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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

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三つ子の魂百までと言う諺を考えた人へ 「いや、本当ッスね」

どうも、坂津です。

今もまだあるんですかね、クラス文集とかいう羞恥プレイ的なシキタリは。

私の小学生の頃の文集が出てきたという母の報告に妻が食いついたようです。

「それは興味深いですわお義母様。ぜひ拝見させてくださいオホホ」

彼女らは私の黒歴史をあざ笑い、それを肴に茶をシバいたようです。

しかし私自身も懐かしさを否定しきれず、妻が持ち帰ったそれを読んでみました。

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■将来の夢(3年生)

金になりたい。

金は金賞や金メダルなど、一位の人にあげるものに使われます。

僕はいっしょうけんめい頑張った人が一位になったときに、もらって喜ばれる金になりたいと思います。

僕も金がほしいです。

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金になりたいとかもう馬鹿丸出しですね。

しかも最後は欲しいですになってるし。

 

 

 

■将来の夢(5年生)

僕は将来、曲がったキュウリをまっすぐなキュウリにしたいです。

曲がったキュウリは、ただ曲がっているというだけで、本当は美味しさも栄養もまっすぐなキュウリと変わらないのに、値段が安くされてしまいます。

だから勿体ないと思います。

曲がったキュウリも、キュウリはキュウリだと言う人もいますが、曲がっていると箱に入れるときに難しかったり、料理するときに切るのが難しかったりします。

だからまっすぐなキュウリの方が、みんな便利だと思います。

でも、曲がったキュウリをまっすぐにしようとすると、すぐに折れてしまいます。

曲がったキュウリは安くなっても売れますが、折れたキュウリは売れません。

だから、曲がる前に直さないといけません。

曲がりそうなキュウリを見付けて、まっすぐに育つようにします。

そして、僕がまっすぐに直してあげたキュウリなら、食べられると思います。

今はキュウリが食べれませんが、まっすぐに直して食べたいです。

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キュウリキュウリ言い過ぎ。

言いたい事もよく分からないし、最後は食べたいになってるし。

我ながら情けない文章だこと。

 

 

 

■中学生になったら(6年生)

僕は中学生になったら本を書きます。

1年生にお話しの時間に話した昔話がみんな喜んでくれたので、僕は自分が考えたお話を書いて本にしたいです。

僕が話せない遠くの人にも読んでもらえるからです。

大きな桃から何太郎も出てこない話や、浜辺でカメにいじめられている子供の話や、落ちたおむすびをおじいさんがゴミ箱へ捨てる話を書きたいです。

あと絵も書きます。

その本の中の場面を絵にして、本にのせます。

お話も絵も僕が書くので、印刷だけお願いします。

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いやぁ、我ながら、アホですね。

書きたい話は全部パロディで、それを自分が考えた話だと豪語しているあたり、この子の将来が思いやられますね。

あ、私か。

それにしても印刷のお願いは誰に向かって言っているのか。。。

 

 

そして今こうして毎日書いているブログも、たとえば30年後とかに読み返してみたら恥ずかしくて死にそうになるんでしょうね。

 

 

「坂津佳奈(70) 過去のブログを読み返したことによる恥死」

 

やだー。

未来の自分が読んでも恥ずかしくない記事を書かなくっちゃ!