・
ゆ゛ッ ゆ゛ッ ゆ゛ッ・・・
突然の激しい揺れ。
家全体が身震いしているかのような。
バタンッ
カコンッ
机の上の小物が倒れたり、床に落ちたりする音が聞こえます。
ああ、地震だ。
けっこう大きいぞ。
少年がそう思った次の瞬間。
パキンッ!
という甲高い金属音に続き
キィィィィ・・・
という聞き慣れたプラスティックが軋む音。
これは、机の最下部にある引き出しを開けるときの音でした。
その引き出しは普段なら鍵を掛けていて、決して開かないハズです。
まぁ鍵と言っても机に備え付けのものではなく、掛金に南京錠という後付けのものでしたが。
元々鍵が付いていなかったこの勉強机に、少年は自身のプライバシーを守るために自分で鍵を取り付けていたのでした。
しかし地震の揺れの振動で掛金をネジで固定していた部分が割れてしまったようです。
しかも揺れの影響で引き出しが出てきてしまったのです。
他の引き出しは何ともないのに、なぜかその最下部だけ。
少年は慌てます。
その引き出しは勝手に開いて良いシロモノでは無いのです。
普段は固く閉ざしていなければならないパンドラの箱。
それもそのはず。
引き出しの中身は、これでもかと詰め込まれた成人指定コミックたち。
こんなタイミングで家族が部屋に入ってきたりしたら大惨事です。
少年はパニック状態の脳で必死に身体に指令を送りますが、思うように起き上がることができません。
高熱と地震によって作り出された窮地には、まだ先がありました。
「すごく揺れたけど大丈夫!?」
部屋の外から母親の声が。
これはもう四の五の言っていられる状況ではありません。
火事場の馬鹿力とでもいうのでしょうか、少年がベッドから起き上がり、母親が部屋のドアを開ける前に動くことができました。
「大丈夫!大丈夫だから入ってこないで!」
怪しさしかありません。
超絶不自然なセリフです。
しかし少年にはそれが精一杯の抵抗でした。
「でも、何か倒れる音とかしたし」
「ダイジョウブ!」
「熱だってまだ下がって無いんでしょう?」
「モンダイナイ!」
「とりあえず明けて?」
「コトワル!」
「なんでそんなに必死なの?」
たぶん2~3分くらいのやりとりだったんじゃないかと思います。
それが少年には数時間にも及ぶ防衛戦に感じられました。
どうにか母親を退散させ、引き出しを元に戻し、少年はベッドに戻りました。
生きた心地がしなかったピンチを乗り越えた後の安堵感によって睡魔の戦闘力は53万を軽く超え、少年は抗うこともなく眠りに落ちました。
しばらくして。
寝汗のベタつきによる気持ち悪さを覚えつつ、しかし少年はハッキリと覚醒しました。
カーテンの隙間から差し込む光は西側からオレンジ色になっています。
どうやら夕方まで寝ていたようですが、そのお陰で熱はすっかり下がっていました。
体も自在に動かせます。
身も心も軽くなった少年はベッドから降り、空腹を満たすために部屋を出ようとしました。
しかし。
勉強机の上に置かれた1枚の紙が目に止まりました。
そこには、こう書かれてあったのです。
引き出しの鍵が壊れていたので直しておきました。
そろそろこの机も替え時かも知れませんね。
あと、漫画ばかりで写真とかビデオが無いのが少し気掛かりです。
母。
少年は、再度ベッドに倒れ込みました。