『かなり』

干支に入れてよ猫

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心よ原始に戻れ

これは小説です。

『Parallel Factor Cultivate Server パラレルファクター・カルティベイトサーバー』略して【PFCS】の世界観をお借りしております。

pfcs.hatenadiary.jp

そして、PFCSに参加されている皆様のキャラクターもお借りしてます。

下記の話の続きとなっております。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 種族 性別 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 女性 紫電 ナイーブ 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア 人間 女性 メリッサ ドジっ娘 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ アルビダ 無性 ハサマ 激強 ハヅキクトゥルフ初心者
奏山県(ワコク) 人間 男性 町田 アスミラブ ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) 人間 女性 アスミ 町田ラブ ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 人間 男性 クォル・ラ・ディマ 軽妙 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 人間 女性 ラミリア・パ・ドゥ 姐さん らん (id:yourin_chi)
ライスランド 精霊 男性 カウンチュド お米の伝道師 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ 精霊 男性 ダン 真面目 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス アルビダ 女性 ルビネル 黒髪百合 フール (id:TheFool199485)

 

もう8本目かぁ。

加筆修正して長い長い1本にまとめようかな。

 

 

 

 

 

 

■村長の願い

 

一同が船から降りると、まるでウロコが剥がれるようにキラキラと輸送船の外観がめくられ、花吹雪のような光景となった。

剥がれた外観は淡い光を伴って空中に溶け、代わりに現れたのはなんど粘土製の船だった。

ダクタスの呪詛、物の見た目を変型させる能力が解除されたのだ。

 

「今まで乗ってた船って粘土製だったの?怖っ!」

 

この光景を見て、ラミリアが声を上げた。

確かに泥の船という言葉もあるくらい、それは信頼性に乏しいものだ。

今もこうして水に浮いているのが不思議なほどである。

 

「怖くないですよヒドイなぁ」

 

そう言いながら、最後に船から降りてきた人影が二つ。

一人は細身で長身の男性型アルファだ。

辛うじて顔面部分には皮膚コーティングが施されているが、その他のボディは金属の外装が剥き出しである。

もう一人は小柄な精霊の男。

尖った耳と切れ長な目、整った顔だちではあるが、どこか軽薄そうな印象もある。

 

「えーっと・・・誰?」

 

船上で自己紹介をされたのはダクタスとアウレイスだけだった。

ラミリアは思い出そうとするのをやめ、素直に聞いた。

 

「ボクはキスビット人のオジュサです。土の造形魔法が得意で・・・」

 

まず小柄な精霊が名乗り、そして何事か口の中で呟くと、背後に停泊いしていた船があっという間に土の山と化した。

町田とアスミが感嘆の声をあげた。

オジュサは少し得意そうな表情で、更に続ける。

 

「こっちはアルファ。名前は無いのでみんなアルファって呼んでます」

 

オジュサの紹介に、無言のまま軽く会釈だけしたアルファ。

どうやら船の造形をオジュサが担当し、見た目の装飾をダクタスが行っていたらしい。

そしてその船を操縦していたのがこのアルファというわけだ。

 

「では皆さん、こちらへ」

 

ダクタスに促され、それぞれ四台の馬車に分乗し、間も無く村が見えてきた。

ひと際大きな屋敷がひとつだけある。

タミューサ村のほぼ中心部に位置するこの屋敷は、村長の居住場所であると同時に村の会合などを行う場所でもあった。

一階は大部分が広間となっており、そこに皆が集められた。

二人でゆったり使える大きさのテーブルがぐるりと長方形に並べられており、特に席を指定されることも無かったため思い思いの場所に座っている。

広間の最奥部にはエウスオーファンが座している。

テーブルに両肘をつき、組んだ指で口元を隠すような姿勢のまま一同を見渡した。

そのエウスから最も遠い位置に居るのは紫電だった。

不機嫌そうな表情で腕を組み、足も組んでいる。

紫電はエウスの態度が気に入らなかった。

余裕のある態度、大物感。

評価していない相手からそういうものを出されると苛立ちが先に立ってしまう。

奴の態度を裏打ちする能力が知りたい。

それが無ければ単に偉そうなだけのオヤジである。

確かダンが、このエウスオーファンに「大きな夢がある」とか言っていた。

この村の奴らも心酔しているように見える。

いっそのこと殴り合いでもすれば手っ取り早く相手の力量が分かるのだが、しかしいきなり襲いかかる訳にもいかない。

どうやって化けの皮を剥がしてやろうかと考えるが、元々口を動かすタイプではないので考えても良策は浮かばない。

 

「最初に何か言いたいのは、海賊のお嬢さんかな?」

 

ふいにエウスが口を開いた。

皆の視線が紫電に集まる。

やろうとしていたことを、自分がやるより先に人から促されることほど腹立たしいことも無い。

紫電乱暴に立ちあがった。

派手な音と共に椅子が倒れる。

しかし壊れてはいないようだ。

丈夫な造りなのか紫電が加減をしたのか。

 

「今はっきり分かったぜ」

 

ドカドカとエウスオーファンに歩み寄る紫電

自分が座っている椅子を机側に詰め、通路を広く取る町田とアスミ。

隣のハサマは微動だにしない。

 

「オレはあんたにムカついてたんだ!断じて恋じゃねぇ!」

 

やってしまった。

完全に口が滑った。

紫電は耳まで真っ赤になりながら、どうにかこの場を切りぬけようと頭をフル回転させた。

しかし上手い言い訳が出て来ない。

これはもう勢いで押し切るしか・・・。

テーブルを叩き壊しでもするか?

 

「いや、無人島では大変失礼した。訓練中だったのでな」

 

エウスの方から話を逸らしてくれた。

この流れを逃す手は無い。

 

「そうだ、あの時から気に入らなかったんだよ、あんたのその余裕ヅラがな」

 

そう、エウスオーファンが持つ独特の余裕感について聞かねば。

あの時は目隠しをしていた。

今は発言する前に自分を指名した。

何でも見透かされているような感じがして鼻につく。

 

「私は・・・そうだな」

 

ふぅと息を吐き、エウスオーファンは立ちあがった。

それを見て紫電は手近な椅子にどっかりと腰を降ろす。

 

「皆を信頼したことの証に、私の事を話そうか」

 

そしてエウスオーファンの、簡単な自己紹介が始まった。

種族差別が横行するこのキスビットという国を、老若男女も種族も関係なく平和に暮らせる国に変えたいと願っていること。

そのためにまず、このタミューサ村を拓いたこと。

現在はこの村に少しずつ人を増やし、力を蓄えている最中であること。

しかし人口の割に能力者、つまり戦闘に参加できる人数が極端に少ないこと。

そして自分の能力のこと。

 

「私は人よりも少々、嗅覚が鋭くてね。相手の感情や意識の状態なども嗅ぎ分けることができる。特に、信頼に足る相手かどうかの嗅ぎ分けは得意だと自負している。ただし、物理的な距離が遠ければ精度は落ちるがね」

 

そう言って、視線をカウンチュドに向ける。

 

「カウンチュド、と言ったかな。我慢は良くない。ダクタス、案内してやってくれ」

 

促されたカウンチュドはすっと立ち上がり、エウスを見据える。

 

「どうやら相手の状態が分かると言うのは本当らしいな。俺の膀胱は破裂寸前だったが、よくぞ見抜いてくれた」

 

いそいそと広間を出るカウンチュド。

どの程度まで詳細に把握できるのかは分からないが、確かに強力な能力であることは認識された。

エウスは更に続ける。

 

「そしてこの嗅覚と合わせて使う、私の唯一の攻撃法が、意識の隙間を衝くダガーの投擲だ。馬鹿の一つ覚えでね、これしかできん」

 

エウス曰く、どんな達人であれ一般人であれ、必ず意識の隙間というものは存在するらしい。

本人がどれだけ集中していると思っていても絶対に隙はある、とエウスは言い切った。

言葉で説明するよりも実際に見てもらった方が早い、と言いながら、クォルが指名される。

 

