『かなり』

干支に入れてよ猫

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目からウロコが落ちたら素直になれた

どうも、坂津です。

ちょっと前のことですが、とても素晴らしい経験をしました。

教会で牧師様のお説教を聞いたのです。

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私は大学でキリスト教学という授業を履修していました。

校内にチャペルがあるような学校でしたので、聖書についてほんのちょっぴりだけ予備知識がありました。

無宗教、無信心であるにも関わらず、酔狂な進路選びでしたケド。

しかし授業中は必ずラクガキをしていたので、真面目に勉強をしていませんでした。

知識と言っても単語を知っている程度で、それが何を意味するのかもまるで分かりません。

 

「我が名はマルコ!勇の者なり!」

「我が名はマタイ!武の者なり!」

「我が名はルカ!法の者なり!」

「我が名はヨハネ!影の者なり!」

「我らユーアンゲリオン四天王なり!」

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みたいなのをルーズリーフいっぱいにガリガリ描いてました。

失敬にも程がありますね。

 

まぁそんな私が、ですよ。

冒頭でも述べたように、牧師様のお説教を拝聴する機会に巡り合ったのです。

 

その内容があまりにも衝撃的だったのです。

あくまでも個人的な衝撃ですけどね。

当たり前の方には当たり前だと思います。

 

「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。

(マルコ福音書 4章3節~9節)

 

牧師様は新約聖書の上記部分を音読されました。

※○章○節の表記や内容そのものも色々な表現があるようですが、手元にある資料に基づいて書きました。

 

私は、この話を知っていました。

前述のキリスト教学を履修した際、テスト範囲だったからです。

そして、言葉の通りの解釈しかしていませんでした。

 

私の解釈はこうです。

 

種を蒔く人=キリスト教

種=キリスト教の教え

道端に落ちた種=興味の無い人に単なる知識として伝わった教え

土の少ない土地に落ちた種=深く考えず流行に乗った信者

茨の中に落ちた種=他の宗教

良い土地に落ちた種=信じてくれる良い信者

 

こんな感じです。

 

つまり言い替えると

 

私達はこうやってキリスト教の有り難い教えを説いて回っています。

これを、物珍しさや興味本位で聞いている人には何も伝わらない。

かと言ってすぐに流行に乗るように飛びついて、深く考えもしない浅はかで軽薄な者は何か苦境に立たされるとすぐに教えを忘れてしまう。

また他の宗教が盛んな土地であれば禁じられたり、時に弾圧されたりしてしまう。

ただ、あなたたちの様に真剣に救いを求め、教えを理解しようと励み、私達を信じる者には大いなる救いになり、それは周囲の人々にも伝播しますよ。

 

みたいな意味だと思っていました。

 

転じて「どんな金言も、受け取る側がその価値を感じられるレベルに居ないと意味が無い」という解釈でした。

 

これは私の仕事観にも通じるものがあり、好きな考え方でした。

 

「この本、時間のある時に読んでおいてね」

「コレって考え方とかマインド的なやつですよね」

「そうだよ。まぁ心の教育だと思って」

「どうせ読むならビジネス書の方が良いんですケド・・・」

「先にこれを読んでおくと、後に読むビジネス書の浸透が違うよ」

 

この場合はビジネス書が「種」で、考え方の本が「畑を耕す」という感じです。

 

 

さてさて、しかしこの考え方は牧師様のお説教によってぶっ壊されてしまいました。

牧師様はこうおっしゃったのです。

 

 

「この、様々な場所に落ちた種の例えは、受け取る人々の能力や状況が違うという意味ではありません。これは、せっかくの種も、自分の心の状態によって芽吹くことも枯れることもあるという意味です」

 

目から鱗とはこのことでした。

バリバリと轟音を立てて巨大な鱗が剥がれ落ちました。

腐海遊びの姫が辺境一の剣士に「これ運んでくださる?気流が乱れてうまく飛べないの!」と言って渡したアレくらい大きな鱗です。

 

なんということでしょう!

 

物珍しさや興味本位で金言を聞いている私が居る!

流行に乗るように、深く考えもしない浅はかで軽薄な目標を立て、何か苦境に立たされるとすぐにその目標を忘れてしまう私が居る!

信じている持論があれば他の意見に耳を貸さない私が居る!

 

私の中に「金言を聞き逃す私」がたくさん存在していました。

 

種を蒔く人の例えで、種が蒔かれた土壌を人のレベルに置き換えていた時点で、私は浅はかで軽薄だったということです。

 

見聞きする情報について、これからはなるべく自身のことと思って受け止め反省するようにしようと考えました。

 

私の為を思って頂いたご助言やご提案も真摯に受け止め、信じ、実践していこうと思いました。

 

 

昨日(11月9日)のエントリで、私は皆様にあるご相談をさせていただきました。

とても多くの反応をいただき、感謝感激です。

記事ごとのPV数は過去3位でした。(2016年11月10日10:00現在)

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1位の記事2位の記事3位の記事(昨日の記事)

 

ブックマーク数は過去最高でした。(2016年11月10日10:00現在)

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そして、ブックマークコメントにはたくさんのご助言を頂戴しており、本当に有り難いことだと思っています。

感謝してもしきれません。

 

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私はこれらのご助言、ご提案を真摯に受け止め、実行していこうと思います。

 

今日帰ったらさっそく実践します。

たくさん頂いているので、とりあえず上から順にこなしていこうと思います。

 

まず変化に気付くべく妻をじっくりたっぷり上から下までつぶさに観察し、発見せしめた変化を確認し、茶化すようなことはせず真面目に真剣に真っ直ぐ目を見て真顔で「変わったね!」と声をかけます。

そして「会社の人がね、君の奥さんはめっちゃキレイやなぁって褒めてくれたよありがとう!自慢の奥さんだ!」と伝えながら一緒に求愛ダンスを踊ります。

踊りながら妻の手料理で美味しいもののベスト5を褒めちぎり崇め奉り、すかさず缶バッヂを差し出し、アドセンスの収益を妻に公開します。

その後どうすれば機嫌が良くなるのかを根掘り葉掘り尋問し、その回答通りの行動にて妻の機嫌を向上させ、構いすぎてストレスにならないようしばらく突き放します。

その間に洗い物などの家事を済ませ、さっき渡した缶バッヂが妻の写真入りであるここを強調し、「妻好き坂津」のイントネーションは「赤坂サカス」と同じであることを報告します。

また、私が「あれ」と言えば「気化冷凍法」のことであり、「それ」と言えば「空裂眼刺驚」のことだという認識を共有し、もし妻にお湯をかけて男性に戻ったとしても愛し続けることを約束し、もし妻の機嫌が悪いときには視界に入らないことを誓います。

なお、求愛ダンスの頻度が2日に1回、1分程度の時間で開催されるという告知を行い、さっき渡した妻の写真入り缶バッヂが実はもうひとつあり、私も装着している事実を明示します。

その勢いで「君のためなら死ねましゅー。」と叫び道路に飛び出そうと思います。

 

妻の反応が楽しみです。