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『かなり』

私が感じる「かなり」なことを徒然に。

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マンネリってそもそも何語なんだろう。

思ったこと

どうも、坂津です。

最も好きな駄菓子はベビースターラーメン(チキン)です。

 

 

全力で仕事をしているみなさん、休日は家でぐったりなんてことになっていませんか?

仕事で削られた体力を家で回復して、また来週の仕事に備える。

よくあることだと思います。

私もちょっと前までそうでした。

寒かったし。

 

しかしですね、体の疲れは実感しやすいので「休まなきゃ」と思えるのですが、心の疲れに関してはかなり溜まらないと実感できないんですよ。

 

しかも実感したときにはかなりの量の疲れが溜まっていて、ちょっとやそっとじゃ解消できないレベルになってしまっているケースが多いです。

 

そこでみなさん、心の疲れの解消方法ってご存知ですか?

もちろんやり方は人それぞれなので「自分の」ってことです。

 

 

私の場合は「出掛ける」ことだったと気付きました。

社会に出て20数年、やっと気付いたんです。

 

「休日は家でダラダラして体力を回復するもの」という思い込みに囚われていました。

平日に撮っていたアニメを見てゲームをして、それが休日だと。

 

 

私が心の疲れを感じたのは「仕事に行きたくない」という考えが脳裏をよぎったことに端を発します。

もともとの気性として仕事が楽しいという性格の私がなぜそんなことを考えたのか?

ここで私の癖の「なぜなぜ」が始まります。

 

まず「なぜ仕事に行きたくないのか」

これに明確な回答が自分の中にはありませんでした。

漠然とした拒絶感。正体不明。封獣ぬえ

 

では「仕事に行かなかったら何をしたいのか」

行きたくない理由が無いなら、行かない代わりにしたいことがあるに違いない。

そう考えて私は私の中からその答えを探そうとするのですが、これが一向に見つからないんですよ。

 

「うわっ!私の中身からっぽすぎ!」

 

こんな大事なことにも気付けないほど、仕事の忙しさは私達を殺すんですね。

忙殺とはよく言ったものです。

 

こんな心のエンプティ状態をどうやって満たして良いのか、しばらく分かりませんでした。

でも体も疲れているので、選択肢は家の中でできることという限定付きで考えられてしまいます。

これが落とし穴でした。

 

考えに行き詰った私は妻に「私は何がしたいのか?」と問いました。

 

すると

 

「目的の無い外出をしたことがある?」

 

と逆に問われました。

 

思い返してみると、買い物があるとか映画を見るとか人に会うとか、何か目的が無いと休日に家から出ることは無かったように思う。

いや、平日も仕事だから出ているだけで、もし仕事をしていなかったら一歩も家から出ないかも知れない。Oh NEET

 

 

 

人生には最初から設定された目的が無い。

 

人それぞれが自分の人生の中で見付け、目指すものだから。

 

ということは、生活の中でやりたいことや楽しいこと、テンションやモチベーションが上がるものも、自ら見付けなければ、そんなもの元々ありはしないのだ。

 

眼前に広がる選択肢の檻は、結局自分で作ってしまっている。

それが強固でとても壊せなさそうに見えるのは内側だけ。

外側から見ればなんと薄くてもろい殻なのか。

 

妻の一言でその殻を破るきっかけを得た私は「出掛けてから出掛ける目的を探そう」と思い立ち、最寄駅から電車に飛び乗りました。

 

 

ちょっと気になっていたお店が閉店してしまっていたり

とても気になるお店が開店していたり

割とみんな春っぽい服装になっていたり

公園では猫が集会をしていたり

 

 

おいおい、楽しいじゃないか。

ご年配の方々が朝晩に散歩をされているのは、こんな楽しみがあるからなのか!

 

 

あくまで私の場合は、ですけど。

 

マンネリからの脱出のヒントは自分の中にあったのだというお話。