「すまないが、付き合ってくれるかね?クォル・ラ・ディマ」

 

「よせよ、クォでいいぜ」

 

実はウズウズしていたクォル。

その「意識の隙間」というものを体験してみたかった。

もしそんなものがあるとして、それを自分が体得できれば・・・。

 

「俺様、また強くなってモテモテ間違い無しってか!」

 

思考が言葉となってダダ漏れである。

ラミリアが大げさにため息をつく。

 

「では、そうだな、これを手に乗せておいてくれ」

 

カウンチュドが戻ってくるのを待ってから、実験は開始された。

エウスオーファンがクォルに手渡したのは小さな木の実だった。

手のひらを上に向け、肩の高さあたりで固定する。

その上に木の実を乗せた。

 

「私がこれからそれを取る。クォ、君はそれを阻止してくれ」

 

「手を動かして避けるってことか?」

 

木の実を握りしめても良いし、手を下げても良い。

何なら取りに来たエウスの手を掴んでも良いと言われた。

この場の全員が、クォルの手に注目する。

そしてもちろん、クォル本人が最も集中している。

自分の手の上にある木の実と、その木の実越しにエウスの姿を視界に収める。

ふいに声が上がった。

 

「えっ・・・?」

 

声の主はカミューネだった。

続いてラミリア。

 

「クォ、あんた何やってんの?」

 

この場に居たクォル以外の全員が、目の前の光景を不思議に思った。

なぜクォルは木の実を守らなかったのだろうか?

エウスの動きは、確かに直線的で無駄の無いものだったが、しかし捉えきれないほど速くは無かった。

そこでようやくクォルは、自分の手の上から木の実が無くなっていることに気が付いた。

 

「い・・・いつの間に・・・?も、もう一回やってくれ!」

 

クォルはまだ信じられない様子だ。

木の実をもう一度乗せてくれと、エウスに手を差し出した。

すると。

 

「うげぇ!なんだ!?俺様の手に・・・もう木の実が・・・」

 

これも、クォル以外の全員がしっかり目撃していた。

エウスがごく普通にクォルの手に木の実を置いている姿を。

 

「無拍子・・・か」

 

ダンが感心したように呟いた。

耳にしたことはあっても、実際に見るのは初めてだった。

 

「すごいです!私にもやってください!」

 

まだ納得し切れない様子のクォルに変わって、メリッサがエウスの前に立つ。

興味津津といった様子で目を輝かせ、手を差し出してくる。

しかしエウスはバツが悪そうな表情だ。

 

「メリッサ、すまないが私は君の期待に添える自信が無いよ」

 

エウスは苦笑まじりで言いながらも、木の実をメリッサの手に置いた。

メリッサは自分の手を顔の前まで近付け、木の実を凝視している。

寄り目になるほど距離が近い。

周囲の皆も息を飲んで見守っている。

そして、エウスが動いた。

そのとき。

 

「っくちゅん!」

 

子猫のような可愛らしいくしゃみが聞こえた。

それに驚いたメリッサは木の実を乗せた手をぎゅっと握る。

エウスの指も一緒に、握り込まれることとなった。

 

「やはり失敗してしまったか」

 

そう言いながら、エウスはくしゃみの主に目をやる。

 

「はん!ザマァねーな!防がれてやんのッ!!」

 

視線を逸らしながら大声で言う紫電

もちろん赤面している。

しかしこのやりとりで、あることに気付いた者も居る。

ダン、ラミリア、クォル、そしてルビネルだ。

 

「反則よその能力。勝てる気がしないわ。一対一なら、ね」

 

ルビネルに指摘されたエウスは、さもありなんという様子で頷いた。

そして自分の能力について解説を始める。

 

「その通りだ。私は連携攻撃にひどく弱い」

 

エウスの説明はこうだった。

相手の意識の状態を嗅ぎ分けることは可能だが、しかしそれを操作できるわけでは無い。

意識の隙間が訪れるのを待つしか無いのだ。

しかし相手が複数だった場合、一斉に、または交互に連続で仕掛けられでもしたら、意識の隙間を探ることも困難となるし、相手側は隙間をカバーし合えることになる。

 

「しかも、紫電のような膂力も無ければカウンチュドのような剣術も使えない。ちょっと鼻が良いだけの、無力な人間さ」

 

少なくとも、こうして自分の弱点を晒しているということは、この場の皆を少なからず信用していることになるだろう。

それが伝われば話した甲斐があると言うものだ。

 

「更に言えば・・・」

 

相手が心神喪失状態であったり操られていたり、また精神を持たない機械だったりすればまるで役に立たない能力であることも補足しておいた。

例えばルビネル本体となら良い戦いが出来るかもしれないが、遠距離からペンを操作して戦われると太刀打ちできない。

またカウンチュドの矢もしかりである。

そしてハサマに視線を向け何か言おうとしたが、エウスはその言葉を飲み込んだ。

一呼吸置いて、エウスオーファンは皆に向かって深々と頭を下げた。

空気が引き締まる。

 

「この通り、私は無力だ。しかしこの国を、キスビットを想う気持ちは誰にも負けないと自負している。私はこの国を変えたい。その為に力を、貸して頂きたい」

 

誰一人として言葉を返す者は居なかった。

いや、何と返して良いのか分からないのだ。

実質、時間としてはほんの数秒かもしれない。

この沈黙を破ったのは、エウスオーファン本人だった。

 

「さて、日も暮れてきたことだ。夕食にしよう。皆にはそれぞれ一室ずつ用意してあるので好きに使ってくれ。詳しい話は明日、村を案内しながらでも良いだろう」

 

この屋敷には来村した客人用の部屋も用意されている。

紫電、メリッサ、ルビネル、アスミ、ラミリア、カミューネの6名が二階の個室をあてがわれた。

町田、クォル、カウンチュド、ダンの4名は一階の個室だ。

そしてハサマには、二階にあるエウスの私室の隣、来賓用の部屋が用意されていた。

部屋に浴室が付属しているのはハサマの部屋だけである。

 

「浴場は二階と一階にそれぞれございますので、二階は女性、一階は男性でご利用ください。あ、申し遅れましたが私はマーウィンと申します。お部屋には着替えなども用意してございますので、ご自由にお召しになってくださいませ。私は二階へあがる階段横の部屋に居りますので、何でもお気軽にお申し付けください」

 

旅支度らしい用意をしているのはルビネルだけで、その他は何も持って居ないに等しい。

事故的にここへ来ることになったメリッサ、アスミ、ラミリア、カミューネはもちろん、紫電もまさか宿泊することになるとは思ってもいなかった。

女性陣としては、着替えがあることは非常に有り難い。

 

「ではしばらくお部屋でおくつろぎください。お夕食の準備が揃いましたらお声掛けさせて頂きます」

 

各自、夕食までの時間を思い思いに過ごし、そして決して豪勢ではないが、歓待の食事が振舞われた。

 

 

■7人で!

 

夕食後、各人はそれぞれ自分に用意された部屋に居た。

その部屋の中で落ち着きなくソワソワしているのは紫電だった。

タミューサ村に来る途中の船で耳にした会話が気になって仕方ないのである。

それはメリッサの言葉だった。

特に聞こうとしたわけでなく、たまたま聞こえてしまった素敵な言葉、パジャマ女子会とはどんなものだろう?

メリッサ、アスミ、ルビネルの三人で、キスビットへ向かう定期船の個室で開催されたと言うとのキラキラした印象の会合について想いを馳せ、ため息をつく。

 

「オレも・・・いや、オレは海賊だ!そんな女子供がきゃいきゃい遊んでるとこへ混ざるなんて・・・」

 

後半は小さくなって聞こえない。

もしこの屋敷でもその女子会とやらが開催されることになったとしても、自分に声はかからないだろう、ということが分かっているからだった。

いや、でもこちらから声を掛ければ?

待て待てそんなことできるわけがない。

それでも・・・。

やっぱり・・・。

葛藤しながら部屋の中をぐるぐると歩く紫電

丁度その足が扉の前で回れ右をし、また部屋の中央へ戻って行こうとしたその時だった。

 

コンコンッ!!

