『かなり』

干支に入れてよ猫

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三人目

どうも、坂津です。

妄想癖のある私ですが、1日のうち最も妄想が捗るのが入浴中です。

特にスカルプシャンプーで頭皮を洗浄しているときは甚だしく妄想してしまいます。

妄想の中身は日替わりで特に何の意味もありませんが、だいたい架空の物語が進行します。

で、通常だと入浴を終えてパジャマを着る頃にはその内容はキレイさっぱり忘れているのです。

ただ、たまに忘れず覚えている妄想劇もあります。

今回はそんな『忘れられなかった物語』を文字にしてみようと思います。

 

 

 

御岐部みきべ おさむは高校1年生。

今日も声を掛けるチャンスを窺っていた。

相手は同じクラスの女子。

委員長の五木いつき 舞莉まりだ。

中学校は別々で、それまで特に面識も無かったこの2人。

しかしおさむは入学式の日、クラス編成が貼り出された掲示板に舞莉まりの名前を見付けてからずっと気になっていたのだ。

とは言え、引っ込み思案で物静かな陰キャおさむにとって、明るく活発で優等生を絵に描いたような舞莉まりは別世界の住人のようで、なかなか話し掛けることができないでいたのだ。

 

しかし、ある日。

まさか夢でも見ているのだろうか。

なんと、舞莉まりの方からおさむに声を掛けてきたではないか。

 

「ねぇ御岐部みきべくん、ちょっと良いかしら?」

 

おさむ舞莉まりに言われるまま従った。

化学準備室にある薬品を授業前に用意するのを手伝って欲しいということだった。

しかし、なぜ自分に?

舞莉まりの為なら喜んで手伝うクラスメイトが大半だろうに。

気になっていたことを伝えるチャンスであるにも関わらず、おさむは降って湧いた好機に戸惑うことしかできずにいた。

先に入るよう促された化学準備室には、棚にたくさんの薬品が並んでいた。

それらをぼーっと見ていると、背後で『カチャッ』と音がした。

施錠された音だ。

慌てて振り返るおさむ

そこには、後ろ手で扉の鍵をかけた舞莉まりの姿があった。

 

「これで、ここには誰も来ないわ」

 

そう言うと舞莉まりは、今まで見せたことも無いような冷徹な目をおさむに向けた。

 

御岐部みきべくん、あなたも気付いてるんでしょう?」

 

抑揚がほとんど無い淡々とした口調で問われた内容に、おさむは首をかしげることしかできない。

 

「な、何のこと?」

 

「とぼけないで。始業式からこっち、毎日ずっと私の方をチラチラ見てたでしょ? ねぇ、あなたも気付いているんでしょう?」

 

ズイと一歩近付く舞莉まりに対し、おさむは反射的に一歩退いてしまう。

まさか、まさか彼女も自分と同じように、自分のことを気にしていたのか?

 

「良い? 絶対に人に言っちゃダメだからね。これはあなたと私だけの秘密よ」

 

おさむは確信し、そして約束した。

自分が彼女を気にしていたように、彼女も自分を気にしていた。

だがそれは絶対に人に知られてはいけない極秘事項。

このことは誰にも気付かれてはいけないのだ。

 

おさむ舞莉まり、お互いが運命共同体であると確認し合ってから数日後、クラスに転校生が来た。

ひょうきんな印象のその男子が黒板に名前を書いたその時、おさむ舞莉まりは息を飲んだ。

 

「どうも~、俺は後基うしろもと 武利たけとしって言います。乙女座のAB型で趣味は映画鑑賞です」

 

武利たけとしはいかにも軽薄そうな口調で自己紹介を始めた。

そして、おさむ舞莉まりが最も恐れていたことを、いとも平然と言ってのけた。

蒼白になるおさむ

悲嘆に暮れる舞莉まり

今まで友人達にバレないように気付かれないように生きてきたというのに。

武利たけとしの発言によって芋づる式に発見されるのは時間の問題と思われた。

彼はこう言ったのだ。

 

「俺の名前、音読みすると“ゴキブリ”になるけど、それでイジるのは勘弁してね」