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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

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絶対こうするべきなんて押し付け、絶対人にするべきではない

良かったお店

どうも、坂津です。

数少ない機会ですが、出張で色々なところへ行かせてもらえることがあります。

何が楽しみって、美味しいごはんに勝るものはありません。

何食べても美味しいし、ワインのラインナップも良かったです。

飲みたいワインがあったのですが、ちょうど売り切れでがっかり。

しかし店主の神対応に惚れました。

「同じ銘柄のハーフボトルならありますよ。ハーフ2本で通常のボトル1本分のお値段でお出しさせていただきます」

確かにワインは同じ量になりますが、お店側にとってはかなり損になるこの提案。

それをサラッと勧めてくれた心意気に抱かれても良いとさえ思いました。

おすすめです。

 

 

 

何の予定も無い休日には昼間から酔っ払うのが常です。

少しだけ濃い味付けのお昼ご飯を作り(嫁が)それを肴にダラダラと飲み続けて夜を迎えます。

漫画読むかDVD見るかゲームするかしながら。

気が向いたら酔い覚ましに夕方ちょっとだけ散歩。

 

こんな生活をしていたら、そりゃ太りますよね。

 

でも今の服が着れてるうちは特に何も対策しないかなと。

体型が変わって服を新調しなくてはいけない状況だけは回避したいと思います。

そんな余計なお金を使うくらいなら、美味しいものを飲み食いしたいので。

 

私の重要順位は「食>住>衣」です。

美味しい物が食べられるなら、全裸でも構わない。

でも全裸で町に繰り出すのはいけないことだってくらいは理解しています。

 

そしてこの重要順位が違う人が存在していることも、理解しています。

 

少しくらい食べなくてもいいから良いものを着たい、なんて人も居ますよね。

 

こだわりや好きなものは人それぞれだし、その順位も然りです。

 

なのに自分の価値観を絶対的な基準だと勘違いして周囲に押し付ける人が居ると、たちまちその空間は殺伐としたものに変わります。

 

特に共通の話題がないのに一定時間を数人で一緒に過ごさなくてはいけないような状況では、好きな○○なんて話題で無難に時間を過ごそうとすることがよくあります。

でもその場に押し付けさんが居ると、空気の読める人が苦労するんです。

 

B「へぇ~、から揚げが好きなんだ。美味しいよね~」

押「から揚げなら絶対○○って店のが美味しいよ。あれ食べたら他では食べられないね。肉も衣も何もかもが他とは全然違う。店主のこだわりが味に表れてる」

A「そっか。まぁ機会があれば行ってみようかな」

押「絶対行くべき。あれを食べないでから揚げ好きなんてモグリだわ」

A「・・・ふ~ん」

B「まぁ、そんなに本格的じゃなくても普通に美味しいよね、から揚げ」

押「それは本当に美味しいのを食べたことが無い奴が言うセリフだね」

A「・・・どれでも美味しいと思える方が幸せだから、別にそれ食べなくてもいいかな」

押「いや、何言ってんの?から揚げ好きなんでしょ?絶対食べるべきだって」

A「それ食ったら他ので満足できなくなるんでしょ。だったら食わない」

押「そういうこと言ってんじゃないんだよ、分かんない奴だな」

B「まぁまぁ、好みはそれぞれってことで・・・」

 

自分が好きなものを人にもお勧めしたいというのは自然な欲求だと思いますが、それはあくまでも提案レベルにするべきです。

 

世の中には信じられないようなおぞましい嗜好の方もいらっしゃいますが、例えばそんな人からその受け入れ困難な嗜好をゴリ押しされたら?と想像してみる心の余裕を持ちたいものです。