 

紫電の部屋のドアがノックされる。

口から心臓が飛び出すほど驚いた紫電

 

「ぅひゃあッ!!」

 

あとで思い出したら絶対に後悔してしまうような声を上げ、それをワザとらしい咳払いでごまかしつつドアを開ける。

 

「ん゛ん゛ッ!な、何だ?誰だ?」

 

ドアの外には意外な人物が立っていた。

小柄なサターニアの少女、カミューネである。

両手に抱えた着替えとタオルをぎゅっと握り締め、深呼吸をする。

 

「あっ、あのっ・・・お、お風呂!その・・・ご一緒に、いかがでしょう?」

 

確かこの子は鬼に酷い目に遭っていて、鬼が苦手じゃなかったか。

それが何で、鬼である自分を誘いに来たのだろうか。

見れば、やはり若干震えている。

今にも泣きそうな表情だ。

しかし、どんな理由にしろこの子は自分を誘ってくれた。

恐らくはとんでもない勇気を振り絞って。

別に鬼の代表ってワケじゃないが、しかし鬼がみんな嫌な奴だと思われるのも気分が良いものじゃない。

稲妻海賊団は鬼だらけの集団だが、みんな気の良い奴ばかりだ。

もちろん、一癖も二癖もある奴も居るが。

ふっと肩の力を抜いた紫電

視線を合わせるために中腰になり、カミューネの頭に手を当てた。

そっと、ぽんぽんと二度、弾むように。

 

「声掛けてくれてありがとな。すぐ用意すっから、待ってくれ」

 

そう言った紫電は部屋の中の方へ振り返り、ベッドの上にある着替えとタオルに手を伸ばした。

そのときだった。

 

「やったねカミューネちゃん!」

 

驚いた紫電が振り返る。

ドアの陰から出てきたのはアスミだった。

 

「偉い偉い!やれば出来る子だって信じてたよ!」

 

大げさにカミューネを抱き締め頬ずりしているのはラミリアだ。

そこにメリッサが走って来た。

よほど全力疾走だったのか、肩で息をしている。

 

「お風呂、見てきました!全員で入っても、充分な広さでしたよ☆」

 

浴場は紫電の部屋のすぐそばなので、こんなに走る必要は無いはずだが、きっと迷って屋敷中を走り回って来たのだろう。

 

「ちょっと待ってね。あと一人、来るはずだから」

 

最後に現れたのはルビネルだった。

旅の用意として自分のパジャマは準備しているはずだが、しかしここでもタミューサ村で用意されたものを着るようだ。

 

「あれ?ルビネルさん、ここに居る6人で全員ですよね?」

 

アスミが不思議そうに尋ねる。

その6人に自分が含まれていることに、密かに喜びを噛みしめる紫電

着替えとタオルを持っていそいそと部屋から出てきた。

 

「来た来た。あの子も仲間に入れたくて、ね」

 

ルビネルの視線の先、つい今しがた階段を上がってきたのはアウレイスだった。

廊下に6人も居るとは思わなかったアウレイスは少し怯んだ様子だったが、手招きするルビネルが見えたので恐る恐る前進する。

 

「あ、あの・・・皆さんお揃いで・・・これから何を?」

 

どうやら入浴する旨は伝わって居なかったようだ。

しかし皆が手に手にタオルや着替えを持っていることから予測はつく。

そこになぜ自分が呼ばれたのかが分からないのだ。

 

「あら、女の子同士で親睦を深めるには裸のお付き合いが一番でしょ?さ、行きましょ」

 

ルビネルに半ば強引に手を引かれ、アウレイスはお風呂女子会に加わることとなった。

後でマーウィンがアウレイスの分の着替えとタオルを脱衣所に用意し、更にキスビットではメジャーな木の実の酒「ヒヒキニス」を持って来た。

入浴中に酒を飲むという文化は、唯一ワコク出身のアスミだけが知っていた。

とは言え、経験は無く知識として知っていただけではあるが。

そのことを、ここに来る途中に聞いていたルビネルが是非親睦を深めるためにと、マーウィンに依頼したものだった。

なんという段取り力か。

 

「そう言えばルビネル様には特に指定されませんでしたけど、割らなくて大丈夫だったかしら?まぁ、呼ばれたらドナ茶でも持って行きましょうかね」

 

ルビネルの唯一の計算外は、マーウィンがヒヒキニスを飲み慣れているため、ストレートで飲むことに違和感を持たなかったことだろうか。

通常は10倍程度に薄めて飲むのがセオリーのヒヒキニス。

水で割るのが一般的だが、女性にはドナの葉で淹れたドナ茶で割るのも人気だ。

さて、お風呂女子会はどうなってしまうのだろうか。

 

ちなみに、タミューサ村で最もポピュラーなパジャマはこんな形状をしている。

長方形の生地の中央に頭を出す穴が開いているだけ。

あとはそれを被り、背中側の余り生地を前側に回し、そこに重ねるように前側の余り生地を背中に回して帯を締めるだけの簡単なものだ。

7人に用意されたのも、例に漏れずこの仕様である。

 

 

■ダンとハサマとエウスオーファン

 

紫電が部屋でウロウロしていたのと同時刻。

エウスオーファンの私室には主であるエウスと、そしてハサマが居た。

 

「まさか王が自ら起こしになられるとは、心底驚いております」

 

椅子に座るハサマに対し、エウスは床に膝をついている。

知らぬ者から見れば異様な光景であるが、しかしこれが本来あるべき姿だった。

 

「今更そんなに畏まらなくても良いよ」

 

そう言うハサマはどことなく不機嫌そうである。

例えば頭痛がするとか、体調が悪いとか、誰のせいでも無い類の不機嫌さだった。

もちろんそのことに、エウスオーファンは気付いている。

 

「恐れながら、王は戸惑っておられましょうか?この国の異常に・・・」

 

エウスは緊張していた。

なにせ相手は「あの」ハサマ王である。

恐怖のニオイを感知する自らの嗅覚が、その出どころを自分自身だと告げている。

 

「微妙な加減ができないんだよ、ここに来てからずっと。でも本気出すと全部壊れちゃいそうだし。何か知ってるなら教えてよ」

 

下手な小細工は通用しないと、エウスは開き直ることにした。

自分が今持っている情報のすべてをハサマに打ち明けよう。

そしてもしそれで協力が得られなくなっても仕方の無いことだ。

まだ機が熟していない、それだけのこと。

 

「まずはこの国の成り立ちからお話することになります。少々長くなりますが、お付き合いください。・・・その前に・・・メユネッズのダンを同席させてもよろしいでしょうか?」

 

一度話を区切るエウス。

黙って頷くハサマ。

それを確認し、エウスは扉の方に声を掛けた。

 

「ダン、入りなさい」

 

重厚な木製の扉が音も無く開き、ダンが入ってきた。

エウスの嗅覚について聞いていなければ驚愕したかもしれないが、知っていれば特に驚くことも無い。

 

「貴殿の夢について、聞きたい事がある」

 

ダンはハサマの存在にも気付いていたが、敢えてそれには触れなかった。

先客が居り、しかし招き入れられた。

つまり手短に用を済ませ出て行くのが良策と考えたのだ。

 

「私は人の夢を探知し、斬り分けることができる。そしてその夢の内容も判別できるのだが・・・」

 

エウスは右手で顎髭を撫でながら聞いている。

 

「貴殿には国を作り変えるという途方も無い夢があるはずだな?」

 

ダンは少し語気を強くし、一歩迫りつつ尋ねた。

少々苛立ちのようなものが含まれている。

 

「そういうことか。なるほど、君は私の夢が目当てだった、と」

 

「そうだ!なのになぜ貴殿からはひとカケラの夢も探知できないのだ!」

 

無意識に、ダンは大声を上げていた。

一階の広間で聞いたエウスの言葉に、嘘は無かったように思う。

キスビットという国を愛し、その在り方を憂い、現状の仕組みを作り変えようという壮大な夢が、この男には在るはずなのだ。

しかしダンにはそれが見えなかった。

感じなかった。

夢を探知することができる剣も、何の反応もしていない。

 

