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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

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人間1年生という考え方

思ったこと

どうも、坂津です。

「人間1年生」という言葉を、テレビで誰かが言っていたような記憶があります。

誰だったかなー。

完全に忘れてしまいましたが。

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我々の世界は、人間だけでなく動物や植物、昆虫なんかも全部含めた「命」の輪廻が回ることで成り立っている、みたいな話しでした。

なので現在は人間でも、前世や来世がどうなるかは分からないということです。

 

で、「人間1年生」なんですが、輪廻の流れの中で何度か同じ種類の命として生まれることがあるんだそうで。

そうすると、細かい記憶はもちろん無いんですが、その種類の命として生きていくための基本的な知識と言うか知恵と言うか、そーゆーものが感覚的に備わった状態で生まれるんだそうです。

 

つまり、過去に人間としての生命を経験したことがある命が、また人間として生まれ落ちだ場合には「人間世界」の2年生というわけです。

 

魚を何度も経験した命は、きっと漁網や釣針から逃げるのが上手いんでしょうね。

我々はきっと「魚1年生」を獲ったり釣ったりしているんです。

 

さて、この話は「腹立たしい対象」「苛つく相手」なんかに対する気持ちのコントロールとして語られていました。

 

「なんでこんなことが分からないの?」

「どうしてそんなことも出来ないの?」

「なんて言えば理解ってもらえるの?」

 

そんなイライラを発生させる対象は、きっと「人間1年生」なのだと思いましょう。

逆に、その人たちに苛立ちを覚えるということはあなたが「人間上級生」という証拠です。

 

みたいな内容だったと思います。

 

 

これを最初に聞いた時、なんて素晴らしい考え方なんだと感動しました。

心が波立ったときは深呼吸をして「あの人は1年生、私は上級生」と思うようにして落ち着きを取り戻すこともありました。

だた年を経るにつれて、この考え方の副作用が表れてくるようになりました。

中学生とか高校生によくあるやつです。

 

上級生を敬わなければいけないとか、下級生を見下すとか、そんなやつです。

たった1年(数か月)生まれたタイミングが違うだけで格差が発生します。

 

これが「人間1年生」に対しても同様になってしまいました。

本当なら「下級生だからできなくても仕方ないね」と思って自分を鎮めるための考え方だったはずなのに、いつのまにか「1年生のくせに!」という思いが台頭してきました。

ジャイ子の兄ちゃん略してジャイアンの思想ですね。

 

で、最近になってようやく「そんな思いに駆られるってことは、自分も良いトコ人間3年生程度なのだろう」と思うようになりました。

 

まぁ学校じゃないので何年生まであるのか分かりませんが、もしまた人間としての命を授かることができて、人間としての学年をひとつ上がることができたなら、今とは違った価値観や思想を持てるんでしょうね。

その時のために、今できる勉強は進んでやっておいた方が良いでしょうし、なるべく多くの経験を積んでおいた方が良いんじゃないかと思います。

 

このブログを運営していくのも、その一環なのだと思います。

下級生の子たちの悪戯を微笑ましく思い目を細めつつ、多くの上級生の方々からたくさんの学びを得られる場所、それがこのブログなのかなと。