『かなり』

すっかり夏。

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東京に住んでいたとき

どうも、坂津です。

以前東京に住んでいたときのことです。

 

借りてたアパートと職場の往復が、そのまま中野ブロードウェイ秋葉原を往復しているような位置関係だったため、幸福な毎日を送っていました。

オタクに優しい街、東京。

そんな錯覚と幻覚による夢見心地は、ほんの数日しか継続しなかったのです。

 

上京してまだ1ヵ月も経っていない頃の私は、帰宅後に自宅周辺をぐるぐる散歩するのが楽しみでした。

なにせ地方と違ってお店だらけ。

どんなに細い路地に入ったって必ず何らかのお店があるのです。

呼び込みもスゴイ。

一本の通りを抜けるまでに何回「お兄さん」と声を掛けられることか。

 

そんな、ある夜。

 

仕事を終えて一旦帰り、私服に着替えていつものようにブラブラと散歩しつつ適当に入った中華料理屋さんで晩御飯を堪能したあとのこと。

確か時間は23時くらいだったと思います。

私が住んでいるアパートの隣のアパート、その二階に上がる階段に人が倒れていました。

 

驚愕です。

 

とんでもない場面に遭遇してしまったと慌てふためきつつ、まずは生きてるかどうかを確認せねばなりません。

光量の足りない街灯にぼんやりと照らされていたのは、スーツを着た女性でした。

詳しく見たわけではありませんが、血が出てるとか傷があるとかそーゆーんじゃない感じです。

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「あ、あの・・・だ、だ、だ、大丈夫ですかっ!?」

 

私は勇気を振り絞り絞り絞り絞って、声を掛けました。

 

「・・・ぅ・・・ん」

 

すると女性はゆらぁ~っと上体を起こし、ゆっくりと私の方を向きました。

 

「大丈夫でぞええぇるぇぇれえれれえれぇぇ」

 

1ミリも大丈夫ではありませんでした。

前世がマーライオンであることを証明するような見事な嘔吐芸。

そうか、これが酔っ払いってやつか。

私はようやく事態を把握したものの、しかし女性を放置してその場を離れることはできませんでした。

袖触れ合うも多生の縁と言いますから、袖が触れ合うどころか吐瀉噴水を目撃した場合はどんな縁が結ばれたのでしょう。

 

「あっ、あのっ、この上が、おうちですか!?」

 

「ちがいまそぉぉるれるれえぇぇれれぇれ」

 

そのスレンダーなタンク内にどれほどの内包物を隠しているのかと思うほど豪快な2撃目。

しかしここが自宅で無いとすればこの女性はどこに行こうとしているのか。

そして誰ん家の前を汚しているのか。

 

「あ、じゃあ私、お水を買ってきますのでっ」

 

徒歩10秒で自宅アパートのドアという位置でしたが、私はコンビニに直行しました。

この女性の前で部屋のカギを開けて中に入るのが躊躇われたのです。

ここに住んでいることをコイツに知られたくない、というのが素直な気持ちでした。

今の状況的に、この女性に立ち去ってもらわなければ私は帰宅できないのです。

とにかくこの事態を収拾するには女性に正気に戻ってもらうしかないと悟った私は、とりあえずコンビニでミネラルウォーターとウェットティッシュを購入しました。

 

私が現地に戻ると、女性はまた階段にうつ伏せになっていました。

 

「あのっ、お、お水ですっ。ど、どうぞっ」

 

撒き散らされた毒の沼地を踏まないように注意しつつ水を差しだすと、まるでゾンビか屍鬼グールを彷彿させる緩慢な動きでペットボトルを手に取った女性。

階段だからって何も怪談仕様にする必要など無いというのに。

 

「口の周り、よ、よごれてますから、あの、コレで・・・」

 

ウェットティッシュも差し出しましたが、しかしそれは最悪のタイミングでした。

女性はペットボトルの水をグビグビと呷り、口の中でぶくぶくとうがいをし、ごっくんとそれを飲み下し、間髪入れずに発射しました。

波動砲コロニーレーザーなら撃つ前に溜めがあるのですが、まさかこんなノータイム散水が可能だとは思いませんでした。

今すぐOLを辞めて消防隊になった方が良さそうです。

女性の放水は見事に命中し、私の中の親切の灯を消し去りました。

 

私は女性の傍にウェットティッシュの箱をそっと置き、そのままネカフェに向かいました。

コインランドリーとシャワールーム付きの素晴らしいネカフェがあるのを、日々の散歩で知っていたのです。

情報収集の素晴らしさよ。

 

洗濯機25分、乾燥機30分。

汚染されたのが上着だけで本当に良かったと思いました。

約1時間後、すでに時計は右側が重くなり、日付が変わっていることを示していました。

恐る恐る現場に戻ると、もう女性は居ませんでした。

 

いや、居ました。

 

階段を上がった先の部屋の扉が20cmほど開き、明りが洩れています。

嫌な予感を覚えた私がウェットティッシュを跨ぎつつ階段を上がると、恐らくさっきの女性のものと思われる足がドアからニョッキリ出ていました。

やっぱここが家じゃねぇかよ。

なんでさっき「違います」って言ったんだろう?

とにかく、こんな状況では起きなくて良い犯罪が起きてしまいそうです。

外側のドアノブにはカギが刺さったままでした。

しかし、声を掛けても女性はうんうん唸るだけで全く起きる気配がありません。

自分が起きなければ犯罪も起きないとでも思っているのでしょうか。

 

私は仕方なく、うつ伏せだった女性の膝を曲げて外に出ている部分を玄関内に押し込め、鍵を中に投げ入れると共にドアを閉めました。

とりあえずこれで、ウェルカム空き巣状態は回避されたと思います。

 

 

という話を会社でしたら、みんなが「あー、あるある」と言いました。

私にとっては未知の恐怖体験だったのですが、なんと東京ではそれが日常茶飯事だって言うじゃありませんか。

なんて街だ。

 

それから、約2年間住み続けた東京でしたが、みんなの言う通り、道端に酔っ払いが落ちている場面には嫌と言うほど遭遇しました。

しかし私はもう二度と声を掛けることも水を与えることもしませんでした。

アスファルトに横たわるだるんだるんの肉を一瞥しつつ通り過ぎながら「ああ、これが東京か」と噛み締めたのでした。