「ちょうど今、ハサマ王にその話をするところだったんだ。一緒に聞いてくれないか?夢追いのダンよ」

 

エウスはダンに椅子を勧め、ハサマに視線を送った。

構わない、という意味の頷きで返すハサマ。

椅子に腰を掛けるダン。

 

「そもそもキスビットという国は・・・」

 

この国キスビットには、現在キスビット人と呼ばれている精霊たちが住んでいた。

他の種族は存在せず、この大地は耳の長い彼らだけのものだった。

彼らは大地に感謝し、神であると崇めた。

土壌神ビットと呼ばれたその神はキスビット人の信仰に対し、土を操る魔法を授けることで応えた。

およそ1,000年前のことである。

 

「しかし人の信仰とは、とても弱く脆い・・・」

 

当時、まだ稚拙な狩猟法や農耕法しか持たなかったキスビット人は、増えていく人口を賄えるだけの食糧を確保できなくなっていた。

そうなると当然ながら生活が苦しくなる。

苦しくなれば信仰は薄れ、生きていくことが優先となる。

神殿への貢物が供されなくなり、人々の心から土壌神ビットへの敬愛が失われようとしていた。

 

「その頃、キスビット人も未熟であったが、神もまた未熟だったのだ・・・」

 

キスビット人の信仰心がより集まり編まれ織られ形を成したものがビットである。

生まれて間もない神は、自らの存在が消えてしまうことを恐れた。

信仰が足りない。

どうすれば良い?

そこで神は考えた。

一人一人の信仰が薄く少ないのなら、もっと人を増やせば良い。

そして精一杯手を伸ばせる範囲から、キスビットへ人を運んできた。

 

「こうして、キスビットの大地に初めて、精霊以外の種族が存在することになった・・・」

 

突然連れて来られた彼らは恐れ慌て絶望した。

うまく増えない者が多かった。

しかし神は諦めなかった。

外から連れてくる数をもっと増やそう。

そうすれば信仰が戻る。

やがて、キスビットに根付く種族が現れた。

それが妖怪、アスラーンである。

彼らはその生来の用心深さで、未熟な大地キスビットに文明を築いた。

他国では当たり前の文化文明も、ゼロから造り出すのは難しい。

しかしアスラーンたちはやり遂げた。

こうして人口は着実に増えていた。

しかし神への信仰はどんどん薄らいでいる。

神は焦った。

こんなにも増えているのに、なぜ信仰心が集まらないのか。

だが実は、神はほんの少し別の満足感を得るようになっていた。

この頃、そのアスラーンたちと先住民であるキスビット人との間で頻繁に諍いが起きていたのだ。

アスラーンたちはキスビット人を憎み、また逆にキスビット人はアスラーンたちを恨んだ。

その黒い感情が信仰心の代わりに流れ込んできたとき、神は今までとは違った悦を覚えるようになっていた。

もうそこに、原始の神は存在しなかった。

 

「そこからビットは、種族の強制移民を計画的に行うようになったのだ・・・」

 

エウスオーファンが今までの人生の大半を費やし収集した情報、試行錯誤の末に得た仮説、多くの犠牲を払って行ってきた検証、それが今、ハサマとダンに語られていた。

 

 

■クォルと町田とカウンチュド

 

「だからッ、もー分かんねぇ奴だなお前は!」

 

クォルが苛ついて地団太を踏んでいる。

どう頑張ったところで絶対に勝ち目の無い相手に挑んでいる勇者は町田だった。

クォルを部屋から出さないように、扉の前で両手を広げているのだ。

 

「覗きなんて、駄目です!」

 

クォルの鍛え抜かれた体を見れば、いくら素人の町田とてその強さの片鱗くらいは理解できる。

自分が到底敵わないことも承知している。

とは言え、その相手が女風呂を覗きに行こうとしていると知って易々と黙認できる町田では無かった。

そこにはアスミも居るかもしれないなら尚更である。

絶対に通してはならない。

 

「クォ、俺に任せな」

 

クールにキメてクォルを押しのけたのはカウンチュドだ。

立てた人差し指を左右に振り、目を細めて町田を見る。

 

「ちっちっち。町田よ、お前はなぜ米を食うと思う?」

 

町田もクォルも頭上にはハテナマークが浮かんでいる。

それを見てカウンチュドは盛大にため息をついた。

 

「良いか?そこにお米があるからだろうが!」

 

説得力は皆無だが迫力は凄まじい。

これが何かの契約ならすぐにサインをしてしまいそうである。

しかし、町田には守るべきアスミが居るのだ。

彼女の裸体をコイツらの視界に入れることも記憶に納めさせることも断じて許容することはできない。

 

「なぁ町田よ、目の前に米があれば食うだろ?それと一緒だぞ?」

 

全く通用しない。

カウンチュドの持つ謎のカリスマ性も、愛のチカラには敵わないのだ。

しかしクォルは諦めない。

この館の同じ屋根のした、あの美女たちが一糸まとわぬ姿で居るという状況を想っただけで、力が漲るのを感じる。

俺様は征かねばならぬ。

殴り倒していくのは簡単だが、しかし。

惚れた相手の為に体を張っている男を無下にするわけにもいかなかった。

 

「大体な、あのアスミって子も、お前に見られたがってるかも知れないだろ?」

 

クォルの言葉は苦し紛れで雑な論法だった。

しかしこれが町田に響いた。

なんという偶然か。

町田は定期船の朝食の席でアスミに言われた言葉を反芻した。

 

『なーんだ、残念。』

 

あれは、どういう意味だったのだろうか。

もしや、そういう意味だったのだろうか。

理由は良く分からないが、クォルは自分の攻撃が効いていると判断した。

さすがに戦い慣れしている。

ここは押せと、歴戦で培った勘が言っているのだ。

 

「それを確かめるためにも、行かなきゃ男じゃないだろ!?」

 

町田は揺れた。

覗きはいけないことだ。

しかしそれは、相手が嫌がっているという前提がある。

もし嫌がっていないのなら?

いやいや、覗かれて嫌じゃない人なんて・・・。

 

「まぁ水でも飲んで、一息つけよ」

 

葛藤する町田の口にコップが押しつけられ、液体が流し込まれた。

カウンチュドの仕業である。

 

「あ!ちょっと!旦那!それ酒だって!」

 

先ほどマーウィンから勧められたヒヒキニスという酒だった。

クォルの故郷の銘酒「活火山」には及ばないが、しかし相当に強い酒であることは分かる。

なにせ底無しの酒豪であるクォルが美味いと思ったのだから。

それが、町田の口に注がれたのだ。

飲めない相手に無理に飲ませるとトンデモナイことになるということを、過去の経験から知っているクォル。

さて町田は飲める方かのか、飲めない方なのか。

 

「僕は・・・僕は・・・」

 

町田が肩を震わせながら呟いた。

泣いているのか?

