『かなり』

邪悪そうに見えて実はすっごい良い人。

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『普通』という毒

どうも、坂津です。

私たち人間という生き物は『ココロ』という概念を持ってしまいました。

『精神』と呼んだり『魂』と呼んだりもしますが、内面的な心情を司る器官として、『ココロ』という概念を受け入れています。

『思考』とは異なる要素であり『気持ち』と呼ばれる多様な状態を持つ『ココロ』。

この『ココロ』が異常を示すとき、それは目に見えない毒に侵されているのかも知れません。

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もうかれこれ19ヶ月ほど前に書いた記事があります。

ざっくり要約すると

『カラダは日々の食事から作られる』ならば

『ココロは日々の情報から作られる』んじゃないか?

という内容でした。

今でもこの考え方は正しいんじゃないかと思っています。

 

性善説とか性悪説という言葉を耳にされたことがあると思います。

大雑把に解説すると『人間は生まれながらにして善だが、成長の過程で悪を身につける』のが性善説で、『人間は生まれながらにして悪だが、成長の過程で善を身につける』のが性悪説です。

対照的な説ですが、どちらも『成長の過程でその性質を身につける』という点では共通しています。

ここでいう『成長の過程』とはつまり、経験による学習、要するに情報をインプットするということでしょう。

 

私はこう考えます。

 

人間は善や悪と言った性質を予め備えて生まれてくるわけでは無く、それらは後天的な要因によって備わるものです。

しかし体質に個人差があるように、心質にも個人差はあります。

体の大きな人、小さな人、筋肉が付きやすい人、脂肪が付きやすい人、体質は千差万別ですよね。

心質も同じく、心が大きな人、小さな人、善に染まりやすい人、悪に魅入られやすい人、その性質は十人十色です。

そもそも『人間とはこういうもの』みたいな決めつけこそが間違いであり、私たちは皆それぞれ別々の存在で、個々の特徴を持っているのです。

ただし、ここで注意しなければいけないのは、好き勝手な多様性が許容されているわけではないということです。

人間はカラダもココロも、個々別々の性質、特徴を備えて生まれてきます。

ただそれらについて、ある程度の幅を持った概念である『普通』と呼ばれるゾーンに収まるような体制を敷いています。

それは人間が社会を形成していくことで永らえようとする生物であり、社会を運営していくにあたって『普通』という概念が必須だからです。

 

ちょうど1年ほど前に、人間が社会を形成することについて言及した記事がこちらです。

ざっくり要約すると

『個を重視し過ぎると社会が弱体化し、社会を強くしようとすれば個が軽視される。ちょうど良いバランスに正解のラインなんて無いけど、みんながそれを理解してバランスを取り合おうとすれば良いと思うよ』

という内容でした。

今でもこの考え方は正しいんじゃないかと思っています。

 

さて、私たち人間が後天的に周囲の環境から与えられる情報によってココロを形成することは前述の通りです。

そして周囲の環境のひとつである社会を形成するために必要不可欠な要素『普通』という概念が存在していることも確認しました。

つまり私たちは、人間として生まれ社会に帰属することを前提に、各種の『普通』というものをココロに刷り込まれて生きているのです。

 

先にも述べましたが、この『普通』無くして社会は正常に機能しません。

しかし私たちが複数人で共同体を運営するために不可欠であるこの『普通』は、多くの場合ココロの毒にもなるのです。

 

・こんなの普通じゃない

・自分は普通なんだろうか

・普通ならこうするでしょう

・あの場面で普通はどうすれば

・普通の人生なんて送りたく無い

 

自分に対する不安や後悔、他人に対する怒りや侮蔑など、様々な負の感情につきまとう『普通』。

思考の範疇では『普通なんてものに実体は無いから個々別々で構わない』と考えることができたとしても、しかしココロに刷り込まれた『普通という概念』を拭い去ることは容易ではありません。

私たちは『普通』という毒の被害者なのです。

 

ところで、私たち普通中毒患者がこの状態を脱却するためには、どのような手段があるでしょうか。

苦行を乗り越えて解脱し悟りの境地に辿り着くことでしょうか。

それもひとつだと思います。

何かを盲信し、全てを投げ打ってそれに集中することでしょうか。

それもひとつだと思います。

つまり、何か『普通じゃない』ことを信じて突き進むしか無いのです。

しかしそれは非常に際どいタイトロープです。

踏み外せば犯罪者や落伍者の烙印を押されてしまう可能性もあります。

 

ではどうすればいいのでしょう。

 

もう選択肢はひとつしかありません。

自身の中にある『普通』の枠を広げるのです。

押してダメなら引いてみる理論です。

消し去ることができないのなら、むしろ拡大してしまいましょう。

『普通』の副作用で起こる負の感情は、自分の中にある普通エリアから『他者が外れている』もしくは『自分が外れている』場合に起こります。

ですから自分も含め、誰もそのエリアから外れないように思うことができれば良いのです。

ただ長い時間をかけてココロに刷り込まれた『普通』は、一朝一夕では拡大できません。

ですから、今日から少しずつで構いませんので、自分の中にある『普通』の枠を広げる思考をしてみてください。

最初は無理やりでも大丈夫です。

ココロは思考に引っ張られる性質も持っていますから。