『かなり』

誤字に気付かないほど目が痒い

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死中に活を見出せるかどうか

どうも、坂津です。

予想外の事態というのは完全に虚を突いて訪れるものです。

大変なことが起きました。

 

実は今、こそこそと進めているプロジェクトがありまして。

システム会社さんと共同開発みたいな感じでアプリを作ろうとしているんです。

私はこのプロジェクトに賭けておりまして、会社への稟議も半ば強引に通し、数百万円という単位の開発費をシステム会社さんに支払っておりました。

それが、去年の春の話です。

本来のスケジュールであればそのアプリは既に完成し、使用できるようになっているハズなのです。

しかし現状、様々な不具合が解消できないままズルズルとトライ&エラーを繰り返しつつ、今に至るという感じなのです。

 

そして、事件は起きました。

 

システム会社さんから連絡が入ったのです。

 

「もうこれ以上このアプリ開発は進められません」

 

鈍器で頭を殴られたような衝撃とはこのことでした。

 

 

 

今から思えば、予兆は在ったのです。

しかし私の肝煎きもいりで進めているプロジェクトでした。

大丈夫に決まってる、ちょっと納期が押してるだけ、そんな『悪い方には考えない』というフィルターが働いていたんだと思います。

 

 

出来事を時系列でまとめるとこんな感じです。

 システム会社

・こちらの構想を提示

・実現可能と判断⇒見積

・採算が合う見通しの稟議書作成⇒契約

・開発スタート⇒β版提供

・テスト運用⇒改善要求

・改善⇒開発主任退職⇒納期遅れ

・待つ(焦る)

・改善⇒担当営業退職⇒納期遅れ

・待つ(すごく焦る)

・改善⇒後任担当退職⇒納期遅れ

・待つ(もう待つしかない)

・ごめんなさい

・口から魂が抜ける(毛も抜ける)

 

実のところ、会社側からは「あの稟議の案件、止まったままだよね。どうなってるの?」という追求を延々とされていまして、その度に私は得意の「確認します!」で逃れていたのですが、もうその手も使えません。

システム会社とのやりとりの中、「本当にこの日が最後ですよ?ここで完成しなかったら会社に対して私もフォローしきれないので、ガチで金返せ状態になっちゃいますからね?」というデッドライン、その当日に「ごめんなさい」の連絡でした。

 

のほほんとした平和な日常はとても簡単なことで崩れ去ります。

大事なのは、平和の最中にどれだけ崩壊後の準備ができているかです。

いつでも自分は積み上がったジェンガの上に居るという認識が必要なのです。

私が用意していた策がこの件にどこまで通用するか、やってみるしかありません。

はぁ~(ため息)

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