バッと顔を上げた町田の、眼鏡の奥には燃える瞳が在った。

 

「僕は、アスミちゃんの気持ちを確かめる!!」

 

今まで死守していた扉を自ら勢い良く開ける町田。

諸手を上げて追従するクォル。

なぜか布を顔に巻き付け覆面スタイルになったカウンチュド。

三人は一階の廊下を移動し、二階へ繋がる階段を登った。

集結の園へ

あけましておめでとうございます、坂津です。

この記事は『Parallel Factor Cultivate Server パラレルファクター・カルティベイトサーバー』略して【PFCS】関連の稚拙な文字列です。

pfcs.hatenadiary.jp

皆様のキャラクターをお借りしております。

我が国『キスビット』へ続々と集結しつつあります。

これらの続きとなっております。

【上】それぞれのプロローグ - 『かなり』

【中】それぞれのプロローグ - 『かなり』

【下】それぞれのプロローグ - 『かなり』

【前】それぞれの入国 - 『かなり』

【後】それぞれの入国 - 『かなり』

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国種族性別名前職業創造主
ドレスタニア(近海) 女性 紫電 海賊 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア 人間 女性 メリッサ 国王付きの使用人 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ アルビダ 無性 ハサマ 国王 ハヅキクトゥルフ初心者
奏山県(ワコク) 人間 男性 町田 会社員 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) 人間 女性 アスミ ピアニスト ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 人間 男性 クォル・ラ・ディマ 自警団団長 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 人間 女性 ラミリア・パ・ドゥ 格闘家 らん (id:yourin_chi)
ライスランド 精霊 男性 カウンチュド 射手 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ 精霊 男性 ダン 夢追い人 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス アルビダ 女性 ルビネル 学生 フール (id:TheFool199485)

 

【愚痴】

12,000文字書くなら2,000文字を6回更新した方が良いのかもしれないなぁとか、でも少ない文字数でみんなを活躍させる力量が無いなぁとか、書けば書くほど課題問題が山積して胃が痛たたた。

最終話までの線は在る。

散りばめるネタも在る。

肉付けすると長くなる。

削る度胸とテクが無い。

嗚呼無情・・・。

 

 

  

~・~・~・~・~・~・~・~

 

■タミューサの村長

 

「一気に10人か・・・参ったな・・・」

 

ダークブラウンで統一された木製家具の部屋はとても落ち着いた雰囲気だ。

その落ち着いた部屋の中で唯一落ち着かないのはタミューサ村の村長、エウスオーファンだった。

頭を掻いたり顎を撫でたりしながらブツブツ呟き、せわしなく部屋中を歩き回っている。

考え事、特に策を巡らせる時の癖だった。

しかし言葉とは裏腹に、その表情は悪戯を思い付いた少年のような笑みを浮かべている。

とても「参って」いるとは思えない。

 

「エウス様、どうなされたんじゃ?」

 

部屋を訪ねて来たのはサターニアの老人だった。

本来ノックすべき扉は開け放たれており、部屋の前まで来れば嫌でも歩きまわるエウスが目に入る。

 

「やあ、ダクタスさん。良いところに来てくれた」

 

二人は古い付き合いだ。

エウスが村長になる以前から、辛苦を共にしてきた。

タミューサ村において、今でもエウスが「さん」付けで名を呼ぶのはダクタスを含め、三人だけである。

 

「なにやら楽しげな顔じゃが、嫌な予感しかしませんぞ」

 

にやりと笑うエウスとは対照的に、ダクタスは額に冷や汗を浮かべて一歩下がった。

エウスオーファンがこういう顔をしていると、決まって面倒事に巻き込まれるのだ。

しかも不可避である。

 

「今、このタミューサ村にお客さんが向かってきているんだよ」

 

エウス村長は、自分が嗅いだ情報を手短に説明した。

何の因果か、同時に12人もの面々がキスビットに向かってきている。

11人の訪村者と1人の帰村者だ。

まず帰村者は、チュリグに使節として出した鬼族の男。

その他の11人はそれぞれが別々の場所から集まっている。

以前、近海の無人島で出逢ったことのある鬼の女海賊、紫電

不運な事故で無賃乗船してしまったドレスタニアのメイド。

医薬品の調達に使節を向かわせたチュリグから、なぜか王が自ら。

本来ならこんな場所へ来るべきでないワコクの一般人の男女。

ジネの人狩りの獲物として招待されたらしいカイザートの男女。

これにはジネの奴隷がオマケで付いている。

ライスランドからお米の伝道師。

夢の国メユネッズから、エウスを探している騎士。

カルマポリスで呪詛の研究をしている女学生。

それぞれが偶然必然綯い交ぜの渾然一体だ。

重なりも重なったり運命の輪。

合いも合ったりタイミング。

 

「ダクタスさん、アウレイスを連れて迎えの船を出してくれないか」

 

依頼型の言葉を選んではいるが、もちろん拒否権は無い。

それはダクタスが一番よく分かっている。

 

「ではエイ マヨーカの輸送船に擬態しましょうかの」

 

やれやれと言った口調で承るダクタス。

彼の呪詛は「対象の見た目を変化させる」というものだ。

そのものの性質や特徴、質量が変わるわけではなく、外見だけを変化させる。

紙幣に変えたガラスは落とせば割れるし、羽毛を鉄塊に変えても息を吹きかければ飛んでしまう。

今回は、王都エイ マヨーカ領内を縦断する川、エイアズ ハイ川を遡上する必要があるため、タミューサ村の船では色々と問題がある。

ダクタスはさっそく準備に取り掛かろうと部屋を去る。

その背中に声が掛けられた。

 

「そう言えば、何の用でここへ?」

 

「はて、なんじゃったか・・・。まぁ忘れる程度の事ですわい」

 

年は取りたくないものだと苦笑しながら立ち去るダクタス。

彼が確認したかったのは、航海を終えて帰村したアウレイスのことだった。

新しい能力が備わったようなので村長に報告したいと言っていた。

なにやら髪の毛の先が少々黒くなってしまったという変化もあったらしいが。

 

 

■乗り込め定期船

 

稲妻海賊団の船は、ダンとクォル、ラミリアとカミューネ、ハサマと紫電、それから絶賛重症中のキスビット使節の鬼を乗せて出航した。

ワコクからキスビットへ直行する定期船に乗り込むためだ。

 

「あの・・・その・・・えっと・・・」

 

海賊船の甲板で、カミューネは困り果てていた。

海賊団のクルーのひとりに話し掛けられている。

 

「カ、カミューネちゃんさぁ、ジ、ジネで・・・ど、どんなメに遭ってたのかをさぁ、詳しく教えてくれないかなぁ・・・ねぇ?ど、どんなことされてたのぉ~?」

 

全くカミューネと視線を合わせることは無いが、しかし顔以外の部分を舐めるようにねっとりと視線を這わせながら、眼帯の鬼が迫る。

元々鬼に対して恐怖感しか無いカミューネは、荒い息遣いで目の前に立ちふさがる相手に対し、声を上げることすらできなかった。

その怯える様子が更に相手を増長させることになるとは思ってもいない。

目をキュッと閉じると、溜まった涙があふれ出した。

ドカッ!

物音に驚いて目を開けると、そこにはもうさっきの鬼は居なかった。

 

「先に聞くべきだったかもしれないけど、あんたカミューネちゃん苛めてた?」

 

頭をポリポリと掻きながら蹴り脚を降ろしたのはラミリアだった。

なんとなく雰囲気的に、ここは蹴っとくべきという気がしたから蹴ったらしい。

派手に吹っ飛んだ鬼は固い何かにぶつかって甲板に落ちた。

 

「いっ痛いじゃないか!こ、この僕を、い、稲妻海賊団の、き、金弧様と知っt」

 

「金弧ぉ、洗濯は終わったのか?」

 

彼がぶつかったのは忌刃だった。

3メートルはあろうかという筋骨隆々な忌刃は、遠くから見るともはや岩石と呼んでも過言ではないほど屈強だ。

金弧の頭を掴んで持ち上げる。

メキメキと軋む頭蓋骨の音を聞きながら、金弧は叫んだ。

 

「い、今からッ!や、やろうと!!!」

 

ポイっと放り投げられた金弧は脱兎のごとく洗濯場へ走っていった。

その姿を見送ったあと、忌刃はのっしのっしとカミューネに近付いてきた。

無意識にラミリアの服をぎゅっと掴み、ぴったりと体を寄せるカミューネ。

その震えはラミリアにもしっかり伝わっていた。

昨夜も食堂で一緒に居た忌刃だが、こうして対峙すると明らかに大きい。

 

(あらら、こりゃ逆立ちしたって勝てないわ・・・)

 

相手に敵意が無いことが分かっているにも関わらず、それでも肌が粟立つ。

クォルと二人がかりでも厳しいな・・・。

強者と対峙した時、ついつい「どうやって戦うか」を考えてしまうのは戦闘部族の習慣か。

 

「ウチのが、すまなかったな」

 

それだけ言うと忌刃はのっしのっしと去っていった。

それでようやくラミリアは、自分が拳を固く握りしめていることに気が付いた。

 

