『かなり』

干支に入れてよ猫

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『酒の肴』

居酒屋のカウンター。

特に料理が美味いわけでもなく、別に家から近いわけでもなく、すごく値段が安いわけでもなかったこの店。

なぜこんな店に入ってしまったのかと後悔し、すぐに出ようと思った。

しかし、俺は出られなくなってしまった。

 

俺のちょうど真後ろの席には男の二人連れが座っている。

こいつらの会話が耳に入ってきたからだ。

割と大きな声なので、きっと興奮しているんだろう。

 

A「他ならぬお前の誘いだからわざわざ出てきたってのに」

B「そんなこと言うなよ。ほら、まぁ呑めって」

A「仕事に障るから要らん。それよりお前、本気なのか?」

B「本気さ!だからこうして頼んでるんだよ!」

 

俺は背中に耳を作って会話に集中する。

振り向くわけにもいかず、姿は見えない。

声や口調から察するに、30代後半から40代くらいか。

どうやらAは仕事中だったが、Bの誘いで抜けだしてきたようだ。

そしてBはAに、何やら頼みごとをしているらしい。

 

A「話を持ちかけてきた奴のことはちゃんと調べたのか?」

B「あたりまえだろ!信頼できる、良い人だ!」

A「どうやってお前が信頼するに至ったのか説明してみろ」

B「そんなの目を見て話せばすぐ分かるだろ!」

 

中越しでもはっきり分かるほど、Aは深いため息をついた。

Bが詐欺っぽい儲け話に食いついて、それに一枚噛むようAを説得しているってあたりが妥当な推測だろう。

 

A「お前、そうやって今まで何回騙されたと思ってるんだ」

B「今回は今までと全然違うって言っただろ!」

A「その隣に居たっていう銀行員もグルなんじゃないか?」

B「お前はなんでそんなに人を信じないんだ!」

A「逆になんでお前はすぐに他人を信じるのか理解できん」

 

こりゃダメだな。

Aのガードが堅すぎるし、Bに説得の技術が無さ過ぎる。

そもそもなぜこんなに正反対の二人が友人関係でいられるのか不思議だ。

交渉決裂、退店ってパターンか。

これで俺も帰ることができる。

 

B「信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷つく方が良い!」

A「騙されず傷つかないのが最良に決まってる」

B「お前には人の情ってもんが無いのかよ!熱くなれよ!」

A「否、熱くなるな。落ち着いて冷静に考えろ」

B「俺を助けると思って、な?頼むよ!この通りだから!」

A「俺はお前を諦めさせることが助けだと思う」

B「こんなに頼んでるのに!一体何が気に入らないんだ!」

A「煙草サイズのキリンなんて居ねぇんだよ!」

B「居るんだ!見たんだ!はっきりこの目で見たんだよ!」

A「ああ見たんだろうともよ!合成写真をな!」

C「お取り込み中に失礼。ちょっとよろしいですか?」

A「ああん?」

B「ああん?」

 

Bの見事な騙されっぷりに笑いを堪えるのが大変だったが、突然、第三の男が乱入してきたことによって俺は平常心を取り戻した。

俺と同じく一人で呑んでいたらしい男が、二人の会話に割って入ったようだ。

追加の酒を注文し、俺は続きに耳を澄ませる。

 

C「唐突に申し訳ありません。先ほどのキリンの件で」

B「アンタ、俺達の秘密の会話を盗み聞きしてたってのか」

A「秘密も何もないだろ、あんな大声だったのに」

C「あまりにも好奇心をくすぐられたものですから、つい」

B「お、アンタは小キリンを信じてくれるかい?」

A「待て待て落ち付けよ。その話は秘密なんだろう?」

B「信じる者はみな兄弟って言葉を知らんのか?」

A「今まで聞いたことも無いし金輪際聞かんだろうな」

 

どうやらCは本格的に会話に参入するようだ。

飲み物を持って席を移動し、どっかり椅子に腰かけた気配を感じた。

これは面白くなってきた。

ぬるくなったビールを一気に煽り、新しく運ばれてきた冷たいビールも半分ほど胃に流し込んだ。

 

C「お二人とも冷静に冷静に。私は小キリン、信じますよ」

B「ほら見ろ!やっぱり分かる人は分かるんだ!」

A「あなた、なぜこの突拍子もない話を信じる気に?」

C「実は手乗りゾウでひと儲けしましたことがありまして」

B「何!?キリンだけじゃなくゾウも居るのか!」

A「おい待て、眉唾にもほどがある。アンタ何者だ?」

 

真っ向からBを否定していたAだが、突然現れたCの言動に少なからず動揺しているようだった。

逆にBは水を得た魚のようだ。

しかし一体どういうことだ?

冷凍物であろうスカスカの枝豆と、衣が油分でべとべとな唐揚げを咀嚼しながら三人の関係性を推理してみる。

実はBとCが結託してAを陥れようとしている?

いや、AとBの会話からBを与し易しと考えたCが、Bを相手に詐欺を働こうとしているのか?

そもそもAとBがグルで、会話に興味を持った第三者を狙おうとしている?

残りのビールを飲み干してしまったが、店員が注文を取りに来ない。

 

C「私は何者でもありませんよ。ごく普通の会社員ですよ」

B「その小ゾウの話、詳しく聞かせてください!」

A「いい加減にしろ!そんなもの居る訳がないだろ!」

C「無理にとは言いません。私は小キリンを信じますがね」

B「俺は信じるよ!だから小ゾウの話の詳細を!」

A「絶対後悔することになる!もう止めないからな!」

C「じゃあ、これを見てください・・・」

象「パオ~ン」

A「ッ!!!!?」

B「ッ!!!!?」

 

白熱、そしてクライマックス!

一体どうなってしまうのか!

確かに象の声が聞こえた気がする!

俺も見たい!小ゾウが居るのか!?

ああ!ビールが欲しい!

やっと店員が来やがった!

 

店「そろそろ閉店のお時間です」

俺「えぇっ!?」

店「申し訳ありませんが、お勘定を・・・」

俺「相談がある。営業時間を30分だけで良いから延長してくれないか?」

店「延長は1時間ごとの刻みでしか承っておりません」

俺「じゃあ1時間で!」

店「かしこまりました。それでは1時間、延長させていただきます」

店「1時間の延長、いただきました!」

A「ありがとうございます!」

B「ありがとうございます!」

C「ありがとうございます!」

 

お題「居酒屋で頼むもの」

お題スロットで記事ストックを貯めるシリーズ3回目。