「見えたゾッ!キスビット直行の定期船ッ!」

 

マストの上から叫んだのは見張りをしていた小さな鬼だった。

これからあの船に乗り込み、タミューサ村を目指すのだ。

 

 

紫電 vs メリッサ

 

予定通りに進行したのは、紫電の海賊船を海上で横付けし、皆が定期船に乗り込むところまでだった。

無駄な被害を出さないよう、定期船の船長に対しそれはそれはスマートに乗船の依頼をしようとしたが、交渉は一方的に決裂されてしまった。

対面したのが海賊団の幹部、忌刃だったのが失策だったかもしれない。

定期船の乗組員たちは忌刃の外見に震え上がり猛烈な攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「忌刃!構わねぇから行っちまいな!あとはオレがやる!」

 

タミューサ村の使節を抱えたダン、クォル、カミューネを連れたラミリア、ハサマ王、そして紫電が定期船に乗り込んだことを確認すると、海賊船はエイ マヨーカの港を目指して滑り出した。

 

「ちょ、てめぇ!落ち着けって!ちょっと乗せて欲しいだけだっての!」

 

半狂乱で打ちかかってくる船員を片手で往なしながら、紫電は話し合いに持ち込もうと必死だった。

しかしその表情がすでに、船員には「どこから喰ってやろうか」に見えている。

 

「嘘だー!騙されるものかー!」

 

あまりの恐れられっぷりに深く傷つく紫電

外見を怖がられるのはよくあることとは言え、いつまで経っても慣れない。

海賊として箔が付いていると考えれば受け入れられそうなものだが。

 

(そ、そんなに怖がらなくたっていいじゃないかー!)

 

声には出さないが心で泣く紫電

ちょっぴり涙も浮かべてしまう。

それがマズかった。

一瞬、涙で曇った視界で船員を見失ってしまったのだ。

そして視野の外から迫る攻撃に対し、ほんのちょっとだけ、つい力を入れて弾いてしまった。

 

「うわああああぁぁぁぁーッ!!!」

 

ドボーンという波の音が響く。

船員は海に落ちてしまったようだ。

これが決定打となり、定期船側の徹底抗戦ボルテージは最高潮に達してしまった。

 

「あああ!あの方は私に美味しい何かを持ってきてくださった誰か!」

 

海面から顔を出してバシャバシャと海面を叩いている船員に叫んだのはメリッサだった。

溺れることは無いだろうが、船が起こす波で非常に泳ぎづらそうではある。

メリッサは甲板の隅に設置されている浮輪を海に放り投げようとした。

 

「よっ・・・いしょ!・・・あらら?」

 

平常時に簡単に外れてしまわないよう、浮輪には留め金が施してある。

それを引き抜けばすんなり取り外せるはずだが、メリッサはそれに気付いていないようだった。

いくら押しても引いても、浮輪はビクともしない。

 

「オイ、あんた、コレを抜くんじゃないか?」

 

見兼ねた紫電が留め金を引き抜くと、浮輪は簡単に外れた。

しかしそれはメリッサが全力で浮輪を持ち上げようとしたタイミングだった。

ゴッ・・・。

浮輪は紫電の額に当たり、海賊帽を弾き飛ばした。

偶然にも浮輪は海上の船員付近に落下し、帽子も共に海へと落ちた。

 

「って~・・・何すんだよ!!」

 

「まぁ☆なんて可愛らしい!猫さんみたいですね♪」

 

「ッ!!(///)」

 

バッと両手で頭を隠す紫電

鬼族には頭部にツノが生えている。

その生え方には個人差がある。

紫電の場合は猫耳のように、頭の左右にちょこんと可愛らしく付いてるのだ。

これがコンプレックスである紫電は常に海賊帽で隠していた。

 

「オイ!お前!オレの帽子も拾って来い!!」

 

浮輪にしがみついている船員に怒鳴りつける紫電

しかしその両手は頭の上であり、イマイチ迫力に欠ける。

目尻には涙すら浮かんでいる。

 

「船員さん、この方の帽子、お願いします!なんだか可哀相なんで!」

 

紫電は謎の憐れみを掛けられ、屈辱に震えた。

 

(なんでこんな頭の悪そうなメイド娘に可哀相とか言われなきゃならないんだ~!)

 

 

 

■町田・アスミ vs ハサマ

 

ハサマは甲板を歩いていた。

船員たちは、紫電が仲間を海へ突き落したことによって戦々恐々としている。

その紫電と共に海賊船から乗り込んできた男の子の様な女の子の様なアルビダは、屈強な海の男である船員達と多勢に無勢であるにも関わらず、平気な顔をしている。

外見とは裏腹に不気味なオーラを纏うハサマに、皆が言い知れぬ恐れを抱いた。

無人の野を往くがごと歩を進めるハサマ。

 

「く、来るなっ!!」

 

怯えた船員が叫ぶ。

しかしハサマとしてはその言葉に従うつもりも理由も無い。

船室に入ってのんびりしたいだけなのに、たまたまそこに船員の一団が居たというだけなのである。

制止の言葉に何の反応もしないハサマに、船員の一人が打ちかかろうとしたその時だった。

 

「危ないッ!!」

 

外の物音を聞きつけて船室から出てきたアスミが、咄嗟にハサマに抱きついた。

船員たちに背を向け、庇うような態勢だ。

そのアスミと船員たちの間に割って入ったのは町田だった。

 

「何をしているんですか!」

 

二人にしてみれば、筋骨隆々な海の男たちが子供を取り囲んで脅しているように見えたのだろう。

知らぬ者が見れば確かにそう見える構図だ。

真実は真逆なのだが。

 

「いや、そいつは・・・」

 

「アスミちゃん!早く中へ!」

 

「うん!」

 

アスミはハサマを連れて船室へと戻る。

町田も素早く中に入ると、内側から鍵を掛けた。

 

「大丈夫?怪我は無い?」

 

心配そうにハサマの顔を覗きこむアスミ。

 

「大丈夫だよ」

 

アスミはハサマの返答に安心してため息をついた。

しかしなぜあのような状況になっていたのだろうか?

不思議に思った町田がハサマに尋ねる。

 

「ねぇ君、あのおじさんたちと、何かあったの?」

 

「ハサマは何もしてないよ」

 

説明にはなっていないが、しかし嘘はついていないように思われた。

ハサマの無垢な笑みを、アスミは信じることにした。

 

「私はアスミ。ハサマちゃんのこと、信じるからね」

 

「僕は町田だよ。外が落ち着くまで、ここに居よう」

 

どう見ても人間の一般人が、自分を匿っている。

圧倒的なチカラの差が分からないのだろうか?

さっきの船員たちはある程度、ハサマの実力を感じていたようだ。

しかし目の前のアスミと町田は、逆にハサマを護ろうとしている。

相手と自分の力量の差を感じられている分、船員たちの方が生物的には優良なのだろう。

しかしハサマはなぜかこの状況を心地良いと感じた。

とりあえず何か起こるまでは、この二人の前ではこのままで居ようと思った。

 

 

 

■カウンチュド vs ダン

 

「怪我人に追い打ちをかける矢は持ち合わせていない」

 

カウンチュドは侵入者であるダンに対し、負傷している鬼を降ろすよう指示した。

ダンとしてはどうにか穏便に済ませたい場面であるが、カウンチュドの鬼気迫る表情と引き絞られた弦に尋常ではないプレッシャーを感じた。

 

「まさか貴殿ほどの使い手が乗っていようとは・・・」

 

戦いは避けられないかもしれないと思いつつ、負傷している鬼を甲板に降ろすダン。

ゆっくりと寝かせ、そしてそのままジリジリと間合いを広げるように後退する。

本来、飛び道具相手に剣で戦う場合、間合いを詰めるのが定石だ。

しかしそれは相手を制圧する場合である。

ダンは射出された矢を叩き落とすつもりでいた。

それで相手が諦めてくれれば、それに越したことはない。

 

「ライスランドのカウンチュドだ!」

 

ギリギリと弦を引き、カウンチュドが名乗った。

応えるようにダンは腰を低く落とし、剣の握りを深くした。

 

「メユネッズの、ダン」

 

二人は微動だにしない。

しかしその間に流れる空気は確実に重さを増していた。

圧縮された濃密な時間が漂っている。

拮抗する闘気がぶつかる空間からチリチリと音が聞こえそうなほどだ。

静から動への転換は、瞬きすら許されない刹那に訪れた。

ちょうど二人の中央に寝かされている鬼が、目を覚ましたのである。

 

「う・・・ん・・・ここは?」

 

「ルァァァァアアアアアーーーィスッッッ!!!」

 

カウンチュドが放った矢は3本!

ダンは驚愕した。

まさか3本の矢を一度に放つとは考えてもいなかった。

自分の動体視力に感謝する。

だが見えただけではどうにもならない。

避けるか弾くか・・・。

しかしこの場面での躊躇は死に直結する。

急所の防御だけに専念することを咄嗟に決めたダン。

が。

ダンは更に驚愕することになる。

1本の矢が今目覚めたばかりの鬼に直撃した。

脇腹が丸く抉られそのまま失神する鬼。

2本目の矢は空高く舞い上がり、目で追うことが出来なくなった。

3本目の矢は海を目指して水平線へ消えた。

 

「な・・・」

 

決して戦闘時に陥ってはならない混乱状態。

しかし一瞬で我に返ったのはさすが、夢追いのダンである。

 

「なぜこの鬼を撃ったぁぁぁー!!」

 

「知るかぁぁぁーッ!!!!」

 

予想の遥か斜め上の返答が全力で返ってきた。

矢の威力は申し分無い。

何しろ鬼の脇腹はひどい有り様である。

彼が鬼でなければ即死だったかもしれない。

しかしその使い手の思考がまるで読みとれない。

 

「やはり、こうなるのか・・・」

 

なぜか非常に悔しそうな表情で剣を握るカウンチュドに対し、過去に例を見ないほど不気味なものを感じるダン。

自然と冷や汗が流れ落ちる。

カウンチュドが剣を構えた瞬間、ダンは己の判断を悔いた。

まだ弓を構えている間に倒さねばならない相手だった。

これほどの剣気を放つ相手と対峙するのは初めてだ。

 

「剣ではあまり気乗りしないが・・・」

 

そう言ったカウンチュドの左肩に、トスッと、矢が刺さった。

天高く撃ち上がった2番目の矢が今頃になって落ちてきたらしい。

ダンはいよいよ狼狽した。

 

 

■ルビネル vs クォル・ラミリア

 

「貴方達、何者なの?この船をどうするつもり?」

 

クォルと対峙したルビネルが問う。

いつでもペンを飛ばせるように、背中に回した左手には緑黄色の霧を吹きつけられるアトマイザーを構えている。

それに対してクォルは構える様子もない。

 

「あららら、そんな怖い顔したら美人が台無しだぜお姉さーん」

 

一見すると軽いノリと態度だが、しかしまるで体幹がブレていない身のこなし。

まるで隙が見当たらないことがルビネルの緊張感を増大させる。

 

「ちょっとクォ!まーたそうやって馬鹿丸出しで!」

 

サターニアの少女を半身で庇うように体を密着させ、後方から声を掛ける女性も要注意だった。

確実にルビネルの間合いから外れ、そしてクォと呼んだ男性のカゲに入るように位置取っている。

完全に戦い慣れしていることが窺える。

ここがホームのカルマポリスであれば対等以上に戦えるかもしれない。

しかし今の状況では目の前の男一人を相手にするのにも苦戦しそうである。

 

「できれば、大人しく去ってもらいたいのだけど?」

 

会話を続けながら隙を探そうとするルビネル。

その集中力と駆け引きのセンスは、よりクォルを喜ばせることになった。

 

「お姉さん強いね。いやぁ、超絶美人だし!ラミとは大違いだな!」

 

「あら、ありがとう。貴方もなかなか良いおとkッ!!」

 

ルビネルは完全に意識の外から攻撃を受けた。

充分に間合いを取っているという油断が招いたことかもしれない。

クォルが、飛んで来たのである。

 

「大きなお世話よッ!!」

 

そう叫んだのはラミリアだった。

同時にクォルの背中に直蹴りが炸裂していた。

そう、クォルはラミリアによって射出されたのだ。

ノーガードで真後ろから蹴撃を受けたクォルは真っ直ぐルビネルに向かって飛び、そしてルビネルにぶつかってしまった。

 

「ってぇぇーッ!!何すんだラミィーッ!!」

 

攻撃を受けた際にはまず自分の体の状況を確認する。

これは戦士の鉄則である。

背中の激痛は、痛いだけで特に何も異常は無さそうだ。

さすがにラミリアも骨がイくまで蹴りはすまい。

甲板に膝を突くような態勢だが、足も両方動く。

左手は甲板に突き上半身を支えている。

右手は何か柔らかい。

ん?柔らかい?

 

「きゃああああーッッッ!!!!」

 

左頬に激痛が走る。

パァンという乾いた破裂音が聞こえた。

自分が平手打ちされたことに後で気付いた。

 

「何するのよ変態ッ!!」

 

ルビネルは自分を押し倒し馬乗りで胸を鷲掴みにしてきたクォルを張り倒して起き上がった。

完全に不可抗力であったが、そんなことはルビネルには関係ない。

揉まれたという事実だけが重要だ。

 

「ご、ごめんねウチの変態が・・・」

 

いつの間にかラミリアがルビネルの目の前まで来ている。

蹴り飛ばしたのが自分であることに負い目を感じつつ、全ての責任をクォルに押し付けようという魂胆だった。

 

 

■タミューサ村からの使者

 

それぞれが船上の各場所で様々なドラマを織りなしていると、突如定期船が大きく揺れた。

気付けば真横に、この定期船の倍はあろうかという規模の大型輸送船が横付けしているのだ。

輸送船が起こした波によって、全員がその足場を激しく揺らされることとなった。

 

「本船の船籍はタミューサ村である!そこな定期船に乗り合わせた御仁らに申し上げる!我が長、エウスオーファンの計らいで迎えに馳せ参じた!本船へ来られたし!」

 

皺枯れた、しかし力強い老人の声が響き渡る。

紫電は両手で頭を覆ったまま振り向いた。

転倒しかけたメリッサは紫電の胸にめり込んで事なきを得た。

声を聞いた町田が船室の扉を開けた。

顔を出して様子を確認するアスミ。

その後方で腕組みをしているハサマ。

カウンチュドは肩に刺さった矢を引き抜き苦悶の表情だ。

ダンは後ろに跳び退き距離を取りつつ貨物船を見る。

大きく揺れ斜めになった甲板を転がるクォル。

ルビネルは足元に転がる男を警戒しスカートを抑えた。

そしてラミリアが大声で返事をする。

 

「なにー?私らをタミューサ村まで運んでくれるのー?」

 

少しハスキーなよく通る声が甲板上に響く。

単なる緊張感の無い応答を装いつつ、その実、この場の全員に注意を呼び掛ける合図だ。

後から乗り込んだ自分たちの目的がタミューサ村であることを、定期船側の人員に伝えるという役割も果たす。

 

「当方に害意はありません!皆様!どうかお集まりください!」

 

今度は女性の声が響く。

 

「私はタミューサ村のアウレイスと申します!皆様をお迎えに上がりました!」

 

大型輸送船から架けられた簡易式の階段を最初に登ったのは紫電だった。

やっとの思いで船に這い上がって来た船員から海賊帽をもぎ取ると、滴る海水も気にせずに被り、輸送船へ向かう。

 

「わざわざ出迎えたぁ有り難い。こっちの動きが筒抜けなのが気に入らねぇけどな」

 

精一杯の皮肉の言葉を吐きつつ、わざと大きな足音を立てながら輸送船へと上がっていく紫電を追ったのはメリッサだった。

 

「猫さんがそちらに行かれるのでしたら、私もご一緒させてください☆」

 

「だッ誰が猫さんだッッ!!!」

 

それに続くのはラミリアとカミューネだ。

 

「確か私らの目的地、タミューサ村って言ってたよね?」

 

ラミリアに問われたカミューネがこくりと頷く。

本来エイ マヨーカに着くはずの船を無理矢理タミューサ村へ向かわせなくても良いのなら、それに越したことはない。

紫電とメリッサが輸送船に乗り込み、ラミリアとカミューネが階段を渡っている途中。

突然、輸送船の甲板の前方から眩い光のドームが発生し、あっという間に定期船までを包み込んだ。

その場に居る全員が、得も言われぬ安心感と幸福感に包まれる。

そして光が消えたとき、叫んだのはカウンチュドだった。

 

「なんということだッ!!!傷が!傷が治っているッッ!!」

 

常人と比較すれば驚異的な回復力を備えているカウンチュドだったが、先ほどの矢による負傷は恐らく、完治に半日程度の時間を要するはずだった。

しかしあの光を浴びた直後に、傷はきれいに塞がっており、痛みも無くなっていた。

 

「誰かは知らんが、治癒の礼を言わねば!」

 

輸送船へと階段を駆け上がるカウンチュド。

カウンチュドが行くのならそれについてゆくしかないのが町田とアスミだ。

二人も輸送船へと登っていく。

そして、アスミが手をつないでいるハサマも一緒だった。

 

「あれ?俺様いつの間に完全復活?」

 

ラミリアに蹴られた背中とルビネルに引っ叩かれた左頬の痛みが無くなったことに驚いているのはクォルだ。

甲板に転がっている間になぜか体が全快している。

だが右手の柔らかな感覚だけは消えずに残っているような気がする。

手のひらを上に向け、それを見ているクォルに声を掛けたのはルビネルだった。

 

「お連れの二人はあっちに行ったわよ、変態さん」

 

目の前の強敵が去ったことにより、一気に緊張から解放されたダンも輸送船へ向かっていた。

あの船に乗れば目的のエウス オーファンに逢える。

しかしなぜ迎えの船など用意できたのだろうか?

確かにタミューサ村を目指してはいたが、その情報がエウスオーファンに伝わる可能性は極めて低い。

またもし迎えを出したとしても、広い洋上でこうして出逢うことなど不可能に近いのではないか。

だがあれこれ思案したところで答えは出ない。

全ては直接対面してからの話である。

 

「あ、あれ?俺は・・・」

 

甲板の上でむくりと上半身を起こしたのはチュリグへの使節だった。

正体不明の矢に脇腹を貫かれたような記憶がうすぼんやりと脳裏をかすめる。

しかし体にはどこも異常は無く、むしろ活力が漲っている。

 

「あ!エビシさーん!お久しぶりですー!」

 

見上げる輸送船から手を振っているのは、まぎれも無くアウレイスだった。

目覚めたらそこにアウレイス。

なんだ、ここは天国か。

本人非公認ではあるが、アウレイス親衛隊を結成して密かに応援を続けてきた。

その活動がようやく報われた。

 

「何をやっとるんじゃエビシ!さっさとこっちへ来んか!」

 

え?ダクタスさんも居るの?

ここ天国じゃないの?

思考が現実に追いつかないでいるエビシだった。

 

 

■集結の園へ

 

一般の乗客を乗せた定期船は予定通り、キスビットの王都エイ マヨーカを目指して進みだした。

大型輸送船の広い船室では、改めて自己紹介が行われていた。

 

「オレは海賊の紫電だ。アンタらの村長に用がある」

 

もちろん、紫電の本当の目的は絶対に言えない。

自分の心を占領しているこの気持ちの正体を突き止めるために。

これが恋なんかじゃないと証明するために。

 

「私はドレスタニアの王様のショコラ様のお世話をさせて頂いております!あ、名前はメリッサです♪ガーナ様に怒られない為に何か美味しいお土産を教えてくださいね☆」

 

お土産さえあれば怒られないという謎の方程式が構築された残念な頭脳ではあるが、しかしドレスタニアという大国の王直轄であることが事実ならば、よほどの実力者なのだろうと周囲に思わせるメリッサ。

 

「カルマポリスのルビネルよ。呪詛の調査のためにキスビットに来たの」

 

椅子に座らず、船室の壁にもたれるように背を預け、全員を視界におさめられる位置に居るのはさすがだった。

特に要警戒なのはクォルとか言う男だが。

 

「チュリグのハサマだよ」

 

言葉少なに、王であることも語らなかったハサマ。

正体を知る者も、その真意を計り兼ね補足をしない。

今は何者でもない、ただのハサマなのだ。

 

「ワコクの奏山から来ました、町田です。色々あったのですが、カウンチュドさんに助けて頂き、その御恩返しのために同行させて頂いています」

 

「同じくアスミです。皆さん、よろしくお願いします」

 

少し緊張している町田の肩をツンと突いたアスミ。

その合図に促され、二人は同時にお辞儀をした。

春の麗らかな雰囲気とも呼べそうな、穏やかな空気が場に流れる。

それをブチ壊したのはカウンチュドだった。

 

「俺の名はカウンチュド!伝道師だッ!お米のッ!!」

 

なぜ倒置法を用いたのかは不明だが、勢いは充分だった。

お米の伝道師がどんなものなのか、何をする人なのか、出身国がどこなのか、良く分からなかったが誰も特に質問はしなかった。

 

「私はメユネッズのダン。大きな夢を持つというエウスオーファン氏に会いたくてタミューサ村を目指していた。しかし・・・」

 

静かに語るダンは、サターニアの少女に視線を送った。

カウンチュドが破壊した場の空気が、ダンの言動によってぎゅっと締められる。

カミューネにその手を握られたラミリアが代わりに答えた。

 

「私はコードティラル神聖王国のラミリアよ。で、コッチが・・・」

 

「俺様はクォル。クォで良いぜ!」

 

敢えてなのか、それとも空気が読めていないのか、クォルのやたら元気な挨拶が、ダンの作った真剣な雰囲気を押し流す。

それを良しとしたラミリアが再び続ける。

 

「このカミューネちゃんがね、ジネって街に人質を取られてるらしいのよ。私らはそんなオイタを働く鬼さんに、ちょーっとお仕置きしに行こうかなって思ってるの」

 

あまり詳細に話すのはカミューネにも辛いことだろうという、ラミリアの配慮だった。

その心遣いはカミューネのみならず、キスビットに住まうアウレイス、ダクタス、エビシにも深く刺さった。

しかしその問題こそが、実は今回この場を設けている最大の理由なのだ。

これを避けて通ることはできない。

 

「改めて、皆様にご説明させてください」

 

アウレイスは語り出した。

自分も、カミューネと同じくジネに生まれ奴隷として生きていたこと。

そこで受けた残虐な行為の数々。

今はそこから助け出され、エウス村長の元で幸せに暮らせていること。

エウスオーファンの心情と信条。

特に酷いのはジネだが、差別意識はキスビット全土を蝕んでいること。

そしてタミューサ村の存在意義。

 

「エウス村長は武力による解決を望んではいません。私も、詳しくは聞かされていないのですが、今はただ力を蓄える時期だと・・・」

 

見事な銀髪をふわりと揺らし、アウレイスはカミューネに体を向けた。

腰まである長い髪は、その毛先から三分の一あたりまでが漆黒になっていた。

 

「だからと言って、あなたのお兄様を見捨てるわけではないのよ、カミューネ」

 

事情を話せばエウス村長は必ずカミューネの兄、マキシを救出するよう動くはずだ。

だからまずはタミューサ村へ行き、皆で村長に会って欲しい。

アウレイスは丁寧に説明した。

 

「もうすぐ村の船着き場ですわい」

 

ダクタスの声に、皆が顔を上げて外に目をやる。

緩やかな風に揺れる草が波打つ、広大な草原が見えた。

これからここで、この国を根底から覆す未曾有の大戦が起こる。

今は誰も、そのことを知らない。